Ex.舞踏会大騒動

翌朝。ぐっすり眠っていたルーカスは、マリクが舞踏会に向かう準備を全て整え終わった頃に漸く目を覚ました。

「起きたか。俺はこれから舞踏会に行ってくるから、お前は部屋で大人しくしているんだぞ」

そう言って撫でられたルーカスは、正装姿のマリクに見惚れてしまっていた。
「世話は城の人間に頼んであるから安心しろ」という言葉は右から左で、かろうじて頷きを返すことしか出来ない。

(おっさんって、真面目にしてれば格好良いんだよなぁ……)

この姿で舞踏会になど出れば女性が殺到するのでは無いだろうか。まあ、ヴィクトリアとの婚約発表はその牽制にもなるのだろうが。

(……羨ましいなぁ)

二人の結婚は皆に祝福されるのだろう。大勢どころか身内にすらマリクへの気持ちを打ち明けられない自分と違って。

(俺だって好きだよ)

そう言えば、まだハッキリとそれを言葉にしたことは無かったなと気付く。
まあ、今となっては言わなくて良かったのかもしれないが、伝えないまま終わるのはどこか勿体無い気もした。

(でも、それこそ俺の我儘かな)

幸せになろうとしている人の足を引っ張る事はすまい。ルーカスはそう自戒しながら、それでも未練を感じて部屋を出ていくマリクの背中に追い縋るように呼びかける。

振り向いたマリクは、子猫が最初に出会った時と同じように元気を失くしているのを見て、ドアノブにかけていた手を離しその体を持ち上げた。

「そんな捨てられたような顔をするな、終わったらちゃんと戻ってくるさ」

「みぅ (うん)」

「……お前を見てると、アイツの事を思い出してどうにも駄目だな」

弱々しく鳴く子猫の額に口付けを落として、マリクは今度こそ出て行った。
ルーカスはアイツって誰だと思いながら、椅子の上に飛び乗ってそこに置かれたままのコートに埋もれる。

ああ落ち着く。舞踏会が終わるまでやる事もないルーカスは、日当たりが良いこともあってそのままうとうととし始めた。ミルクを運んできた城の使用人は、その様を見て起こさぬよう静かに出て行く。

それから数時間後。

何やら外が騒がしい事に気付いて、ルーカスは目を開けた。椅子から転げ落ちてしまったのか、地面に横たわっていた体を上げてうんと伸びをする。

「……あれ?」

そして、今しがた体を起こす際に普通に手を着いて起きた事に気付いて、体を確認。
それは一日ぶりの人の体だった。

「戻った……」

「みゃう」

傍らにはただの子猫に戻ったクリマの姿もある。クリマは部屋に置かれていたミルクの存在に気付くと、一目散にそちらへ駆けていく。

元気な様子にホッとしつつ窓から外を見ると、城下に紳士淑女が集結していた。恐らくは皆舞踏会に参加していた者なのだろうが、どうして外に集まっているのかルーカスには分からない。

「何やってるんだろ。まあ今更参加してもしょうがないしなぁ……、心配かけちゃったし一応皆には一声かけるとして、後はそのまま帰ろうかな。クリマはどうする?」

「みゃー、みゃうみゃう」

「"お母さんに会いたい"? 母猫と一緒だったの?」

「みぅ」

「そっか、じゃあ一緒に探してあげるよ」

って言っても伝わらないか。
美味しそうにミルクを飲んでいるクリマを置いて、先に挨拶を済ませてくるかとルーカスは一人部屋を出る。

アスベル達も皆外かなぁと検討付けて長い廊下を歩いていると、幾つも並んでいる客室のドアの一つからボソボソと複数の男の声がした。

「おい、リチャード陛下はどうなった?」

「まだピンピンしてやがる、あの女しくじったな」

「それでどうする、俺達だけで続けるか?」

その会話から不穏な気配を感じ取ったルーカスは、足を止めて聞き耳を立てる。

「それしか無いだろう、今回を逃せば次にいつまたチャンスが訪れるかわからない。何の手柄もなく帰った所で、雇い主も納得しないだろうよ」

「ならとっとと済ませるぞ。適当に人質でも取って脅せば、あのお坊ちゃんも大人しくするだろう」

詳しい事情は分からないが、少なくともリチャードに危害を加えるつもりらしい事だけは理解したルーカスは、部屋から連れ立って出てきた男達の前に立ち塞がった。

「何だお前は?」

「そっちこそ何。リチャードがどうこう聞こえたけど、衛兵呼んだ方がいい?」

男達は互いに目配せして、ルーカスを取り囲んだ。聞かれてしまっては仕方がない、とでも言いたいのだろう。

ルーカスとて話し合いで何とかなると思った訳でも無い。相手は三人こっちは一人、数の上では不利だが、ルーカスにとってこの程度の輩の相手は朝飯前だ。

城内でW術など使えば後で城の者に怒られるかもしれないが、リチャードを狙う悪漢を倒す為とあらば許してくれるだろう。そう信じてルーカスは杖を構えようとして――――出来なかった。

「…………あ」

そうだ、そういえば、今俺の杖ってパスカルが持ってるんだ。

すっかり忘れていた事を思い出して、ルーカスは一先ず突き出された拳を避けた。他の攻撃もひょいひょいと躱して間合いを取る。

(どーしよ、逃げた方がいいかな。でもここで逃がしてリチャードに何かあったら困るし……)

肉弾戦が出来ない訳では無いが、日頃W術を主として戦うルーカスではせいぜい一人ずつ相手取るので精一杯だ。せめて相手の武器を奪えればいいのだが……

(……やるだけやるしかないか、途中で誰か通りがかってくれるといいんだけど)

避けることは得意なルーカスは敵の攻撃を掻い潜りつつ、男達の持つナイフを奪おうと試みる。突き出された男の腕を掴んであらん限りの力で捻りあげると、その手に握られていたナイフが床に転がった。

しめた、とルーカスはそれに飛びついて何とか奪取に成功したのだが、その背を蹴り付けられて体制を崩してしまう。

慌てて起き上がろうとしたルーカスは、首筋に刃を突き付けられてやむ無く静止。

「遊びは終わりだ」

「……あんたらホント何なわけ?」

「知らずに挑んできたのか? まあ、知る必要も無いがな」

「おい、こんな奴の相手をしてる暇は無いんだ、さっさと終わらせろ」

「コイツ人質に使えねぇのか? ここに居るってことは招待客だろ」

「……それもそうだな」

剣を向けられたまま、ルーカスは腕を掴まれ強制的に立たされた。その顔に恐怖は無く、男達を睨み付けている。

「生意気な面しやがって。――おい、少しぐらい痛め付けても問題はねぇだろ?」

「程々にな」

嘲笑いながら話す男達にカチンときたルーカスは、脚が自由なのを良いことに近寄ってきた男の股間を容赦なく蹴り上げた。
衝撃に息を詰めた相手に、さっきのお返しだとばかりに蹴りを入れる。

「てめぇ、この野郎!!」

床に転がり悶絶する本人に代わって、激昂した他の二人がこれまた容赦なくルーカスの顔を殴打した。

口の中に血の味が広がるのを感じながら、揺れる視界に何とか敵の姿を捉えたルーカスは、自分に向かって振り下ろされようとしているナイフを見る。

――――あ、ヤバい、死ぬかも。

マウントを取られ胸倉を掴まれている状態では避けようもない。
せっかくマリクに救ってもらった命なのにと思いながら、ルーカスはそれが奪われるのを覚悟して硬く目を閉じたが、キィン、という金属音がしただけで、一向に痛みは来なかった。

「それ以上動くな!」

続けて聞き覚えのある男の声と、場にそぐわない猫の鳴き声がして、ルーカスはそろりと目を開けた。
そして廊下の先から駆けてきたマリクの姿を認めると、ほっと安堵する。

マリクも暴行を受けているのがルーカスだと気付いて、先程ナイフを弾き飛ばした投刃を回収しながら、険しい顔で男達と対峙する。

「お前達がユリーシアを唆した連中か」

「そう言うてめぇは何処の誰だよ」

「生憎だが、下衆に名乗る名は無いな。お前達には色々と聞きたいことがある――が」

マリクは股間のダメージから立ち直って後ろから襲いかかろうとしていた男を裏拳で沈めると、反対の手で目の前に居た男の顔を掴んで持ち上げた。

「ソイツと遊んでくれた礼が先だ」

「ひっ……!?」

そのまま投げ飛ばされた仲間を見て、これは拙いと思った残りの一人が慌てて逃げ出す。だがその後ろ首を掴まれて、先の男の二の舞になった。

一瞬で制圧し終わったマリクに、頬を腫らしたルーカスがぱちぱちと拍手を送る。その膝元にクリマが乗っかって、にゃあと可愛い声を上げた。

「無事か?」

「お陰様で。でも何でここに? 舞踏会は?」

「それはもう終わった、他の連中は外で二次会に興じてる所だ。お前こそ、今の今まで何処をほっつき歩いてたんだ、心配したんだぞ」

「何処って……」

ねぇ? とルーカスはクリマを見たが、子猫は後ろ足で耳をかいてあくびをするだけ。

「まあ、色々あったんだよ。……心配かけたのはごめん」

「全くだ。……無事で良かった」

いつになく優しく言われたルーカスは、こういうところなんだよなぁと思いつつ、言うべき事を言う為に視線を逸らす。

「それから、遅くなったけど、結婚おめでとう」

「結婚? ――ああ、それはな……」

実は、と前置いて、マリクは今回の件について一連のあらましをルーカスに説明した。
聞き終えたルーカスは唖然としながら、やっとの思いで言葉を絞り出す。

「……え、じゃあ、なに、おっさん結婚しないの……?」

「ああ、騙して悪かったな」

鉄拳制裁を覚悟してマリクは身構えたが、ルーカスは呆けた顔で「なんだ……そっか……」と呟くだけ。

「……怒らないのか?」

「それより今はなんか気が抜けて……、って言うか、俺が怒っていいもんなの?」

「そりゃあ、恋人が勝手に他の奴と結婚なんてしたら、怒って当然だろう」

「恋人? 誰が誰の」

「オレがお前の」

――――沈黙が降りた。

にゃー、というクリマの鳴き声だけが、静かな廊下に響く。

「……おい、何でそこで黙る」

「……いつ恋人になったの?」

「いつって、前にフォドラに行った時だろう」

「そうなの……? でも俺告白されてないよ、してもないし」

「は!? しただろ! ――というか待て、それならお前はこれまでずっとオレの事を何だと思っていたんだ!?」

「何って……、わかんないよ」

困ったように言うルーカスに、それ以上に困っているマリクは頭を痛めた。

「……お前は恋人でもない相手に、キスをねだったり抱いて欲しいと誘ったりするのか?」

「だって俺はあんたのこと好きだもん」

「まるでオレがお前を好きじゃないみたいな言い方だな」

「……好きなの?」

「好きでもない奴にあんな事するか」

「…………、そうなんだ」

「そうなんだ、ってお前な……」

もう少し喜ぶなり何なりしたらどうだと嘆息するマリクに何も言わず、ルーカスはクリマを抱えて立ち上がる。

「それより、この子の母親探してあげないと」

「母親? 飼い主じゃなくてか?」

「飼い主の話はしてないから、多分野良だと思う」

「にゃあ」

「なら、早いとこ見つけてやるとするか」

「二次会とやらの方はいいの?」

「ああ。オレが出ずとも、陛下の戯れの相手はアスベル達がこなしてくれるだろうからな」

そんな訳で、床に伸びている男達を縛り上げて兵に突き出した後、二人は舞踏会の二次会――もとい武道大会を楽しむ人々を遠巻きに見つつ、クリマの母猫を探してバロニア中を駆け回った。
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