04.その情を何と呼ぶ

今回の分史世界も、前回に引き続き雪の吹き荒ぶア・ジュールだった。

カン・バルクとシャン・ドゥの間に位置するモン平原に出たアーストとルドガーは、前方に薄らと見える人影を捉えて岩陰に隠れる。

遠目にもそれが四象刃であることを見抜いたアーストは、囮役を引き受けて一人彼らの前に姿を現す。

「アースト、哨戒に出ていたのか?」

「ああ」

「メラド王がお捜しになっていたぞ。何やら話があるようだ」

メラド、とはア・ジュールの先代の王の名だ。
人体実験など非道な行いを繰り返していたかの王は、十年ほど前にアーストが討ち取り亡くなっている。

が、どうやらこの世界では存命らしい。
ならば恐らくは奴が時歪の因子だろうと見当付けて、王の所在を聞いたアーストはそちらへ向かおうとする。

「──待て」

「…………」

「アースト、何かあったのか?」

「長かった戦が終わるんだもの。あなたでも緊張するわよね」

付き合いの長さ故か、唯一人アーストに普段との違いを感じ取ったウィンガルに、全く違和感を抱いていないプレザが答える。

「ああ、その通りだ」

「ようやく終わるのじゃな。そうなれば、儂達の時代じゃの」

「ここまで来たら勝って終わりてーけどさ。正直言うと、皆を失ったら何の意味もねーしな」

アグリアのその言葉に、アーストは耳を疑った。

「なに……?」

「友を失うなど考えられない……アースト、それはお前もだ。忘れないでくれよ」

「いやね、熱い上に恥ずかしい男は」

と、言いながらプレザは笑い、他の面々の顔も穏やかなものになる。
アーストはそれを呆然と見ていた。

正史世界の彼らならば、絶対にこんなことは言わない。

信念を貫く為、理想の世界を手に入れる為ならば、喜んでその身その命を捧げる。アーストの知る四象刃とはそんな人物達だ。

仲間や自分の命を惜しんで、使命を投げ出すような真似はしない。
彼らは誇り高き戦士として生き、そして死んでいった。最後まで、アーストの信頼に足る部下として。

(…………。──ああ、そうか。今ここにいるのは……ガイアスの部下≠ナは無いのだな……)

この世界の自分は、ガイアスではなくアーストとして、彼らと共に生きているのだろう。

彼らを導き、彼らの上に立つ存在では無く、肩を並べて同じ目線で歩む、ただの一人の友人として。

「っ!? 何者だ!!」

アーストが気を引いてくれているうちに、こっそり移動しようとしていたルドガーが立てたほんの僅かな物音を、ウィンガルの耳が拾った。

視界が殆ど利かない中、音を頼りに投げられたウィンガルの剣を、アーストが弾く。

「アースト!?」

「やはり偽物……! ナハティガルの間者か!」

「なんじゃと!?」

「え、でも、本人にしか……」

動揺する他の面々と違い、元よりそれを疑っていたウィンガルは、弾き返されて雪に埋もれた剣を拾い上げる。

「王の命を狙っているといったところか。お前達、こいつは俺達の友でも何でもない! はあああっ!」

体内に埋め込まれた増霊極を起動させたウィンガルの頭髪が白く染まった。
アーストも刀を抜いて、応戦の構えを取る。

「そうなったお前とは、話をしても無駄だな」

『まだアーストのフリをするか! いい加減にしろッ!!』

激昂するウィンガルの一撃を、アーストは刀で受け止めて弾き返した。
もう隠れていても意味は無いと、ルドガーはアーストに加勢し、プレザ達もウィンガルのフォローに入る。

『アーストを侮辱しやがって!』

「とは言え、ここまで似ておると……」

「ええ、気が引けるわね」

「手加減無用。来い!」

「あはは! 潔いトコまでソックリだ!」

ウィンガルとジャオはともかく、プレザやアグリアとまで戦うのは初めての事だ。
心苦しくはあったが、それと同じぐらい、嬉しさのようなものもアーストは感じていた。

四象刃は忠実だった。どんな時でも味方でいてくれた。反目し、刃を向けて来るような事などなかった。

もしも正史世界で友人の関係にあったのなら、こんな風に喧嘩するような事も有り得たのだろうか。

怒り狂うウィンガルの姿が、殴りかかってきたクラックと重なって見える。

どうして彼は怒ったのか。
何故、今ウィンガルはこんなにも怒っているのか。

(……全て同じ気持ちなのだな。恐らくは、ターネットが俺やミュゼを嫌い、襲いかかってきた時の気持ちも……己の為に誰かが怒ってくれるというのは、こんなにも……)

実際には、今ウィンガルが怒っているのは、分史世界のアーストを思うが故であって、自分自身では無いのだが。それでも。

(正史世界の彼らも……同じように思ってくれていたのだろうか)

アーストはその感情を胸に刻みながら、己の成すべきことの為に全てを斬り伏せた。
戦いに敗れたウィンガルが、この場に居ないアーストへ詫びながら倒れる。

ここは数ある可能性のうちの一つ。
ほんの少し何かが違っていれば、正史となり得たかもしれない世界。

「……俺達を結びつけていたのは、思想や立場だった。無縁だと思っていた……友、か……」

アーストは独白のように呟いて、雪中に横たわる四象刃を見下ろしていた。
ルドガーは何も言わず、彼の傍で、彼が動き出すのを待っていた。
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