04.その情を何と呼ぶ

結局のところ、時歪の因子はメラドでは無く、彼が作ったのであろう人造の魔物だった。

それも倒して無事に正史世界へと帰還したアーストは、ターネットを捜すのを手伝って欲しいとルドガーに頼む。

「勿論、協力するよ」

「助かる。お前でよかった」

恐らくはトリグラフの何処かに居るだろうと目星を付けて、ルドガーは港や商店、街道方面を、アーストは駅周辺を手分けして捜す。

そうして、目当ての人物を見つけたのはアーストの方だった。
ターネットは先日の騒動の時と同じく居住区のマンションの前に居て、やって来たアーストに驚きつつ睨みを利かせる。

「てめ……なんだよ?」

「クラックが心配していた。俺を殴るくらいな」

「クラックが……?」

他の仲間達は皆アーストの肩を持つのだろうと予測していたターネットは、それが外れて一瞬嬉しそうな顔をしたが、すぐに元の仏頂面に戻って言う。

「あいつと俺は関係ない」

「……俺にもかつて、仲間と呼べる者達が居た。皆、俺の為に道を開こうと命を懸けた者達だが、今はもう俺の傍には居ない」

「そんなダチが居るかよ。ダチじゃねぇよ、そんなの」

「そうだな……友である以前に部下だった。あいつらにも、それぞれに望んだ未来や幸せもあった筈だ。だが、俺達の関係は、互いの幸せを叶えるものでは無かった」

もしも、分史世界のように互いの命を何よりも優先していたのなら、彼らは今もここに居たのかも知れないなと、アーストは思う。

「そして俺は今、その犠牲の上に立っている」

「……結局、あんたは後悔してんじゃねぇか」

「いや、夢を見てしまったんだ。ただの友であったなら、俺達はどういう関係で居られたのかと、な」

「だから何だってんだよ……さっぱり言いたいことがわかんねーよ!」

「俺は、お前が羨ましいのだろう。違う想いを持ちながら、友で居てくれる者達に囲まれたお前が」

それは得難いものだ。金や地位だけでは手に入れられない、かけがえのないものだ。

だから、こんな諍い一つで、そんな風に簡単に手放そうとするな──そう言わんとしているのだろう事を理解したターネットは、口を閉ざして俯く。

と、そこへ同じくターネットを捜していたのだろうクラックもやって来た。
時間が経って頭が冷えたのか、アーストを見てバツの悪そうな顔をするクラックに、アーストは何も言わずその場を後にする。

途中振り返って確認してみれば、ターネットは逃げるようなことはせず、きちんとクラックと話し合っているようだった。
二人の顔に笑顔が浮かんでいるのを見て、アーストも小さく微笑む。

「おい、てめぇ何やってんだよ」

そして前を向いた瞬間、そこに立っていたシンにそう凄まれて、アーストは珍しく本気で驚いた。

「……ど、どうして此処に……」

「あ゙? どうしてはこっちの台詞だろうが。なんでテメーがクラックやターネットと知り合いになってんだよ」

「いや、それはだな……というより、お前、身体は大丈夫なのか? 実は今さっきルドガーと分史世界に──」

「知ってる。つーか見てたし聞いてた、全部」

「……は?」

どういうことだと言いたげなアーストに、シンはこれまでの経緯を説明する。

ミラのクマの手探しを終えた後、ルドガーの所にもクラックから連絡が入ったこと。
その時傍に居た自分もそのメールを見たこと。ルドガーと一緒に港まで来て、一部始終をこっそり見聞きしていたこと。

「成程、ルドガーがしきりに周囲を気にしていたのはそれか……」

「そういう事。分史世界にも一応一緒について行ってたんだけどな、加勢の必要無さそうだったから見てるだけだったわ」

と、分史世界に突入する前にルドガーとやり取りしたメールを見せつつ、シンは先のアーストの質問に答える。

「身体の方は何ともねーよ。今回はクロノス達の息がかかってない世界だったみてーだな。つーか、お前そこまで知ってんのかよ」

「気付いたのはミュゼだがな。そういう場合もあるのか?」

「あるに決まってんだろ。じゃなきゃこんな風に普通に過ごせてねーよ。分史世界を壊してんのはルドガーやユリウスだけじゃねーんだぞ。今こうやって話してる間にも、他のエージェントがバンバン壊してんだろ」

「確かに、それもそうか……」

と納得しつつ、今度はアーストがターネット達と知り合いになった経緯を説明する。

シンは「そりゃ災難だったな」とだけ言って、片側だけ赤くなっているアーストの頬に、分史世界の吹雪で冷やされたGHSを押し当てた。

「悪かったな、怪我させて。あいつら友達想いっつーか、少年漫画みてーな思考してるからよ。ダチになんかあるとすぐキレんだよ。まあ、良いところでもあるんだけどな」

「ああ、俺もそう思う。だが、どうしてお前が謝る?」

「どうしてって……ダチってそういうもんだろ。半分身内みてーなもんだし」

「……そうか、そういうものなのか」

しみじみと言うアーストに、それが彼が友というものを持たずに生きてきたからだと知っているシンは、先程彼がターネットに打ち明けていた言葉を思い出して口元を歪める。

「……別に、お前だって、作ろうと思えば幾らでも出来んだろ、友達くらい」

「いや、立場もあるのでな。お前達のように、腹を割って話せるような間柄というのは、中々に難しい。だからこそ俺は……、……………………」

「……俺は、何だよ?」

「…………。いや、何でもない」

アーストが寂しげに苦笑するのを見て、シンは患部を冷やしていたGHSを一度相手の頬から離して、同じ場所に勢いよく叩き付けた。

「痛っ。……何か気に障ったか」

「全部障ってるわ! 何なんだよお前! なんでそっちがそんな顔になってんだよ、俺が悪ぃのかよ!?」

「何を以てそう感じたのか分からんが、俺はお前が悪いなどとは微塵も思ってはいないぞ」

「じゃあそんな露骨に悲しそうな顔してんじゃねーよ! 俺が傷付けてるみてーじゃねぇか! お前実際そんなショック受けてるわけでもねーんだろ!?」

アーストは一瞬躊躇して、しかしそう思われているのは納得がいかないと言い返す。

「お前を傷付けたのは俺だ。だがその事を何とも思っていない訳では無い。お前との縁がこれで切れてしまうかもしれない事も、せっかく出来た友と呼べる存在をこんな風に失う事も……全て俺にとっては苦しい事だった」

「じゃあ何であんな話したんだよ。ずっと隠しときゃ良かっただろ」

「そうかもしれん。だがそれでは、お前の真の友となる事は出来んと思ったのだ。上辺だけのものではなく、俺はお前と本当の────」

アーストはそこで不意に言葉を止めた。

驚き目を丸くするアーストに、シンも同じような顔になる。

(そうか……俺は……それが理由だったのか)

困惑するシンを他所に、アーストは自らが今言った言葉を胸中で反芻した。

せめてもの贖罪。騙し続けるのが心苦しいから。
それが真実だと思っていたが、どうやら本音は少し違ったらしい。

「……おい、何自分の世界に入り込んでんだ。俺を放置すんじゃねーよ」

そう言いながらぺちぺちとGHSで頬を小突いてくるシンの腕を、アーストが掴んだ。

「シン、勝手な事を言うが、俺はまだお前の友人で────」

ありたいと思っている。
そう続く筈だったアーストの言葉は、コートの内ポケットに入ったGHSの着信音に遮られてしまった。

『ガイアスさん、そろそろお時間ですよ。忘れてらっしゃるとは思いませんが、念の為に連絡させて頂きました』

発信者はローエンで、内容はそんな業務連絡だった。
アーストは沈黙の後、覇気のない声で「すぐに向かう」とだけ返して切る。

「呼び出しか? 忙しいとこ呼び止めて悪かったな」

事情を察したシンはさっさと立ち去ろうとしたが、どういう訳かアーストは腕を掴んだまま離さない。

その表情と、先程言いかけていた言葉から、アーストの心情を推し量ったシンは、

「……そもそも俺は、お前と友達やめるなんて言った覚えねぇよ」

そっぽを向いてそう呟いた。
瞬間、アーストに腕を引っ張られて、強引に向き合わされる。

「それは、つまり今後も友を名乗っても良いという事か?」

さっきまでのしおらしさは何処へやら。
ギラギラとした目で見詰めてくる相手に、シンは圧倒されてしまう。

「す、好きにすりゃいいけどよ……ただ言っとくけど、俺はお前がやった事を許すつもりはねーからな」

「ああ、分かっている」

「本当に分かってんのかよ? 許さねぇって言ってんだぞ。今後も何かある度に掘り返して、お前のこと責めるかもしんねーんだぞ」

「俺はそれで構わん。お前とこのまま疎遠になるぐらいなら……」

アーストはそれを想像した。
シンの居ない日々。少し前までは当たり前だった、けれど今では物足りなく感じるだろう日々。

「……一生責められ続けた方がマシだ」

どこかで聞いた覚えのある答えだった。

ハッキリとそう言い切ったアーストに、反論の余地を無くしたシンは閉口する。

(……別に、俺じゃなくてもいいだろ。学生の友人が欲しいんなら、それこそターネット達が居るじゃねぇか)

どうして、わざわざ苦痛を我慢してまで、この男は自分を選ぶのだろう。

「リーゼ・マクシア人ってのは、お人好しな上にマゾヒストなのかよ……?」

「断じて違うが……お人好しと言うのなら、お前も負けてはいないだろう」

「はぁ? 何見て言ってんだお前。俺はお前らみてーな頭ホンワカ星人じゃねーよ」

「だがお前は真実を知って尚、俺と友であり続けても良いと言ってくれるのだろう。それがお人好しでなければ何なのだ?」

「それは────」

それは。シンはその先の答えが見つけられず、一度口を閉じた。

お人好し? そんな筈は無い。自分はそれほど寛容な心の持ち主などではない。これは謙遜ではなく事実だ。

確かに、よくよく考えてみれば、アーストと友人で居続ける事は、こちらの方がメリットが少ない。
アーストが自分と友人関係を続けることの意義や価値にばかり目が向いていたが、どうして逆は考えなかったのだろう。

回答を待っているアーストに、シンは結局答えを渡す事が出来ず、「今はそんな話してる場合じゃねぇだろ」と、そのまま話を終わらせる。

「とにかく、呼ばれてんだからさっさと行けよ」

「……そうだな。また連絡する。今度メールの使い方を教えてくれ」

「だから何で俺が……」

「お前に会う口実だ」

面と向かってそんな事を言われて、二の句が継げなくなったシンに、アーストは微笑みかけて駅へと歩いて行く。

(……なんだあいつ、アホか。そういうのは女口説く時にやるもんだろ……)

男相手に、よく恥ずかしげもなくあんな台詞が吐けるものだ。

シンは通行の妨げにならぬよう道の端に寄って、そのまま建物の陰に座り込む。

(くっそ、聞いたこっちが恥ずかしい……何で俺がこんな……何しに来たんだよ俺……)

もっと言うべきことがあった筈なのだ。
カン・バルクで言い損ねた恨み辛みをぶつける絶好の機会だった。

それが実際はどうだ。
ただ相手を労り、喜ばせただけで終わってしまった。

(別に俺はそんな善人じゃ無かった筈だろ……何を躊躇してんだよ……ガキならまだしも相手歳上だぞ……? 遠慮する必要なんかねーだろ……)

遠慮。いや、これは遠慮とは違うのではないか?
別に言いたいことを我慢している訳では無い。ただ怒る気が削がれるのだ。

悲しそうな顔をするから、嬉しそうな顔をするから、責めるような言葉がどうしても出てこない。

(……なんかすっげぇ絆されてんな、俺。いくら何でもチョロ過ぎじゃねぇ?)

こんなんじゃ嘗められる、と危機感を覚えたシンは、不意に肩を叩かれて膝に埋めていた顔を上げた。

そこには、駅に向かった筈のアーストの姿。

「大丈夫か? やはりさっきは無理をしていたのだな。本当は分史世界破壊の影響が──」

アーストが言い切る前に、シンは平手でその顔面を叩いた。
平静さを取り戻しかけていた頭と心がまた掻き乱される。

「お前いい加減にしろよ! さっさと行けっつってんだろ! 相手待たせてんじゃねーのかよ!」

「しかしお前がこんな所で蹲っていれば、心配にもなるだろう」

「別に何ともねーよ! いちいち構うんじゃねぇ!」

手負いの獣のように吠え立てるシンにアーストは全く動じず、強がっているだけなのではないかと訝しんでじっと相手を観察。

「本当に何とも無いのか?」

「だからそう言ってんだろ」

「だがいつもより顔が赤く見えるが」

「それはお前のせいだろーが!!」

「俺のせい? 俺のせいとはどういう事だ?」

──もう嫌だ、こいつと喋っていると頭がおかしくなる。

シンは自分がどうしてこんなにも取り乱しているのかさえ分からないまま、なかなか離れようとしないアーストと暫く押し問答を繰り広げていた。
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