02.君から貰った密と蜜
パスカルと同じように真実を話したルーカスに、シェリアと同じような反応をマリクが返す。「……笑ってくれていいよ」
「ああ、なんだ、冗談か」
「……冗談じゃ、ないけど」
にわかには信じがたい話に、マリクはさてどう返したものかと悩んだ。
ルーカスは血だらけになったマリクの服を抱えて、さてどう返したものかと悩む。
「……あのさ、頭おかしい奴だと思ってくれてもいいから、俺にはもうあんまり関わんないでくれない。俺のせいで、今日みたいにあんたまで危ない目に遭うのは嫌だ」
「……俺はそれでも構わん。お前が毎晩あんな危険なことをしているのなら、放ってはおけん」
「俺が嫌だ、やめて」
「ならお前も……」
「俺はやめない」
「なら俺も好きにさせてもらう」
「おっさんなんでそんなしつこいの……」
「お前もどうしてそんなに頑固なんだ」
ルーカスは窓の外を見た。
降り続いている雪の白さに懐かしい面影を重ねる。
「……約束したから」
ずっと古い記憶だけれど、一日たりとも忘れたことは無い。
「……分かった、お前のすることに口出しは出来んな。だが、せめて防御ぐらいはしてくれ」
「いつもはしてるよ、今日は事情が事情だったし」
「それから、今日のような無理はするな。どんな事情があってもだ」
「……それは約束できないけど」
「仕方のない奴だな。まあいい、今日はもう寝ろ」
そう言って、マリクは当然のように隣に寝転んだ。
閉じかけた目蓋を思い切り開いて、ルーカスが起き上がる。
「……俺そういう趣味ないんだけど」
「安心しろ、俺もだ。間違ってもお前のような奴に手は出さんし男色の趣味もない、妙な妄想はするなよ」
「じゃあなんで隣に寝んの」
「お前がまた死にに行かないようにな」
見張りのつもりか。あれだけ脅しをかければ街人が再び森へ行くことはない、つまり自分が行かなければならないような事はもう起きないと思うのだが。
「……おっさん過保護?」
「さあな。いいから寝ろ、何時だと思ってる」
「狭いし……、それに俺昼寝たから今眠くない……」
「黙らせて欲しいのか?」
「…………」
「……やけに甘い匂いがするな。髪に砂糖でも塗りたくっているのか?」
「おっさんも喋ってるじゃん」
「独り言だ」
「……。くっつきすぎ、暑い」
「外が寒いんだから丁度いいだろう」
「よくない、俺は抱き枕じゃない」
「こんな喧しい抱き枕誰が使うか」
「セクハラー」
「お前にセクハラするぐらいなら、パスカルにしたほうがまだマシだな」
「本気? 最低でも3日は風呂に入らないような子だよ?」
「お前も入っていないんじゃないか?」
「これはシャンプーの匂いだよ」
「気分が悪くなりそうだな」
「だったら離れればいいのに……」
「限界になったらな」
「…………」
「おやすみ」
「……本当にここで寝んの?」
「しつこいぞ」
マリクの腕の中は暖かくて、冷えた体は嫌悪感よりもその居心地の良さを選んで抵抗をやめる。
けれど誰かが傍に居るその感覚は過去を思い出させて、ルーカスは夢現になりながらもなかなか眠りに落ちることが出来なかった。
「おはよう、良く眠れたかい?」
雪雲のせいで陽の照らない薄暗い朝。
ごしごしと眠気眼を擦りながらロビーに下りると、女将がやわらかい笑みを称えて出迎えてくれた。
「寒くてあんまり眠れなかったよ〜」
「あまり眠れていない割には、あなたのいびきがぼくの部屋まで聞こえてきましたけど?」
「夜中は本当に冷えるからね。大W石をどうにかして使おうとしてるって聞いた事あるけどねぇ、なんでもいいから早いとこ、この状況をなんとかして欲しいもんだよ」
「大W石がどこにあるかご存知なんですか?」
「詳しいことはわからないけど、ザヴェートで研究をやっていると聞いたよ」
「誰か手伝ってるのかな? そうだとしたら……誰だろう?」
「やはりザヴェートを目指すのが正解のようだ、急いで向かおう」
一宿一飯の礼を言って、また昨日と同じく雪道をざくざくと進んでいく。
寒さと昨日の疲労のせいでいつもの二倍ほど眠いルーカスは、杖をまさにその名の如く支えにしながらのそのそと皆に続いていた。
「ルーカスさん、大丈夫ですか? 昨日無理したんですから、疲れたら言って下さいね」
「んー……、大丈夫、眠くて」
「ちゃんと寝てないんですか? もう……」
シェリアの中のルーカスの位置づけは、昨日の一件ですっかり年上の男性から世話の焼ける子供に変わってしまったらしい。
「うぅ〜寒い〜寒いよ〜! ソフィ〜ひっついて暖まろうよ〜」
「……やだ」
「……パスカル、寒いの平気だった筈だよね」
「ソフィにくっつきたいだけなんじゃないのか?」
「そんなことないよ〜」
「パスカル、ひっつくのはいいけど、ちゃんとお風呂入りなさいよ?」
「どーして今お風呂の話なの? 大丈夫だよ、この匂いなら……まだ4日目だね!」
「何が大丈夫なのよ! いつも言ってるけど、普通お風呂は毎日入るものなのよ? 女の子なんだから、もっと体臭に気をつけたほうがいいわ」
「う〜ん、まあ、確かにシェリアはいい匂いするもんねぇ。教官はなんか変な匂いするけど」
「変って……香水の匂いでしょ? 体臭よりよっぽど良いわよ」
「そうかな〜、くんくん」
「お前な……」
マリクに近寄って、犬のようにその匂いを嗅ぐパスカルに皆が呆れる。
と、パスカルは何を疑問に思ったのか、「あれ?」と首を捻った。
「教官、今日はなんだかお菓子みたいな匂いするね。新しい香水?」
「!」
ゆっくりと前に進んでいたルーカスがピタリと止まって、その横をマリクとパスカルが通り過ぎる。
「ああ、気分転換にな」
「あたしこういう匂いは好きだなーっ。ねぇねぇ、どこに売ってんの?」
「残念ながら非売品だ」
「ぶーっ、まあ、どうせ使わないからいいけどさ。教官これからずっとこの香水にしなよ〜!」
「……しばらくはな」
ちらりと横目でこちらを見たマリクは笑っていて、シェリアが「そんなにいい匂いなんですか?」と言って傍を離れた後。
1人最後尾になったルーカスは「……俺は香水でもないんだけど」と呟いた。