02.君から貰った密と蜜

「ルーカス、おいルーカス!」

自分の体にしがみ付いたまま崩れ落ちるルーカスに、マリクが青くなる。
背中の傷は深いようで、流れ出る血が白い地面を赤く染めた。

「くそっ!」

「……って、おっさん……、まって……」

「この期に及んでまだ魔物を庇うつもりか!?」

魔物はいまにも第二撃に動き出しそうで、マリクは視線を外さないようにと威嚇して睨みつける。

「……こいつらは、悪く、ないから……。俺が、角、取ったから……、警戒、してるだけで……っ」

「殺さないとこういうことになるのは分かっていただろう! どうしてわざわざ面倒な方を選ぶんだ!」

地面に落ちた武器を取ろうとしても、ルーカスがそれを引き止めた。

「……お願い、やめて」

「お前は……っ!」

こちらに血塗れの背を向けて、魔物に向き直る。
ルーカスは一番近くに居た角の折れたストラテイムに両手を広げた。

「……ごめ、んな……、痛かったよな……、勝手に、角、取られて……、腹立つよな……」

ストラテイムは牙を剥いてルーカスの肩に噛み付く。
痛みに小さく呻いたルーカスは、それでも抵抗せずに受け入れた。
自分の肩を噛み砕こうとしている魔物に腕を回して抱きしめる。

「……っ、……いっつも……ちゃんと、守ってやれなくて……、ごめんな……。でも……この人は、関係ない……から、襲わないで、やって……」

ルーカスは懐から砕かれたW石を取り出して、ストラテイムたちに与えた。
肩を噛んでいたものも、それに気付いて離れる。

「……角の、分には、足りない……だろう、けど、それしか……今、ないから……っ、……ごめん、我慢、して、くれるか……?」

ストラテイムたちはそれを食べ終えると、満足したのかこちらを一瞥して帰っていった。
ほっとしてマリクが息を吐くと、ルーカスも緊張の糸が切れたのか地面に倒れる。

「ルーカス! しっかりしろ! 今シェリアに……」

「……って、まって、シェリアは……駄目、日暮れにも……無理、させた、から……っ」

「日暮れ? ……まさかお前……っ」

「……回復、なら、アイテムが……っある、から……、それで……」

「そんなに都合よく大量のアイテムがあるか!」

「〜っ、おっさん、うるさい……。部屋、俺の、部屋……っに、ある、から……っ、シェリアに、言ったら……ぶっ飛ばすよ……」

そんな衰弱した体で出来るものならやってみろ!と思ったが、先にも同じような怪我を治療したのなら、確かにシェリアには負担になってしまう。

マリクは仕方なくルーカスの意思を尊重して部屋に向かった。
血が落ちぬように上着で体をくるんで、雪の上に立っていた杖を引き抜いて急いで運び込む。

「どこだ!?」

「……っそれ、その……、袋の……」

袋から急いでアイテムを取り出すと、マリクはそれを次々にルーカスの口に詰め込んだ。
ペースが速すぎてついていけなかったルーカスは思わず噎せかえる。

「ごほっげほっ! っちょっと、ペース考えてよ……」

「ぐだぐだ言ってる場合か!」

仕方なく水で無理やり飲み下して、顔色の戻ってきたルーカスにマリクがようやく手を止めた。

「……ふぅ、助かった。ごめんおっさん、上着血塗れ……」

「ふざけるなよ」

「え?」

「何が助かった、だ。俺がいなければお前は死んでいたんだぞ!!」

本気で怒っているらしいマリクに、ルーカスは驚いて目を丸くした。

「……えっと、ごめん、なさい」

「……分かればいい」

「……あ、怪我してない?」

「こんなときに他人の心配か? お前が庇ってくれたおかげで傷1つないな」

「そっか、良かった」

「お前はっ……!」

一度落ち着いた声のトーンがまた上がって、それからすぐにまた落ちる。
マリクは諦めたように「もういい」と吐いた。

「おっさん、なんであんなとこに居たの。」

「それは……、お前が昼寝を繰り返す理由は何だと聞いたら、夜見張っていろと言われてな」

「パスカルに? それストーカーだよ」

「スっ……!? ……わ、悪かった」

「今度からやめてね、今日みたいに巻き込んじゃったら嫌だし」

「……毎晩あんなことをやっているのか? 大体、どうやってストラテイムを狩りに行く奴らの動向を掴んだんだ」

ルーカスは視線を膝に落としながら、声のボリュームを下げて呟く。

「……声が聞こえたから」

「声? 俺はお前が部屋から出てくる前までロビーに居たが、何も聞こえなかったぞ。第一、こんな雪の日に、あんな離れた場所にいる者の声が聞こえるはずが……」

「……人の声じゃないよ」

「は?」

ルーカスは目線を外したまま、ゆっくりと顔を上げて言った。


「……魔物の、心の声」






「魔物の心の声?」

マリクとルーカスの居る部屋の2つ隣。
パスカルの部屋で話を聞いていたシェリアは、明かされた理由に当惑した。

「そ、昔っから聞こえるらしいんだよ〜。
魔物とか動物とか、人間じゃないものの心の声ってやつがさ」

「……冗談よね?」

「うんにゃ、本当だよ。ま、信じてくれる人は少ないみたいだけどね〜」

「当たり前よ、そんなの聞いたこともないもの。まさか、パスカルは信じてるの?」

「信じてるよ? だってルーカスは嘘つくような人じゃないし、嘘であそこまで出来るとは思わないもん」

確かに、演技でやれるほどのことではない。
日暮れの怪我は見ただけで痛さが伝わってくるようなものだった。

「だから魔物とは戦いたくないんだって。たぶん、痛いとか悲しいとか、そういう感情がモロに流れてきちゃうんじゃないかな。魔物をむやみやたらと傷つける人間は、あんまり好きじゃないみたいだけど……、そうじゃない人には、魔物を守るためでも極力攻撃はしないんだよ。逆に魔物が人間を襲ってたら、魔物を攻撃することもあるみたいだし」

「……、でもそれじゃあ、どちらからも恨まれるだけなんじゃないの?」

「そうなんだよね〜。でもルーカスはやめないよ、あたしも昔やめたら? って言ったんだけどさ」

パスカルは当時を振り返りながら、少し辛そうに笑う。

「……ルーカスは優しいからね」
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