04.すれ違う各々の想い
するとその不安を煽るかのように、出てきた一行を目にしたストラタ兵が、慌てて駆け寄ってくる。「大統領閣下! オル・レイユ港から伝令です! 孤島の調査に向かっていた船団が敵の襲撃を受けているとの事です」
「敵だと? 今フェンデルが動く筈はない。まさかウィンドルか?」
「いえ、そうではありません。孤島から出現した魔物の集団との事です」
ああ、それか。ルーカスは自分の頭痛を招いている騒音の所以を理解して歯噛みした。
「今、船団はどうなっている?」
「被害が大きくなったため一時的に港へ帰港したそうです」
「よし、行ってみよう。元々直接関係者に会って話を聞くつもりだったのだしな」
ダヴィドが兵とそう言葉を交わすのを聞いて、アスベル達もそれに倣うことになった。皆でオル・レイユ港へ戻ると、話の通り傷付いた船が港に停泊していた。ダヴィドはその近くで集まってる兵士に声をかける。
「孤島から魔物が出現したと聞いたが、本当なのか?」
「はい、沿岸に接近したところ、あの島の全域を覆う繭のようなところから突然出てきまして」
「我々も懸命に応戦しましたが、一体一体が強力な上とにかく数が多く……、これ以上海上に留まって交戦を継続するのは難しいと判断し、帰港した次第です。海上には今もかなりの魔物が飛びまわっていて、民間船にも被害が出ている模様です」
「しばらく定期船の航行を控えるよう、指示を出す必要がありそうだな。リチャード陛下は魔物を率いて世界制服にでも乗り出すつもりなのか……」
兵士の報告とダヴィドの言葉に、アスベルが「そんな」と絶望した表情で呟く。
てきぱきと適確な指示を飛ばしたダヴィドは、この状況で船を出せるのかと心配する一行に「心配はしなくていい」と言う。
「君たちの好きな時にいつでも船を出そう、準備が出来たら声をかけてくれ」
「ありがとうございます、閣下」
皆それぞれ足りなくなったアイテムなどを港で補充してから、ダヴィドが用意してくれた船へと乗り込む。ダヴィドは険しい顔でそれに続こうとしたルーカスを呼び止め、
「道中で魔物騒ぎに巻き込まれることがあっても、くれぐれも無茶はするな。……あの時と同じ過ちを繰り返さないようにな」
と心配気な顔で告げた。ルーカスはダヴィドから視線を外して、「……わかってるよ」とだけ返すと、さっさと甲板へ上がってしまう。
「閣下、彼のことは、私が必ず守ります」
名残惜しそうにルーカスの背を見送るダヴィドに、その心中を察してマリクが声をかけると、ダヴィドは申し訳なさそうに笑った。
「すまない。……どうか、頼む」
オル・レイユ港から出港した船は、ダヴィドの言葉通り、ベラニック南の港へ無事にアスベル達を送り届けた。
港を出て国境砦を通り、件の海辺の洞窟までやってきて、皆で入り口を探す。入り口は壁に擬態しており、疑って探さなければ判別がつかないよう細工されていた。
「こんな所にこんな場所があったなんて……」
「これがフォドラへ行くための乗り物ですか? こんな物が空を飛ぶなんてにわかには信じ難いですね」
内部を見渡すアスベルと、そこに安置されていたシャトルと思しき乗り物を見たヒューバーとが、それぞれ感想を漏らす。
パスカルは臆することなくシャトルに近付くと、近くにあった装置を弄り始めた。
「ふーん、なるほどね」
「動かせそうか?」
「ちょっと待ってて」
そう言ってからものの数分と経たないうちに、装置が起動しスクリーンが宙に浮かび上がった。
「動いたわ!」
「まだまだこれからだよ、整備も必要だしね。うん、シャトル本体の整備はなんとかなるとして、後は……へえ、熱線を照射する装置ってストラタとフェンデルにひとつずつ設置されているんだ」
一人ぶつぶつ言いながら調整を進めるパスカルだったが、突如スクリーンにエラーが表示されけたたましい音が鳴ると、それきり装置は沈黙してしまう。
「ありゃ」
「何が起こったんです?」
「ストラタにある方の施設はうまくいったんだけど、もうひとつの方が駄目だね。直接行って見てみないとどうにもならないかも」
「フェンデルにある方か」
「後は……、これは事前の準備がうまくいって出発出来るようになってからの話なんだけど、あたしたちがシャトルに乗った後、ここに残ってそのシャトルを制御する人が必要なんだよね」
「それは……誰にでも出来るような事なのか?」
「さすがにそれは。技術的な知識も必要だしね、素人だとちょっと厳しいかな。お姉ちゃんに頼むのが本当は一番いいんだけどね、あたしが頼んでも無理かな……」
以前フーリエと喧嘩別れしたことを思い出しているのだろう、沈痛な面持ちで言ったパスカルは沈みかけた空気を持ち直して、
「まあ、この件に関してはうまいやり方を考えてみるよ、ばーさまに相談する手もあるし。今はフェンデルの問題を先に解決するのがいいんじゃないかな。ちなみに施設があるのはベラニックを越えた先だよ」
「よし、急いで向かおう」
休む間もなく再び移動を開始したアスベルらの元へ、通信機の鳥が飛んで来る。それに気付いたパスカルは、通信機を取り出してその用件を読み上げた。
「う〜ん、繭から出てきた魔物は今も相当暴れまわってるみたいだね。フェンデルでも危ないからって民間の船の航行が禁止されたって」
「そうか……早くなんとかしないとな」
アスベルの言葉を受けて、マリクはルーカスの方を向いた。ルーカスはオル・レイユの港に最初に到着した時から変わらず、頭を押さえて苦しそうにしている。
「……もしかして、今各地で暴れまわっている魔物の声が聞こえているのか?」
ルーカスは会話するのも億劫なのか、はたまたまだマリクに対して無言を貫き通したいのか、首肯で答えた。
今の自分達のやるべき事とは関係ないとはいえ、これだけ辛そうにしているのを見ると、魔物の方もなんとかしてやるべきではないかという考えが、マリクの中に浮かぶ。
するとそれに応えるかのように、一行の頭上を魔物の群れが過ぎった。
「あれは……もしかして!?」
「繭から出てきた魔物か?」
「ラントの方向へ向かっています!」
「そんな……!」
「このまま見過ごすわけにはいかない、ここは一先ずラントへ向かうべきだろう」
マリクのその提案に、皆が頷きを返す。
この状態のルーカスを魔物の近くへ連れていくのはかえって逆効果かもしれないが、長引かせるよりはさっさと退治してしまった方が良いかもしれない。何より、アスベル達の故郷を放置していくわけにはいかないだろう。
マリクは港でダヴィドに立てた誓いを思い出しながら、ラントへと急ぐ皆の後を追った。
ヒューバートが予想した通り、魔物の大群はラントを襲っていた。
必死に抵抗し民を護ろうとしていたバリーが、救世主の如く現れたアスベルらに気付く。
「アスベル様!?」
「バリー、ここは俺たちに任せて、皆を連れて建物の中へ!」
「し、しかし……」
躊躇うバリーに容赦なく襲い掛かる魔物。逸早くそれに反応したアスベルは、バリーを庇って吹きとばされた。
しかしアスベルはすぐに立ち上がり、剣を手に反撃を開始する。
他の面々も散会して、魔物と応戦する人々と共に武器を振るう。だが、敵の数が圧倒的に多い。
ルーカスは例によって何とか傷つけずに済ませようとしたものの、兵がいっていた「強力」という言葉に違わず様々な魔法効果を打ち消す相手に、仕方なく攻撃に転じた。当然その代償として頭には容赦なく魔物の断末魔が響き渡る。
「……っ、くそ……っ!」
魔物の声が聞こえる範囲は決まっている、平時であれば数体の魔物を相手取っても心が痛む程度で済む。だが今は状況が悪かった。
ラントのあちこちで繰り広げられる戦闘、それによって出る魔物の死体と同じだけの怨嗟の声が、ルーカスの精神を蝕んでいく。
今この状況で交戦をやめる訳にはいかない、戦うことをやめればその分ラントの被害は大きくなる。今ここに居る魔物は全て倒し尽くさなければならない。
わかっていても、ルーカスの攻撃の勢いは徐々に削げていった。杖を支えに何とか意識を保とうとしているルーカスに気付いたマリクが、彼に飛びかかろうとしている魔物を投刃で払いながら駆け寄る。
マリクはルーカスを背に庇いながら、近くに居た魔物に再び投刃を振るった。魔物の悲鳴に呼応して背後のルーカスから苦しげな声が聞こえたが、今の自分に出来る事はせいぜい魔物を素早く殲滅することしかない。
だがそれも難しいと思ってしまうほどに、魔物の勢いは強かった。いつの間にか包囲されてしまった面々は背中合わせに円陣を組む。
万事休すか。皆がそう思った時、ソフィがふらふらと前に出た。危ない、と制止するアスベルらの声は、ソフィの叫びに掻き消される。
「みんなを……守る、守る!」
突然、ソフィの身体から光の柱が立ち昇った。その光は周囲へ拡大し、アスベル達を取り囲んでいた魔物を飲み込んでいく。光の勢いは留まるところを知らず、そのままラント全体を包み込んだ。光に触れた魔物達は、次々に消滅していく。
やがてその光がおさまると、ラントに魔物の姿は無くなっていた。数十にも及ぶ魔物の群れが、ソフィの放った光によって一掃されたのだと理解した兵士たちが、口々にアスベル達を讃えながら勝ち鬨を上げる。
だが、アスベル達がその喜びを共有することは出来なかった。光を放ったソフィは膝をつき、かろうじて立っている状態だったルーカスはその場に倒れてしまう。
「ソフィ! 大丈夫か!」
「ルーカス!? おい、しっかりしろ!」
仲間たちは二人にそれぞれ駆け寄った。マリクはルーカスの肩を揺らして呼びかけてみるが、相手は苦悶の表情を浮かべて苦しそうに呻くだけで、その両目は閉じられたまま動かない。
「アスベル様、お陰様で助かりました。お嬢さん……こんな小さな体で我々を守ろうとして……」
ソフィを背負ったアスベルに、バリーは後の事は自分達に任せて彼女を屋敷で休ませるよう言った。アスベルは頷きを返して、ソフィを屋敷へと運び込む。
「ルーカス、どうしちゃったのさ〜!? 怪我したの!?」
「いや、外傷は無い。恐らく先ほどソフィが魔物を一気に殲滅した事で、例の力で聞こえていただろう魔物の心の声が膨れ上がって、それに耐え切れず気絶したんだろう。ヒューバート、こいつも屋敷で休ませてやってくれないか?」
「ええ、頼んでみます。運ぶのは任せましたよ」
ヒューバートは言うが早いか屋敷へと駆けて行った。マリクはそれに感謝しつつ、ルーカスを背負って屋敷の中へ。
先に中で事情の説明をしてくれていたアスベルに言われ、フレデリックが用意してくれた客室のベッドにルーカスを寝かせる。
心配なのだろう、ルーカスの傍を落ち着き無くうろちょろと歩き回るパスカルを摘まみ出して、マリクは改めてルーカスの容態を診た。やはり怪我はしていない様だが、未だ目に見えない何かに苛まされているようで、苦しそうに呻いている。
「……何もしてやれなくてすまん」
マリクは少しでも苦しさを和らげられないだろうかと、救いを求めるように彷徨っている手を掴んで、子をあやすように頭を撫でた。