Ex.舞踏会大騒動

陽が落ちる頃になって漸く見つけ出した母猫の下へ送り出してやると、クリマは二人に礼を言って母猫と共に路地裏へと消える。

「見つかって良かった。さてと、俺はパスカルのとこ行かないと、杖返して貰わなきゃ」

「……ん? どうしてパスカルが持ってる事を知ってるんだ」

「え? あ、そっか」

――そう言えば、猫になってたって事はまだ話してなかったっけ。

とは言えこんな突飛な話を信じてもらえるとも思えなかったので、ルーカスは適当に誤魔化した。

「それで、今日はそのまま帰るのか?」

「うん、そのつもりだけど」

「そうか。なら、また今度な」

そう言って、マリクはルーカスの頬に口付けを落とす。
前のお返しだと笑う相手に、好きだと言われた事の実感がやっと追いついてきたルーカスは、堪らずマリクに抱き着いた。

「どうした?」

「どうもしないけど、嬉しくなっただけ」

「キスでか? 可愛い奴だな」

ちょっと違うけどまあいいか。
抱きしめ返されたルーカスはマリクにひっついたまま、通信機でパスカルにメッセージを飛ばす。

「おっさんは今日はこの後どうするの?」

「そうだな……、まあ、事後処理はヴィクトリアがやってくれて居るだろうし、俺もこのまま帰るとするか」

「帰るってフェンデルに?」

「ああ、バロニアでの仕事はもう終わったからな」

「そっか、お疲れ様。今日くらいはゆっくり休んでね」

「お前もな」

と、別れの挨拶を済ませたにも関わらず、ルーカスはマリクから離れようとしなかった。
暫くして、ぽつりとルーカスの口から言葉が零れる。

「……あのさ、やっぱり今日もうちょっと一緒にいたいんだけど」

「…………」

「駄目?」

相変わらず素直な時とそうでない時の温度差が激しいなと思いつつ、マリクは答える。

「駄目とは言わないが……、まあいいか。それならいっそ明日の朝まで一緒に居ればいいんじゃないか」

「いいの?」

「お前が朝帰りになっていいならな」

ルーカスは少し考えてから、またポチポチと通信機を操作し始めた。

「別に問題ないと思うけど、まあ一応ヒューバートに頼んで父さんに伝えておいて貰うよ。パスカルとはまたいつでも会えるから、杖はその時でいいし」

「それなら、大統領閣下にはオレと一緒に居る事も伝えておけ」

「……その方が父さんが安心するから?」

「半分はそうだ」

「あとの半分は」

「挨拶に行く為の下準備」

ルーカスは文字を打つ手を止めず、「それまだ言ってんの?」と苦笑した。

「俺は別に挨拶なんてしてくれなくてもいいんだけどなぁ。もし認めて貰えなかったら面倒な事になるし、今回みたいに婚約しますって嘘吐く必要が出てくる場合だってあるでしょ。俺と付き合ってますって公言しちゃったら、そういうのも出来なくなるよ」

「それはそうだが……、お前は本当にそれでいいのか?」

「……まあ、思うところが無いわけじゃないけど。でも、マリクさんが俺の事好きだって思ってくれてるならもうそれでいいよ。他の人の承認より、マリクさんに好きだって言って貰える方が、俺は嬉しいし安心する」

メッセージを送信し終えた通信機をしまって、ルーカスはマリクにしなだれかかる。

「オレがそれじゃ嫌なんだ」

「なんでそんな拘るの」

「オレには閣下の気持ちも分かるからな。こう言うとお前はまた怒るかもしれないが、オレはお前の保護者のつもりでもあるんだ、今も変わらずな。もしオレが閣下の立場なら、挨拶にも来ずにコソコソと逢い引きするような奴にお前を渡したくはない」

「……なら、おっさんの好きにしてくれたらいいけどさ、それじゃ俺ずっとお預け食らうじゃん、早く抱いて欲しいんだけど」

「だからそういう事をサラッと言うな、オレがお前をそういう風に仕込んだと思われるだろ」

「実際おっさんのせいでこんなんなってるんだから、間違いじゃないと思うけど」

「オレはまだ何もしてないぞ」

「したじゃん」

「してない」

真顔でそんな押し問答をしているのが可笑しくて、二人はふっと笑いを零した。
どちらからともなく口付けて、戯れあうように頬を寄せる。

「好きだよ」

「オレもだ。――さてと、それじゃあ宿を取りに行くか」






そうしてバロニアの宿屋に移動した二人は、食事やシャワーを済ませるなりすぐにベッドに横になった。
とは言えその理由は恋人らしい甘いものではなく、単に昨日今日と慌ただしく過ごした疲れのせいなのだが。襲う気がないならこっちから襲ってやる等あれこれと言っていたルーカスも、睡魔に負けて早くも眠りに落ちかかっていた。

「……やっぱり本物はいいなあ」

「本物? 何の話だ」

「おっさんのコートに包まって寝てるとさ、凄い安心するんだよね。何でかなーって思ってたけど、あんたが傍に居るように感じるからだなって今気づいた。だから、コートじゃなくて本物がこうやって傍に居てくれるのはもっといいなって」

「…………」

「あ、引いた?」

「いや、可愛いなと思った」

「何それ嬉しくないよ、いい加減子供扱いやめてよね」

「これが子供扱いに見えるのか?」

そう言って、マリクはうつらうつらとしているルーカスの唇に深く口付けた。
舌を絡ませて思う存分相手の味を堪能した二人は、呼吸の限界を感じたところで渋々口を離す。

「……前にフェンデルでこうやって並んで眠ってた時は、こんなことになるとは思って無かったよ」

「オレもあの時は下心があって一緒に寝た訳じゃ無いぞ」

「わかってるよ。何の得にもならないのに、それでも放っておけないお人好しだもんね。……俺はさ、あんたのそういう所が最初は凄く怖かったんだ」

ジルを失って、もう二度と誰かをこの生き方に巻き込むまいと思った。大切な人を作らなければ、失うことに怯えずに済むからと。

だから、誰かと深く関わる事を避けた。それなのにマリクは、どれだけこちらが距離を置こうとしても、ひたすらに追いかけ続けてきた。

「あんたにとっての俺は特別な存在じゃない、だから俺も好きになっちゃダメだってずっと自分に言い聞かせてた。でも、そんな風に思う時点でもう好きだったんだろうね。結局今もこうやってあんたに甘えて、本当に自分勝手だなって思うよ」

「だが、オレはそういうお前だから好きになったんだ」

「物好きだなあ。……でも、俺もあんたのそういう所が好きだよ。お人好しでお節介で、どうしようもなく人誑しな所」

「……それは褒めてるのか?」

「恋人としては不安でもあるけど、優しくて格好良いのは長所なんじゃない?」

不安、という言葉を聞いて、やはり今回の件は配慮が足りて居なかったなと改めて反省したマリクは、ルーカスの体を抱き寄せた。

「お前をその気にさせた責任は取る、必ず幸せにする」

「そんなに肩肘張らなくてもさ、俺はもう幸せにして貰ったよ。好きな人が同じように好きだって言ってくれて、こうして隣に居てくれる事以上に幸せなことなんかない」

「そうか? ……まあ、確かにそう言われれば、オレにとってもそうかもしれん」

互いに大切な人を失ったからこそ、その有難みが身に染みて解る。
話が出来て、肌に触れられて、呼吸を感じられる。それがずっと続いてくれると言うのなら、確かにそれ以上の幸せなど無いのかもしれない。

「敢えて言うなら、出来るだけ長く一緒に居てくれたら嬉しい」

「わかった、なるべく健康には気をつけないとな」

「そういう事じゃ無いんだけど……」

「他に離れる要因があるか?」

「無いの?」

「逆にお前にはあるのか?」

「……俺には無いけど」

言って、ルーカスは少しだけムスッとしながらマリクの体にしがみついた。

「……あんたに他に良い人が出来た場合の話だよ」

「なんだ、そんな話か」

「だってあんたモテるし、女の人の噂が絶えないし」

「お前だってその気になればいくらでも相手は選べるだろう? なのになんでわざわざオレなんかと一緒に居るんだ」

「俺はあんたがいいもん」

「オレも同じだ、お前がいい。もし他の誰かに靡くような事があるのなら、それはお前がこの世から居なくなった時だ」

「……じゃあ長生きする」

「そうしてくれ、オレもそうする」

おやすみ、と額にキスを落とす相手に、ルーカスは朗らかに笑って同じ言葉を返す。

いつかの雪の日に感じた違和感はもうどこにも無く、今はただその温もりが愛おしく感じた。


――――Ex.舞踏会大騒動 fin.
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