01.種は撒かれた

なんとか平穏を取り戻したルーカスは宿でぐっすり眠って夜を明かし、目を覚まして宿を出るなりパスカルに捕まえられた。
昨日の今日でテンションのあまり高くないルーカスは、うんざりしながら無理やりパスカルを引きずって出て行こうとする。

「パ〜ス〜カ〜ル〜」

「ちょっと待ってよー、皆ルーカスに挨拶がしたいって言ってるんだって。それに、今はバロニアには戻れないよ?」

「なんで?」

「さっき聞いた話なんだけどね、王都とかグレルサイドに続く道にウィンドル兵が固まってるんだって。ルーカス昨日暴れたんでしょ? きっと顔覚えられてるよ」

「え〜……も〜……」

抵抗するのを止めたルーカスの体は、ズルズルとラントへ引き摺り戻されていく。
脱力したルーカスに、パスカルが「だからね」と続けた。

「あたしたち今からストラタに行くんだけどさ、ルーカスも一緒に行こうよ」

――ストラタ。
その名を聞いた瞬間、ルーカスはまた足に力を入れて踏ん張る。

「行きたくない」

「なんで?」

「行きたくないものは行きたくない」

「じゃあこれからどうすんの?」

「バロニアに帰れないならここに残る」

「でも、いつまたリチャードが襲ってくるか分かんないよ? 騒がしいの嫌いなんでしょ?」

「嫌だけどストラタも嫌だ」

「どっちも嫌なら一緒に行くほうを取りなよー、絶対楽しいからさ」

何を根拠に言っているのだろう。
そんな問答をしながら領主低の前で綱引きのような動きをしている2人を見つけたマリクは、興味本位で近付く。

「それは何の遊びだ?」

「遊びじゃないよー、一緒に行こうって言ってるのに来てくれないんだもん」

「それほど全力で嫌がっているのなら、無理に連れて行かなくてもいいだろう」

「でもラントに居るのも嫌だって」

「ならばどうしたいんだ」

「どうもしたくない。休みたい。静かな場所に行きたい」

「パスカル! マリク教官! ここに居たんですね」

次いで広場のほうから駆けてきたのはソフィとアスベルと、バロニアで彼らと一緒に居た少女だった。
2人はルーカスに会釈し、ソフィもそれを真似する。

「度々お見かけしていましたが、きちんと挨拶も出来ていなかったので……今更ですが、アスベル・ラントです。昨日はウィンドル兵との戦いに助力して下さったそうで、本当に助かりました」

「俺にはただ暴れているだけにも見えたがな」

アスベルの名は名乗られる前から知っていたのだが、それよりこのおっさんマリクっていうんだな。
頭の中で長ったらしく"騎士団の上官のおっさん"と呼んでいた相手の名前をそれこそ今更に知ったルーカスは一応記憶しておく。

「シェリア・バーンズです。ほら、ソフィも挨拶して」

「こんにちは、ソフィだよ」

名前だけはすっかり覚えてしまっていた紫の少女が元気よく頭を下げる。
シェリアとそう歳は変わらないように見えるのだが、今のやり取りはまるで母と娘のようだ。

「あたしはもう知ってるよね? 教官は?」

「マリク・シザースだ。そういえば、お前の名前を聞いていなかったな」

「…………」

「相変わらず愛想の悪い奴だ」

「はいはーい! ルーカスだよ〜! パスカルとは昔っからの友達で、W術体術どれを取っても一級品のスーパーマンだよ〜!」

勝手に腕を動かして後ろからアフレコをするパスカルの頭に、ルーカスは自由になっている方の手で握っていた杖を軽く叩き込む。
相手はパッと離れると「痛いよ〜!」と頭を押さえた。

「確かに、W術の腕は確かなようだな。体捌きもなかなかのものだ。だが、忍耐が足りないな」

「……おっさんは弱いよね」

「……ほう?」

「お、落ち着いてください教官」

「教官をおっさん呼ばわり……」

「? 教官はおっさんなの?」

「こらソフィ! なんでも真似しちゃだめよ!」

バチバチと火花を散らしている2人の間に割って入り、再びルーカスの手を取ってパスカルが遊び出す。

「でね、そんなルーカスが一緒に来てくれたら、皆も心強いと思うんだよ。ウィンドルで窮屈で退屈な毎日を送るよりも、旅して開放的な毎日を送るほうが楽しいよ〜きっと」

「このおっさんが居るなら嫌だ」

「俺もこいつを連れて行くのは反対だ」

お互いを指差す2人に、シェリアがこれは駄目だわと頭を押さえる。

「なんだか……早々に仲悪くなっちゃったわね……」

「あの教官と喧嘩……やっぱり出来る人は違うんだな」

「喧嘩なの? だめだよ、教官もルーカスも、仲良くしようよ」

そう言って心配そうな顔でぎゅっと手を握ってくる少女に、なんでこんな小さな子になだめられているんだろうと馬鹿馬鹿しくなったルーカスは溜息を吐く。
マリクも同じ事を思ったようで、すぐに謝った。

「そうだな、悪かったソフィ」

「じゃあ、友情の誓いする?」

「いや、それは……」

「しないの? 2人は友達じゃないの?」

「「…………」」

違う。心の中で同時に呟いたが、見上げてくる純粋な瞳のせいか言葉が出なかった。
「とりあえず形だけでもやっておけ」とマリクに小声で言われたが、そもそも友情の誓いが何なのかわからない。

「あのね、こうやってするんだよ」

ソフィに手を取られ、マリクの手の上に重ねられる。
これに何の意味があるのかわからないが、ソフィが納得してくれたので良しとしておこう。

「ふふーん、友達なら一緒に行くよね?」

「……おっさんが嫌がってるし」

「俺は別に構わんぞ?」

さっきとコロッと態度を変えたマリクは、してやったりと意地の悪い笑みを浮かべていた。
ソフィが居る手前それを嫌がるわけにもいかず、結局ルーカスは強制的に同行させられることになった。
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