01.種は撒かれた
それは、彼がまだ若かった頃の話。血だらけの女性を抱えて、青年は雪原に座り込んでいた。
辺りには魔物の死体と、夥しい量の血が広がっている。
――――二兎追うものは一兎をも得ず。
守ろうとしたものを一度に全て失って、青年は泣くように叫んだ。
それから数年後。青年は1人王都付近の森の木の頂上に立ち、地上を見下ろしていた。
騎士が武器を携えてこちらに行進してくるのが分かる。その武器を何に向けて使うつもりなのかも。
青年は杖をバトンのように手で弄びながら、トンと枝を蹴って宙を舞った。
「状況はどうなってる?」
エフィネアにある3つの国家のうちの1つ、ウィンドルの王都バロニア。そこに建つ騎士学校の中から、がっちりとした体格の男が早足で出てくる。
「先遣隊が森の周囲に展開していますが、手出しが出来ない様でその場での待機を余儀なくされています」
その隣を歩く新米騎士は、その足取りについて行こうと若干小走りになりつつ説明した。
「敵の数は?」
「例の男が1人、当初の標的であった魔物が多数。それ以外は確認できておりません」
「たった1人であれだけ居た騎士の精鋭を捻じ伏せていると? とんだ化け物だな」
「お忙しい中申し訳ありません、マリク教官」
「気にするな、事情が事情だ」
マリクと呼ばれた男は船着場を横目で見つつ、騎士と共にバロニアを後にする。
船の上では彼の下で長年剣を振るってきた少年が、同じようにバロニアに別れを告げていた。
バロニア近郊にあるオーレンの森。やって来たマリクはその光景を見てなるほどと頷いた。
「確かに"手も足も出ない"だな」
森は結界か何かのようなもので覆われ、騎士が放つ攻撃の全てを跳ね返していた。周囲に居た騎士たちは皆己の攻撃でボロボロだ。
マリクも加減して武器を投げつけてみるが、バチッという音とともに自分のほうに戻ってくる。
「これを打ち破る策は何かないのか?」
「W術も色々と試みてみたのですが、どれも全て反射されてしまいまして……」
「そうか、厄介だな……これをやったのもあの男か?」
「恐らくは……ここに生息している魔物にこのような力はありませんので」
「それでその男はどこに……」
「それが、我々が来たときに一度姿を見ただけで……それきり出てきません」
「打つ手なしか」
マリクは小石を何個か拾って、一定の間隔をあけてぶつけながら森をぐるっと一周してみた。どこかに綻びがあるかもしれないと思ったのだが、ご丁寧にどこも同じ強度を保っている。
このままでは埒が明かない。一度撤退しますかといってくる兵に同意しようとして、ふと思いついた。
「……いや、このままここで待つ」
「ですが、ここに居ても出来ることは……」
「何もせずただ待っていればいい。これだけ大きなW術を使えば、いくら強靭な術者といえど、じき原素も体力もが尽きる。そうなればこの厄介な壁も消えるだろう」
結界の内では魔物がうろうろと落ち着き無く歩き回っていた。何匹かがこちらに突進してくるが、自分達と同じように弾き返されている。こちらの攻撃は通さないが、自分達の攻撃も通せないようだ。
「一度撤退して次にまた来ても、その間に回復されては意味がない。もし今日中に解けないようであれば交代で見張りをさせろ、男に逃げられないように監視も怠るな」
「は、はいっ!」
マリクの言葉は部下の口から皆に伝えられる。ここからは耐久戦だ、先に力尽きたほうの負け。マリクは自信有り気に笑んだ。
技術の面で劣ろうとも、体力勝負ならば負ける気はない、と。
長期戦の準備を始める騎士たちに、遠く木々の隙間からそれを眺めていた青年は、退屈そうにコンコンと杖で足場となっている枝を叩いていた。
さっきまでがむしゃらに攻撃を続けていた相手は、大柄な男、風体や周囲の反応からして上官だろうが、彼が来てからピタリとそれを止めた。何をやる気だといぶかしんでいたが、森を囲みただ座っているだけで動かない。
諦めたわけではないだろう。それならとっとと王都に引き返す筈だ。となれば、考えられるのはこちらのスタミナ切れか。
それをやられてしまうと確かにこちらに分が悪い。さてどう対策をしようかと、木の下でギャイギャイ騒いでいる魔物の声を聞き流しながら考える。
1・スタミナが切れる前にこちらから攻撃を仕掛ける。
あの数とあの戦力、見た目だけで判断すると厄介そうなのはあの上官1人だけ。今なら蹴散らせるだろうが、こちらがやたらと攻撃すると頭に血を上らせて援軍を呼ぶ可能性がある。それは面倒くさい。
2・結界を解いて魔物に襲わせる。
これは言うまでも無く今自分がしていることの意味がなくなってしまうのでボツ。
3・話し合いで説得する。
これが成功すれば万々歳なのだが、素顔も見せず事情も話さず、結界を隔てて「大人しく引き下がってください」というのはマヌケすぎる。それで引き下がったら騎士団は猿以下だ。
4・結界を保ったまま魔物を引き連れて移動。
……いやいや意味ないって、騎士もついて来るって。だめだ頭回らなくなってきた。
魔物と一緒に閉じ込めてしまった小鳥が、青年の頭や肩に止まってピィピィと鳴く。出してあげたいけれど小鳥だけを出すことは出来ない。
このままこうしていても打開策は浮かばさそうだし、やっぱり自分がやるしかないか。青年は覚悟を決めて、結界を解いた。