04.すれ違う各々の想い
ルーカスの不可解な行動とマリクの疑問を他所に、船は無事に目的地であるオル・レイユ港へ到着する。到着するなり港に滞在していたストラタ兵に周囲を取り囲まれ、誰からともなく両手を挙げて敵意が無いことを示す。
「なんか、すっかり犯罪者扱いだね」
「フェンデル船籍の船が堂々と入港すれば、こうなるのは当然の反応でしょう」
「あなたはオズウェル少佐!? し、失礼いたしました! おい、この方たちを解放しろ!」
後からやって来たストラタの兵士が、ヒューバートの姿を見て慌てて兵を追い払う。非礼を詫びるストラタ兵に、ヒューバートは構わないと前置いてから、目的である大統領の所在を問う。
「孤島の状態に関して見てきた者から報告を聞きたいと、こちらへ向かわれています。途中でセイブル・イゾレにお寄りになると、先ほど伝令が届きました」
「それはちょうどよかった、総統閣下にいただた親書を手渡しする事ができます。行き違いにならないよう急いでセイブル・イゾレへ向かいましょう」
言葉の最後は仲間達に向けられていた。アスベル達は同意してぞろぞろと港から出て行く。
その殿を務めるマリクは、前を行く仲間の数が一人足りないことに気付いて、背後を振り返った。見ればルーカスが頭を押さえて立ち尽くしている。
「どうした、船酔いか?」
「…………」
そういえばそうだった。ルーカスに完全無視されていることを思い出したマリクは、やれやれといった様子でルーカスに歩み寄る。
「気分が優れないのなら親書はヒューバートに預けて、お前は休んでいた方が――」
「いい、大丈夫だから」
やっと答えた相手は、説得力のない表情でそう言うと、マリクを押し退けて歩き出した。そっけない態度にもマリクは特に気分を害した様子もなく、ルーカスに歩調を合わせてくる。
「……おっさん先に行ってていいよ、心配しなくても親書はちゃんと届けるから」
「俺が心配しているのは親書の安否だけではないんでな」
いつも通りの軽い口調で優しい言葉をかけられたルーカスは、頭に響いている無数の声のせいで曇らせていた表情を殊更険しくした。
魔物の声がうるさい。声が聞こえるのはいつもの事だが、平時はここまで騒がしくはない。となると、嫌な予感がする。
それに意識を集中させたいのに、隣を歩く男のせいで気が散ってしまう。声をかけられる度に胸がざわつく。
「……死ぬなよ」
いつか船の中でかけられた言葉を思い出して、ルーカスは頭を振った。
後方でのそんなやり取りなど露知らないアスベルら先頭集団は、セイブル・イゾレの一角にある研究所の前で目的の人を見つける。
研究者と思しき男性と言葉を交わしていた大統領ダヴィドは、アスベルらの姿を認めて顔を綻ばせる。
「おお、諸君。フェンデルの調査から戻ったのか」
「閣下がこの街にいらっしゃると聞き、駆けつけました」
「大統領閣下、フェンデルのオイゲン総統閣下から親書をお預かりして参りました」
ヒューバートは言いながら、視線を後方にいるルーカスに向けた。目で親書の提出を指示してくるヒューバートに、ルーカスが前に出てダヴィドと向かい合う。
暫しの静寂の後、意外そうな顔をしていたダヴィドがフッと笑った。
「久しぶりの再会がそんなに嫌か、ルーカス? まさかこんな形で戻ってくるとは思わなかったが」
「……別に戻ってきた訳じゃないよ、俺はこれを届けに来ただけ」
はい、と道中の扱いが少々ぞんざいだったせいでヨレてしまっている封筒を片手で手渡すルーカスに、ヒヤヒヤしながら見守っていたヒューバートが口を尖らせる。
「ルーカスさん、その方が誰なのか理解していますか!? そんな友人知人に接するかのような振る舞いは――」
「いや、だって身内だし」
控えて頂けませんか! と言い切ろうとしたヒューバートだったが、途中に挟まれたルーカスの返しに「頂け」の辺りで固まってしまう。アスベルら他の面々も、え? という顔で固まっている。そのリアクションを見たダヴィドは苦笑。
「なんだ、まだ話していなかったのか?」
「だって、別に話す機会も無かったし」
「全く仕様の無い奴だ。――愚息が世話をかけてすまない」
申し訳なさそうに言うダヴィドに、一人だけ真実を知っていたが故に硬直していなかったマリクが「滅相もありません」と返し、ヒューバート達に代わって話を進める。
「その親書にも書かれてあるでしょうが、やはりフェンデルにも此処と同じくリチャード陛下が現れました。撃退しようと応戦はしたのですが力及ばず……、我々を信じて任せて下さった閣下には面目次第もありません」
「謝らなくていい、これは世界中の人間が共同で負うべき問題だ、力を合わせて取り組もうではないか。……親書を読む限り、オイゲン総統閣下も私と同じ考えのようだな」
その会話でなんとか硬直を解いたヒューバートが、ルーカスを問い詰めたい気持ちを抑えながら話に参加する。
「ところで閣下、ぼくたちがセイブル・イゾレへ戻ってきた理由ですが……、アンマルチア族がこの地に残した記録を求めてやって来たのです」
「アンマルチア族の記録……?」
ヒューバートに続き、アスベルも我を取り戻して説明を引き継いだ。
「はい。この街のどこかにあるとアンマルチア族の長に教えていただきました。それでここの研究塔に目星をつけやって来たのです」
「そのアンマルチア族の記録が今回のリチャード陛下の一件を解決する為に必用だと?」
アスベルが肯定すると、先ほどまでダヴィドと話していた研究員らしき男が口を開く。
「確かにこの研究塔の最深部にアンマルチア族の物と思しき遺構が、一部残されています。厳重な封印が施されているらしく、誰も内容を調べられないまま放置されていたのですが」
「現物見てみないとわからないけど、なんとかしてみるよ」
「閣下、ぼくたちにその遺構を調べる許可を頂けませんか?」
「わかった、君たちが研究塔へ入ることを許可しよう。私たちも同席させてもらおうと思うが、それでも構わないかな?」
勿論です、と返したアスベルを先頭に、皆は研究施設の内部へと入っていく。遺構を目指し奥へと進む道中、二人で話をしているダヴィドとルーカスを見ながら、残りのメンバーがひそひそと話す。
「どどどどういうことですかパスカルさん! ルーカスさんが大統領閣下の息子だなんて、ぼくは初耳ですよ!?」
「あたしだって知らなかったよ〜、ルーカスがここ出身だってことも、この前の話で初めて知ったもん」
「驚いたな……、以前閣下がルーカスさんに会いたがっていたのはそういう訳だったんだな」
「確か酷い事件を起こして居られなくなった≠チて言っていたわよね、親子仲が険悪なようには見えないけれど……、それにしても、教官は驚いていらっしゃらないんですね?」
「ああ、俺は以前から知っていたからな」
「ならどうしてもっと早く教えてくれなかったんですか!」
吠え掛かるヒューバートをなだめていると、話題の中心であるルーカスがダヴィドから離れてアスベルらの輪に戻ってきた。デリケートな問題かもしれないと考え慌てて話題を打ち切った皆の不自然な沈黙に首を傾げつつ、ルーカスはマリクを呼ぶ。
「ちょっと父さんと話してきて」
「俺がか?」
カーツらの一件について仔細でも聞かれるのだろうかと思いつつルーカスと交代する形でダヴィドの元へ来たマリクに、相手は開口一番謝罪を口にする。
「アレが色々と迷惑をかけたようだな」
予測が外れて拍子抜けしたマリクは、失礼の無いよう配慮しつつ自分が呼ばれた理由を尋ねる。
「ルーカスに随分と気を回してくれていたと聞いた。全ては私が以前君にアレのことを頼むと言ったせいだと酷く憤慨されてな。もし本当にそのせいで君に負担をかけていたとするならば、無理をさせてしまったことを謝罪させて欲しい」
ルーカスがそんなことを、まさか最近の不自然な態度はそれが原因だったのか?
思考を巡らせつつマリクは首を横に振って否定する。
「確かに最初は閣下のお言葉によるところが大きかったでしょう。けれど旅の中で、私自身がルーカスに情を抱くようになったのです。今の私がルーカスを気にするのは、私自身の意志によるもの、そのことで閣下に謝罪を頂く謂れはありません」
「そうか……。それが私への遠慮から来る言葉ではなく、君の本心であることを願うよ。ルーカスは君のことを随分と気に入っているようだ、負担でないと言ってくれるのなら、今後とも宜しくしてやって欲しい」
ルーカスが俺を気に入っている? そんな馬鹿な。口に出かかったその素直な感想をなんとか推し留めたマリクを他所に、研究員に呼ばれたダヴィドはマリクに断りを入れてその場を離れる。研究員の隣では、遺構に到着したパスカルが軽快な手付きで機械を操作していた。
どう見積もっても自分に対するルーカスの好感度は仲間内で最低値だろうとマリクは考えていた。でなければあんなに素っ気無い態度を取る筈も無いし、何より自分だけが今だ彼に名前を呼ばれたことも無いのだ。そんな状況で気に入られているという言葉を信じるのは無理がある。
本当に懐いて貰えていたのなら、あいつの扱いにここまで手を焼くことも無いのだがと苦笑するマリクの視線の先で、ルーカスはパスカルや他の仲間と共に機械装置が投影する映像を眺めていた。
「これ、相当強引なやり方だよ、本当に大丈夫かってくらいの。まず、フォドラへ行くには間にある空の海を渡る為の専用の乗り物が必用みたい。記録にはシャトルってあるね。でもそのままだと空は飛べても空の海は越えられないんだってさ」
「空の海を……越える?」
「あたしたちの世界を覆ってる、大きな膜みたいな物だって事」
「空に海があるなんて信じられない……」
「その海を越える方法は何か考案されていたのか?」
「アンマルチア族のご先祖様はシャトルが通れる道を無理矢理作ろうとしたみたいだね。シャトルが発進するのと同時に地上から海に向かって熱線を打ち出すんだってさ。熱線が当たって一瞬だけ海を切り裂いたところにシャトルを通すつもりだったみたい」
パスカルが説明しながら操作盤を叩くと、映像に映し出されている地図を土台にして、黄色い矢印が上に向かって伸びる。これじゃ駄目なのか、と呟きながら更に操作すると、矢印は斜めに傾いて、ドーム状に地図を覆っている青い半球――恐らくは空の海を模したものに届くようになる。
「うんうん、こうやって遠心力を利用すれば推進力を上乗せできる筈」
「理屈はなんとなくわかったけど、実際にシャトルをこの軌道で打ち出す事って出来るの?」
「ちょっと直せばなんとかなるかも、シャトルの仕組みがどうなってるかにもよるし、絶対大丈夫とまでは言えないけど」
「試してみよう、たとえそれがどれほど低い可能性であっても」
「そうとなれば、まずはシャトルが動くかどうか確認しないとね。次に向かうのはそこかな〜」
パスカル曰く、シャトルが保管されているのはラントの北の辺りらしい。海辺の洞窟にそこへ到る入り口があるとのことなので、まずは全員で洞窟を目指すことに。
出立の前に、アスベルはずっと苦しそうに身体を抱きしめているソフィの前に屈んで、励ますように優しく言葉をかける。
「フォドラへ行けば治るんだ、ソフィ」
「うん……ありがとう……アスベル……」
必死に笑みを返そうとするソフィを、アスベルが心配そうに見つめる。
それを他の仲間達と共に何と声をかけることも出来ずに見守っていたルーカスだったが、ずっと聞こえ続けている魔物の声が一段と煩くなったのを感じて眉根を寄せた。
やっぱりこれは普通の状態じゃない、何かとてつもなく拙いことが起ころうとしている。いや、既に起こっているのか?
だが具体的にそれを説明出来る訳でもなく、ルーカスは不安を抱えたまま皆と共に研究施設を後にした。