01.それは終局への幕開け

「あの、ちょっといいっすか」

「はい、どうしましたか?」

反応したのは老人の方だった。
柔和な笑みを浮かべるその男とは対照的に、もう一方は高い位置から威圧的に見下ろしてくる。

「俺、今日ここ泊まりたいんすけど、さっきあんたらが取ったらしい部屋で最後なんすよ。んでまぁ、無理だろうとは思うんすけど、譲って貰えたりとかしねぇっすかね」

「おや、それは困りましたねぇ」

即行で跳ね除けられると思ったのだが、老人はまるで我が身のことのように真剣に考え出した。
そして、隣に並んでいる男となにやら相談し始める。

「……すみません、私たちも今日はここを離れることは出来ないのです」

まあ、そりゃそうだわな。
これはもう腹を括って路地で寝るしかないかと撤退しようとすると、老人に呼び止められた。

「お譲りすることは出来ませんが、貴方さえもし宜しければ、相部屋、という手もありますが」

「……は?」

「この街は外で寝泊りするには少々物騒な様ですからね。それに比べればマシだとは思うのですが、いかがでしょう?」

男の申し出に、シンはしばし呆然とする。

相部屋、見ず知らずの自分とか?
知人ならともかく、初対面の人間を何のためらいもなく同じ部屋に入れるとは、お人好しというかなんと言うか。

だが相手の言うとおり、自分としては外で野宿よりはよっぽどいい。

「……そっちがいいなら、有難いっすけど」

「構いませんよ、ではそうしましょう。私はローエンと申します、こちらが……」

「アーストだ」

自分も歳の割りには身長はある方だと思うのだが、それよりも高い位置から見下ろしてくる相手は、そっけなくそれだけ言って1人歩き出す。

いけ好かねぇ奴だな、という本音は飲み込んで。

「なんかすんません」

「いえいえ。世の中、困ったときはお互い様ですよ。こちらもお名前を伺ってよろしいですか?」

「……っと、シン、です」

「シンさんはお1人でこちらへ?」

「はぁ、まぁ」

世間話、というか、ローエンから次々出される質問に相槌を打ちつつ、部屋へ通される。
寝台はちょうど3つあり、そのうちの1つを与えられた。

寝る前に湯浴みくらいはしておきたいのだが、自分からは言い出せずじっと浴室の方を見ていると、ローエンに入浴を促される。

「どうぞお先に」

「いや、でも」

「じじいの後じゃ嫌でしょう?」

「は? いや、別にそんな……」

そんな顔をしていただろうかと慌てるこちらに、ローエンが「冗談ですよ」と笑った。

結局勧められるままに一番風呂に入って、スッキリして上がると入れ替わるようにしてアーストが入る。

「すみません、アーストさんはこういった状況には慣れていらっしゃらないもので。気を悪くされましたか?」

「え、いや、あの反応が普通っつーか……初対面でいきなり部屋譲ってくれって、ずうずうしかっただろうし……別に気にしてねーんで、大丈夫っす」

「そうですか。少しとっつき難い感じがするかもしれませんが、話してみると割と面白い方なんですよ」

「はぁ……」

その面白いの感覚は果たして自分と同じなのだろうか。
アーストとは違い常に優しい微笑をたたえているローエンに対しては、しばらくすると緊張感もなくなっていた。

「上がったぞ」

「それでは私も失礼しましょうか。シンさん、お疲れでしたら先に横になって下さって構いませんので」

「あぁ、ども」

そんな訳で、ローエンと居る分には、問題は無くなったのだが。

彼が浴室に消えてアーストと2人きりになった途端、部屋の中の空気が一気に重くなるのを感じた。

「………………」

「………………」

「………………」

「………………」

──やべぇ、超気まずい。

別に自分は対人恐怖症でもなければコミュニケーションが苦手なわけでもない。静かな空気を好む性格でもないし、どちらかといえば騒がしくしていたい方の人種なのだが。

今さっき会ったばかりな上に、素性も何も知らぬ無愛想な年上の男相手に普段の通りに接する気にはいまいちなれなかった。

相手も同じなのか、はたまた興味がないのか。
机に置いてあったGHSを操作し始めたので、シンも同じようにその小さな画面に逃げることにした。

(しばらく家戻れねーし、明日っからどうすっかな……とりあえずユリウスを探すか? つっても情報が少ねぇし、1日で何とかなるもんじゃねぇか。どっかに何か目撃情報とか載ってねぇかな)

ネットで検索をかけて、掲示板やらコミュニティサイトやらをハシゴしていると、ふと横から視線を感じて一度画面から目を離す。

「……なんすか?」

「いや……」

先ほどまでこちらに見向きもしていなかった男が、物珍しそうにこちらを見ていた。

「随分と手馴れているものだと思ってな」

「? 何が?」

「ソレの操作だ」

ソレ、とはGHSのことだろうか。
別に人に賛美されるような手つきはしていなかったと思うのだが……と、そこでハッとする。

「……ああ、あんた、リーゼ・マクシア人か」

GHSはエレンピオスにのみ流通していたアイテムだ。
故に、リーゼ・マクシア人の中にはこれに馴染めない者もいるようで。
リーゼ・マクシア出身者でも比較的若い層なら使いこなせてきているようだが、どうやらアーストはそうではないらしい。

「リーゼ・マクシア人は嫌いか」

「……別に」

相部屋をしてくれている相手に、ハッキリ嫌いだと言うほど無神経ではないが、そんなことはないと否定してやるほど自分は優しくはないし嘘も上手くない。

ローエンは嫌いではないが、リーゼ・マクシア人とは馴れ合いになる気は無い。
これは早々に寝るが吉かとベッドに横になると、また部屋に沈黙が下りてきた。

疲労のおかげか、いつもなら目の冴えているような時間でも今日は眠れそうだ。枕に頭を沈めて目蓋を閉じる。

──が、夢の中に行こうとする意識を、ガンッ! という謎の物音が連れ戻した。
目次へ戻る | TOPへ戻る