01.種は撒かれた
陽が真上から少し西に傾いた頃。暇つぶしに服や装飾品を買いにぶらついていたルーカスの耳に、なにやら喧しい音が響いてきた。それは街の入り口からで、続々と入ってくる武装したグレルサイドの兵たちを見て、品定めしていた手を止める。
それらを率いていたのは王子殿下のリチャードだった。
ただし前に見たときとは違い今は1人だけで、相手はルーカスの顔など覚えていないのか、横を素通りしていく。
「なに、もうお祭り?」
「ずいぶん物騒ですね、何が起こってるのか私にはさっぱり……」
城へ突入していく兵は続々と街に入ってきて、城へ続く道は兵に埋め尽くされる。
これでは買い物どころではないと、邪魔をされて少々不機嫌になりつつもルーカスは家に戻った。
開け放たれた窓に肘をつきながら、苛立ちを抑えるためにお菓子をむさぼっていると、兵たちの中で浮いている4人組を見つけた。
1人は知らない少女、2人はリチャードと一緒にいた子、そしてもう1人はパスカルだ。
どうしてパスカルがあんなところに居るのかと、ルーカスは下を通り過ぎていこうとする相手を呼び止める。
「パスカル、何してんの」
「お? ルーカスだ! やっほー、昨日ぶり〜」
「あれ? あの人は……」
「アスベル、知ってるの?」
アスベルと呼ばれたのは昨日ぶつかった少年で、ルーカスを見て軽く会釈。
「パスカル、何してんのって」
「今からリチャードを助けにお城の中に突撃するんだよー。っていうか何食べてんの? あたしにもちょーだい!」
「危ないことするなよ」
袋を傾けて振るうと、中に入っていた菓子が落下する。
パスカルは下で器用にそれらをキャッチして口に放り込んだ。
「大丈夫だよー。あ、そういえばルーカス、昨日あたしが寝てる間に変な仕掛けしたでしょ! おかげでソフィを取り逃がすとこだったんだよ!」
「仕掛け……あー、あれはパスカルの為にやったつもりだったんだけど。なに、まさか自分で踏んだ? ごめんそれは予想できなかった。――で、ソフィって何?」
「この子!」
ぐいっと両肩を掴んで前に出してきたのは、アスベルやリチャードと一緒にいた例の少女だった。
ソフィはバッとその手から離れて、アスベルの背に隠れる。
「パスカル、そろそろ……」
「はいはーい。んじゃあ行って来るね!」
「気をつけてね」
空になった袋を逆さにすると、零れ落ちた菓子クズに小鳥が群がった。
これだと戴冠式は今日中になるかなとげんなりしながら、そうなった時ラントへ避難しておくためにまた必要な荷物を纏め始めた。
バロニアの空に紙吹雪が舞い、それは窓からルーカスの部屋にも入り込む。
王座をかけた勝負の勝敗を決したのはリチャード殿下で、今やこの国の王となった青年は、バロニアの民に歓迎されながら悠々と街中を闊歩していた。
人の歓声やら音楽やらで埋め尽くされた街の中で、1人浮かない顔のルーカスはそのパレードには見向きもせずに船着場へ向かう。
生まれ故郷のことなら多少感心も湧くだろうが、バロニアで暮らし始めてまだ2年しか経っていない自分には皆のように王の座につく人間になど興味はなかった。なので今なされているこの行事も、世間一般の政の1つでしかない。
恐らく今日は夜までこの騒がしさが続くだろうし、そんな中で眠れと言われても無理がある。1日2日あれば落ち着くだろうし、それまでラントでのんびりしようと考えたのだ。
多くは無い、というか財布と携行品しか入れていない軽い荷物を持って人の流れに逆行していると、アスベルの時と同様にまた人とぶつかった。
周囲への気配りが足りていないのかなと自分を諌めつつ顔を上げると、相手と目が合った。
「…………」
「……まだ居たのか」
それは現在出来れば会いたくないランキング1位の騎士団の男だった。
元々沈んでいたルーカスのテンションがズトンと底まで落ちる。
「……それじゃ」
「まあ待て。そう避けなくとも、俺はもう騎士団の人間ではない」
「?」
「王家に仇成した罰だ、除籍処分で済んだだけマシだがな。――そういう訳で、お前の件は白紙に戻った、故に逃げる必要はない」
優しく言う男にルーカスはニコリとも笑わず、「へぇ」と言ってその脇をすり抜けた。
あまりの反応の薄さに、男は「それだけか」と呟く。
「この大事なときにどこへ行く?」
「どこでもいいでしょ」
「愛想の悪い男だな」
「あ」
ルーカスは街の出口へと動かしていた足を止めて、180度回転し男の元に戻る。
自分の言葉が癇に障ったと思ったのか男は身構えた。
「あんたが辞めちゃったら、また騎士団があの森に入るんじゃないの?」
「……いや、それはないだろう。騎士団は今回の件で壊滅したも同然だ、森の魔物のことなど気にしている余裕はない」
「ふーん、そっか。じゃあいいや」
「お前はなぜそこまであの森を気にかける? いや、あの森に居る魔物を、か」
「それこそどうでもいいじゃん」
「俺が個人的に気になったんでな」
「あっそ」
それに対して答える気などなく、今度こそ男と別れて船着場へと向かう。
マリクはそんなルーカスに苦笑しつつ、しっかりとした足取りで王城へと歩いていった。