01.種は撒かれた
ストラタに向かう船の中。皆から質問攻めに合い、ようやく解放されたルーカスは、船室の中でぐったりと机に伏していた。別に人付き合いが苦手な訳でもないし喋るのが嫌な訳でもないが、若者数名に取り囲まれてやんややんやと騒がれては疲れもする。
糖分が欲しい、バロニアのアイスキャンディーが恋しい。荷物に詰めればよかった。溶けるけど。
思い立ってすぐにそれをした際の結果が浮かんで、意味の無い思考に頭を使ってしまったと思うと更に疲れた。
「船酔いか?」
「…………」
そしてこのメンバーの中で最も接しにくいのがマリクだった。
自分も相手も互いに好意的ではないと分かっている手前、他の誰よりも喋ることは少ない。
「酔い止めならあるぞ」
「いらない。甘いものが欲しい」
「甘いもの? パスカルあたりなら持っているんじゃないか」
「パスカルの持ってる甘いものって、いつのものか分からないバナナなんだけど」
「パスカルのことには随分詳しいな」
「別に……昔馴染みってだけだし。パスカルのことに詳しくても何の得にもならないよ、どうせならもっとほかの事知りたい」
「例えばどんなことだ?」
「まず言えるのは、おっさんのことは別に知りたくないってことかな」
「俺はお前のことを知りたいと思うがな。――オーレンの森で邪魔をしてきた理由は何だ?」
「今質問すんのやめて」
出て行け、と指でドアを指して暗に示す相手に、マリクは大人しく従った。そして甲板でソフィを追い回しているパスカルを掴む。
「なにすんのさー教官」
「あいつが魔物に与する理由を教えてくれないか?」
「あいつ?」
「ルーカスだ」
「本人に聞けばいいのに」
「聞いたら今は疲れているから出て行けと言われた」
パスカルはそっかと頷いて、一言で答えた。
「ルーカスは優しいんだよ」
「は?」
「あとはルーカスが元気な時に聞いて。ソフィ〜! 触らせて〜っ!」
再び鬼ごっこを始めるパスカルの言葉に、マリクは首を捻る。
優しい? どこが? 何が?
今まで脅されるわ腹を殴られるわ嫌味を言われるわでその優しさとやらに触れたことのないマリクにとって、その言葉は理解し難いものだった。
暖かいを通り越して暑い、と感じられる土地に降り立った一行は、首都のユ・リベルテに向かおうとしたところを現地の男に呼び止められた。
「失礼。あなたたちは首都まで行くつもりなのか? 今はロックガガンが道を塞いでいて、通れなくなっていると聞いたぞ」
ご親切にもそんな情報を教えてくれた相手に、その魔物を知っているマリクとルーカスは一考する。
「ロックガガン?」
「岩石獣とも呼ばれる大型の魔物だ。だが妙だな、ロックガガンは知能が高くて性格もおとなしく、人に迷惑をかけないと聞いたが」
「それが最近では、途中にあるセイブル・イゾレの街から先の街道周辺で暴れまわっているのさ。危ないから軍が街道を封鎖して、人が近づけないようにしているそうだ」
「ご親切にありがとうございます」
去っていく男に、ルーカスは尚も深刻な顔で思考を巡らせた。
ロックガガンが人を襲うなど聞いたこともない。だが初対面の自分達に嘘の情報を与えるとも思えない。
「……なんかあったかな」
「砂漠にか?」
「違う、ロックガガンに」
「それにしても教官、ストラタの魔物の事などよくご存知でしたね」
「オレはウィンドル軍に入る前はストラタに居たこともあるのでな。ロックガガンはストラタ国民の間で大事にされているらしい」
「で、どうするのアスベル?」
とりあえず状況も何も分からなくては対策も浮かばないということで、ひとまず途中のセイブル・イゾレまで歩くことにした。
常人が進めないほどの距離ではないが歩きにくい上に喉も渇くこの環境は、それだけで一行の体力を殺いでいく。
「ソフィ、大丈夫?」
「うん、平気」
「ルーカス、速いよ〜」
怠けているわけではないだろうがいつもより足取りの重い皆の数メートル前を行くルーカスに、早くもバテ気味のパスカルが漏らした。
ルーカスは進むたびに沈む足と靴に入ってくる砂にイライラしながらも早足で進む。
「急がなくてもセイブル・イゾレは逃げないよ〜?」
「ロックガガンが気になる」
「何か凶暴化の原因に心当たりでもあるのか?」
「ない。でも理由もなく暴れてるとは思えない」
火傷防止にとパーカーにきちんと両腕を通して羽織っている分、へばっているパスカルよりは暑いはずなのだが。
セイブル・イゾレに一番乗りしたルーカスは、役人に抗議する民衆の群れに近寄っていった。
「ロックガガンを殺すな! あれは大昔から生き長らえている、学術的にも貴重な生物だぞ!」
「ロックガガン、ころしちゃやだー」
「我々はロックガガンを殺す事を決めた訳ではありません、来たのは調査のためです」
「だったらどうして軍が街道に展開しているんだ? そんなの必要ないじゃないか!」
「ロックガガンが暴れて国民の皆様に被害が及んだ際、迅速に救助活動を行うためです」
対応していた役人はこのやり取りをずっと続けていたのだろう、疲れた表情で溜息を漏らす。追いついてきたアスベル達もそれらの声を聞いた。
「ロックガガン大人気だね、これじゃ下手に手出しはできないんじゃないかな」
「元々は気性も大人しくて、人間に迷惑をかける事もなかったようだが……」
「ロックガガン保護の声は日増しに高まって来ている。しかし一方で、街道を通れなくて困っているから、ロックガガンを始末してくれって声もある。どちらも民衆の本音だ」
今度はさっきよりも貫禄のある大柄の男が一行に絡んでくる。
ふとその視線がルーカスを捉えたかと思うと、男は目を丸くして固まった。一方、先に男を見ていたルーカスも、ぽかんとした顔で見つめ返している。
お互いを見て呆然とする2人に、アスベルが「お知り合いですか?」と聞いたが、ルーカスは何も答えず、どこか気まずそうに顔を背けた。
「……いや、すまない、何でもないよ。――いずれにせよ、この状況に具体的な対策をせず放置すればよくない結果しか生まれないな」
「困ったな……急いでユ・リベルテに行かなくてはならないのに」
「首都方面へ急ぐのか? それは生憎だったな、すぐにはこの状況は打開すまい」
男は最後にもう一度だけルーカスの顔を見て去っていった。
ルーカスは人ごみに消えていく男の背をじっと眺めて、首都へ向かう街道のほうへと体を向ける。
「まあ行くだけ行ってみたら? 出てきたら逃げればいいんだし」
「私もそれがいいと思うわ」
「そうだな。ここで待っていたら、いつ首都へ行けるかわからない、出発しよう」
「ああ。約一名はもう出発しているがな」
さっきよりも急ぎ気味で砂漠を1人進むルーカスに、どこにあんな元気があるんだろうとパスカルが羨んだ。