01.種は撒かれた

「教官! 結界が……!」

外で様子を伺っていた騎士達の前で、森を覆っていた結界が薄れ、霞んでいた視界が鮮明になる。
試しに騎士の1人が武器を前で振ってみるが、跳ね返ってくることはなかった。勇んで立ち上がる騎士たちの中でマリクは冷静に思考する。

解けた……いや、解いたのか? 原素切れにしては消え方が妙だ。
その時、照りつけていた日差しがフッと影になった。

雨でも来るのかと上を見上げると、太陽を遮っていたソレがマリクの前に降り立った。
驚きで数歩後ずさるマリクの両腕を、人の手が掴む。

「ちょっと隠して」

「は?」

「あと、周りの人邪魔だから、ちょっと離れさせてくんない」

それは青年だった。青いフードを被ってはいるが、その顔は露になっている。
掴まれたままの腕は彼の顔の両脇で固定された。どうやら周囲に顔を見られないようガードしているつもりらしい。

「何だお前は?」

「あれは……もしや!? 教官! その男が例の男です!!」

青年の背後で、解けていた結界が復活した。
武器を構えて近づいてくる兵に、青年はさっきよりもやや苛立った声で「近寄らせないで」と呟く。続けて「あんたなら命令できるだろ」とマリクを見上げる。

「聞いてくれないなら、ここに居る全員吹っとばすよ」

「脅しか?」

「脅しだけど嘘じゃない」

手を離した彼は、杖をマリクとの間に突き出した。杖の中で浮かんでいるW石は煌々と光っている。

あの結界の規模と威力を考えて、これが嘘とは考えにくい。マリクは仕方なく周囲の騎士に待ったをかけた。

「何が望みだ」

「あれ、聞いてくれんの?」

「……交渉するために出てきたのではないのか?」

「うん。じゃあこのまま何もせずに王都に戻ってって言ったらそうしてくれる?」

「それは出来んな」

「聞く気ないじゃん。でもこっちもそれ以外に言うことないんだよね。――天光満つるところに我は在り、黄泉の門、開くところに汝在り」

青年の口から淡々と繰り出される呪文にマリクが硬直をといて身柄を拘束しようとするが、相手はそれをひょいひょいとかわす。

「出でよ神の雷、インディグ――」

「分かった! 分かったからやめろ!」

「ほんと?」

「ああ」

自分だけならまだしも、部下たちに深手を負わせるわけにはいかない。
マリクの言葉を聞いて、青年は詠唱をやめて杖を下ろした。

「あ、あと、もうここの森は荒らさないって約束してね」

「それは……」

「何か問題あるなら俺がなんとかするけど」

「ここの魔物が人に被害を加えている以上、見過ごす訳にはいかない」

「じゃあそれやめさせるから」

「どうやって?」

「別に方法はどうだっていいじゃん」

「信用出来んな」

「別に信用してくれなくてもいいけど? 大人しく言うこと聞いてくれればいいんだって」

「そういう訳には……」

「おっさんしつこい」

青年はブンッと杖の先端を振り下ろして、マリクの眼前で止める。その眼光は先程よりも鋭い。

「俺は別に難しいことは言ってない。帰って、今後こっちには来ない。何か用件があって来るとしても武器は持ち込まない。わかったって言ってくれないと、いい加減やるけど」

W石からあふれ出している原素が互いの髪を揺らす。
マリクは渋々わかったと頷き、騎士達に撤退命令を出した。

「教官、しかし……!」

「気持ちは分かるが、今は堪えろ」

「相手は1人です! 皆でかかれば……」

「やめておけ。あいつは化け物だ。傍に寄って分かった」

あれだけの結界を維持しながら、彼は息切れもしなければ汗ひとつかいていなかった。
つまり、余力はまだまだあるということ。そんな人間が本気で繰り出す技など想像したくもない。

納得いかない騎士たちを引き連れて、渋々マリクは帰路を辿る。
遠ざかっていくその背中を見て、青年、ルーカスはふぅと息を吐いて、結界の中に戻っていった。






騎士学校に戻ったマリクは、謎の青年に関する情報を片っ端から調べた。
しかし名前も何もわからない状態では調べる手段がなく、唯一の手がかりである相手の素顔を見たのも自分1人。他の人の手を借りることも出来ずに調査は難航した。

知ることが出来たのは、彼が度々魔物と人の争いの仲裁をしているということと、見かけられるようになったのが2年ほど前からだということだけだった。

遭遇したことのある者の話によれば、相手はこちらから手を出さなければ攻撃はしてこないらしい。魔物についていることが多いが、魔物が自分達に手を出そうとすればそれを止めに入ることもある。
一体何の為にそんな事をしているのか。相手の目的がいまいち掴めないまま、彼に対する調査は別の任務が入ったことにより打ち切られた。

マリクは釈然としなかったが、上の命令に背くことも出来ず、彼のことは忘れるしかなかった。
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