01.それは終局への幕開け

(で、よりによってここかよ……)

陽が沈み空も街も黒く塗られた頃、列車から降りて初めてその到着場所を知ったシンは、水筒がなくなったおかげで少し軽くなった学生鞄を持ち直して歩き出した。

そこはドヴォール。
商店街が並び、定員が客を呼び込んでいる光景はありふれたものだが、この街はあまりいい噂を聞かない。

レンガ造りの街のあちこちでは、表には出てこないような話が今も飛び交っていることだろう。
日中でもそういったことが耳に入ってくるような場所だ、夜ともなればそのイメージにも拍車がかかるのも仕方ない。

なるべく路地裏には近づかないように注意しながら、GHSを取り出して登録してある番号に発信した。
数回のコール音のあとに、「はいもしもし?」と定番の言葉が聞こえてくる。

「夜遅くにすんません、俺です」

『シンちゃん? 今日は有難うねー! 助かったわ! それで、どうかした?』

「急で悪いんすけど、明日っからしばらく店出れなくなりました」

『……えぇっ!? ど、どうしてっ!? もしかして今日の強引な出勤要請が癇に障ったの!?』

「いや、そうじゃないんすけど、ちょっと……」

『しばらくってどのくらい!?』

「それは……今は分かんねぇんすけど……」

『まさかそのまま辞めちゃったりしないわよね!? イヤー! シンちゃんが居なくなったら困るわ〜!』

「いや別に辞めるとかいう気はないんすけど……とにかく、家にも帰れない状態で……」

『家に帰れない!? なに、一体何があったの!?』

「すんません詳しいことはちょっと……」

GHSの向こうで嘆く声が響いて、さっきとは別の声が返ってきた。

『シンか? しばらく休みたいって?』

「はい、すんません」

『まあ事情は分からんが……1ヶ月くらいなら大丈夫なんじゃないか? 今日来なかった新人居るだろ、アイツクビにしてやった』

「当然っすね」

『んで、新しい奴雇ったんだ。そいつが明日っから来るから、人数は問題ない。今日みたいなイベントも当分はないだろうしな』

「助かります」

『何か厄介ごとにでも巻き込まれてるのか? 気をつけろよ、例の事件といい、最近は物騒なことが多いからな。──そんじゃ、とりあえず1ヶ月休みってことで。早めに戻ってくるか、それ以上かかりそうな場合はまた連絡してくれ』

「了解っす、んじゃ失礼します」

「あら? もしかしてシン?」

通話を切ると同時に、突然背後からかけられた声に驚いて一瞬身を固くする。
だが振り返ってそこに居た人物に、ほっと胸を撫で下ろした。

「久しぶり! 珍しいわね、この時間にここに来るなんて」

「まあ、ちょっとな」

GHSを鞄の中にしまって、知人である緑の髪の女性に向き直る。
ここで彼女と会えたのは幸運だ。

「それで? また例の人≠フ情報かしら」

「ああ、何かあるか?」

「残念、今のところは何にも。でも事件に関係してそうな話ならあるわよ? 要るならご提供するけど」

「……ま、何も知らねーよりはマシだろーな。買った」

「旬のネタな訳だから、本来なら料金割り増しにしてやるところだけど……貴方は事件の前から彼のこと探ってたものね、サービスしてあげるわ」

「サンキュ」

財布から紙幣を取り出して渡し、代わりに相手から口答で情報を受け取る。

「最近、ブラートがアルクノアにあるものを流してるらしいわ。……ああ、ブラートっていうのは、ここの民間自治組織のことね、表向きは」

「嫌な言い方すんなよ……」

「ごめんごめん、一応言っておいたほうがいいと思ってね。──で、流してるものっているのが、精霊の化石と増霊機」

「あ? 武器じゃねーのか?」

「違うわ、この2つはね、源霊匣の素材なのよ。黒匣に代わる次世代システムと言われてるあの、ね」

「……で、それがどう事件に関係してんだよ?」

「今回の件、主犯格は彼って話だけれど、あとはアルクノアだったんでしょう? なら、アルクノアと繋がりのある組織……つまり、ブラートから辿っていけば、彼、ユリウス・ウィル・クルスニクのことも何か分かるんじゃない?」

「すっげー遠回り……」

「情報収集なんてそんなものよ、地道に頑張りなさい」

その手間を金で解決してくれるのが情報屋なんじゃないのかと、その職に就いている相手に目で訴えるが、相手は涼しい顔。

「それで? シンは今日はここに泊まるの?」

「ん? あー、まぁな。宿ってどっかあるか?」

「あるわよ、案内してあげる」

「追加料金、とか言うんならいらねーぞ」

「失礼ね、常連のよしみでサービスしてあげようとしてるんじゃない」

そうして案内されたのは駅に近い宿屋だった。
外観から危険性は感じないが、それが逆に少し不安だ。

「金ぼったくられたりしねーだろうな、ここ」

「大丈夫よ、多分ね。不満ならあとはもう野宿しかないわよ、この街の宿はここだけだから」

それじゃあまたね! と自分を1人残して夜の街に消えていった相手に、仕方ないかと諦めて中に入る。

ブラートとやらに話を聞きたいところだが、正直今日はもう疲れた。
どうせ家には帰れないのだから、そんなに急ぐ必要もないだろう。

「いらっしゃい」

「泊まりたいんすけど」

「おっと、一足遅かったな。今日はもう満室なんだ」

「……はぁ!?」

「さっき来たお客さんでちょうど最後だったんでな。納得いかねぇなら、お客さん同士で話し合って決めてくれや」

ほら、と示した先に居たのは、高そうなコートに身を包んだ男2人だった。
うち一方は白髪の老人で、見ただけではいまいち関係性が掴めない。

だがまあ、話くらいはまともに出来そうな相手だと判断して、駄目元で声をかける。
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