01.平穏を裂くは紅の

「イオン様……どこに連れてかれちゃったんでしょう」

時間が経ち落ち着きを取り戻したルーク達は、ようやく自分たちの為すべき事を思い出していた。

ディルが彼らの話を聞いていた限りでは、アニス達はイオンを保護――というか、何かの目的があって内密に何処かに連れて行こうとしていたらしい。
しかし六神将に見つかってしまい、イオンを連れ戻されてしまったのが今、とのことだった。

「陸艦の立ち去った方角を見るとここから東ですから……ちょうどオアシスのある方ですね」

「私たちもオアシスへ寄る予定でしたよね。ルーク様ぁ、追いかけてくれますよねっ!」

「ああ……」

しかし何故この面子なのか。意気消沈している一行をディルは改めて見る。

今までの会話や立ち居振舞いからして、ルークという少年とナタリアという少女の二人はかなり家柄の高い人物に見える。金髪の青年はまだよく分からないが、皆への接し方からすると彼もただの民間人という訳ではなさそうだ。
神託の盾の二人はともかく、マルクト軍人であろう男も含め、導師とは縁のなさそうな面々はどうしてこの件に関わっているのか。

「ということで、我々はオアシスへ向かいますが、貴方はどうしますか?」

「……どうって、俺は関係ないですから、このまま港に戻りますが」

「……気にならないのですか?」

男のそれが何を指しての言葉なのか、ディルは説明されずとも分かっていた。
さっきの譜歌と、それを歌った男の姿が、まだ耳と目に残っている。

「少し遠いですが、砂漠を越えればケセドニアに着きますよ」

「……俺が着いて行くと邪魔になるんじゃないですか?」

船代がもったいないのは確かなのでこの誘いに乗っても構わなかったが、彼らが今遂行している用事は明らかに軍事機密、下手をすれば国家機密並みのものだ。無関係の自分がそれに着いて行くというのは畏れ多い話だった。

それに出来れば、あいつにはもう会いたくない。
相手はディルのその心を見透かした様に言った。

「……まぁ、無理にとは言いませんが。別に皆さん嫌とは言わないと思いますよ?」

「遠慮しておきますよ」

「そうですか……、残念です。ではまたいずれ」

去っていく皆と手を振るミュウに別れを返して、ディルは体を反対方向へと向けて歩き出した。

何が残念で何故いつもあの言葉を最後に言うのかは分からなかったが、きっと言われた通りにまた何処かで会うことになるんだろうなと、ぼんやり考えながら。






「ただいま」

彼らと別れて数時間後。
無事故郷に帰ることが出来たディルは、村人に歓迎されながら木で出来た戸をノックもせずに開けた。

「ちょっとちょっと、ノックくらいしておくれよ……って、ディルじゃないかい!」

料理を作っていたらしい母は、手を拭いてからばたばたと駆け寄ってきた。

「いつも帰ってくる時は連絡いれとくれって言ってるだろう? あーもう、また髪の毛がボサボサになってるじゃないかい! せっかく綺麗な色してるんだから大事におしよ」

身ぐるみを剥がされ風呂に叩き込まれて、しっかり洗うんだよ! と念を圧してくる母の声が久しぶりで、ディルは言われた通り自分にしては珍しく時間をかけて全身を洗い、ゆっくりと風呂に浸かった。

風呂から上がるとご飯が用意されていて、それがまた懐かしく嬉しかった。

「ああそうだ、これどうしたんだい? 荷物の中に入ってたけど」

相変わらず料理上手いなぁと母の腕に感心していると、机の上に白い封筒が置かれた。中には未使用のチケット。

「ああ、それ貰ったんだよ、変な軍人さんに」

「なんだいそれ、何かあったのかい?」

ディルはこの数日にあったことを簡単に纏めて説明した。
あまりべらべらと話さない方がいい内容ではあると思うが、別に母親に話すぐらいなら許されるだろう。

話終えると、返って来たのは意外な反応。

「その軍人さんって、もしかしてジェイド大佐のことじゃないかい?」

「あれ、母さん知ってんの?」

「ってことは、その赤髪の子はルークって坊やだねぇ。いやね、その子たち数日前にうちにも来たんだよ」

なんの縁か、偶然ってあるもんだなぁと思いながらディルは母の話を聞いた。
ルークの食糧泥棒疑惑やミュウが言っていたルークへの恩がどういう経緯で生まれたのかも詳しく聞かせて貰い、成程なと納得する。

「それで、あんたは一緒に行かなかったのかい?」

「いやだって、俺が行っても足引っ張るだけだし……」

「料理作ったり荷物運んだりくらいは出来るじゃないか。チーグルの件、お礼する前に行っちまったもんだからねぇ、気になってたんだよ。もしまた会うことがあったらお礼しといとくれ、あんたも大佐には世話になったんだろう?」

そう言われると返す言葉もなく、頷くしかなかった。だがお礼といっても何をすればいいのか。

「それは大佐たちに聞けばいいじゃないかい」

もしそれで無理難題が返ってきたらどうするつもりなのだろう。
まあその時はその時に考えればいいかと、ディルは最後の一口を味わって飲み込んだ。






「二人がかりで何やってんだ! 屑!」

一方その頃。
砂漠の中にある遺跡では、イオンを巡っての戦いが繰り広げられていた。

「強くなったなぁ皆」

「お前も手伝え!」

「へいへい、でもあんまり皆に怪我させないでくれよ。俺はドンパチしに来た訳じゃないんだからな」

撃退されたラルゴとシンクの間に降り立ち、ルーク達の前に立ちふさがるのはシブレットとアッシュ。

「シブレット謡手、あなたは何故六神将に手を貸していらっしゃるのですか!?」

「そーだよっ、いっつも仕事サボってるくせに!」

「余計なお世話だ! 俺が聞いた話では、お前らがイオン様を誘拐したってことになってんの! 理由があるなら説明してくれよ!」

「貴方に言うと一気に話が広まりそうですねぇ」

ジェイドの言葉に悄気かえったシブレットを無視して、アッシュがルークに斬りかかる。

「今の……今のはヴァン師匠の技だ! どうしてそれをおまえが使えるんだ!」

「決まってるだろうが! 同じ流派だからだよ、ボケがっ! 俺は……!」

「アッシュ! やめろ! ほっとくとアンタはやりすぎる。剣を収めてよ、さあ!」

シンクに言われ、アッシュは仕方なく剣をしまった。
舌打ちをして、その怒りのままに、隅で丸まっているシブレットを蹴り起こす。

「痛っ、八つ当たりすんなよ。つーかお前、あいつに似てるよな。兄弟?」

「黙れ屑が。お前も俺と同じだろう」

「は? 一緒にすんなよ、俺とは全然似てないだろ」

「そういう意味じゃねぇ! お前にもそっくりさんが居るだろうが」

ルーク達を順番に見てから、きょとん顔でアッシュを見る。

「居ないけど」

「さっきは居たんだよ!! もういい、お前と喋ってると頭が痛くなる」

会話を断ち切られて、なんなんだよーと不貞腐れるシブレットの隣をイオンがすり抜ける。
シンクの取り引きに応じたルーク達は、無事にイオンを連れ戻してその場を去る。

「大佐ぁ、シブレット謡手って、もしかして騙されてるんですかね?」

「でしょうね。まあ人に命令されて動くような人間ではないので、本人も何か考えがあってのことだとは思いますが……その考えさえも利用されていそうですね」

「なぁ、そのシブレット謡手ってのは、皆とどういう関係なんだ?」

ルークやナタリアも気になっていた、ガイから出た素朴な疑問に、三人が順に答える。

「譜歌の師よ」

「神託の盾の上司」

「ただの知人です」

ティアとアニスの簡潔な答えに対して、漠然とした回答をしたジェイドに皆の視線が集まる。

「どうかしましたか?」

「いや……本当にそれだけなのか? あちらさんの旦那に対する反応、尋常じゃなかったぞ」

「そう言われましても、本当にそれだけなんですがねぇ。昔とある任務で共闘したことがありまして、以来よく話しかけてくるようになったくらいで」

「とんだ物好きだな……」

「ルーク、聞こえていますよ?」

小声で呟いたそれを拾われ、言った本人は慌ててガイの背に隠れる。盾にされたガイは苦笑した。

「まぁ、否定はしませんが。――ところでイオン様、彼らは貴方に何をさせていたのです? ここもセフィロトなんですね?」

「……はい。ローレライ教団ではセフィロトを護るため、ダアト式封咒という封印を施しています。これは歴代導師にしか解呪できないのですが、彼らはそれを開けるようにと……」

「なんでセフィロトを護ってるんだ?」

「それは……教団の最高機密です。でも封印を開いたところで、何もできないはずなのですが……」

「んー、何でもいいけどよ。とっとと街へ行こうぜ。干からびちまうよ」

ルークの発言に珍しく皆が賛同し、七人と一匹は砂ぼこりの舞う遺跡を出てケセドニアへと向かった。
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