(中2�B)

一度自覚してしまった気持ちを、まだ口に出してはいない。
言ってしまったら、それが全てのはじまりで、そして終わりだということを私は知っている。

久しぶりに話した時間はほんの数十秒。
目を合わせたくなかった。それでもあの大きな瞳に吸い寄せられた私は、さぞ泣きそうな顔をしていただろう。
だって、及川は前と違うのだ。
小学生だった時とは違う。
ただ楽しそうに私をからかっていた時の及川とは違う。

そうして張ってしまったバリアは簡単には解けなくて、どうしていいかわからない私の顔はさらに強張り、きっとそんな私を及川は不審に思ったに違いない。

本当は前みたいに話したいと思う。でも。
彼氏とか彼女とか付き合うとか、長年片想いだけは立派にしているくせによくわからない。
わかっているのは及川のことを彼氏にしたいと思ってる女の子がたくさんいて、及川はそのなかから綺麗な花をそっと一輪摘むようにして、あの子を選んだということ。





「ねぇ、ねぇっ」

朝、興奮気味に教室に入ってきた女子が、教室の後ろで話していた同じグループの女子達のところへ駆け足でやってきた。

「及川くんが、別れたって!」
「うそぉ!」
「なんで?!!」

ただでさえ騒がしいホームルーム前の教室に波風は立った。その子が熱を上げて発した言葉は教室中に響いて、友達と雑誌を見ていた私も思わず顔を上げてその子達を見た。
驚きと喜びに満ちた表情だ。
でも、嬉しそうな顔が隠しきれないのは女子だけじゃない。

「うっしゃ!俺にもあの美女と付き合うチャンスきた!」
「安心しろそれはねーよ」

けたけたと笑いながら男子も喜びの声をあげた。教室中のテンションが上がっているのがわかる。

「へぇ、及川くん別れたんだ」

いっしょに雑誌を眺めていた友達にも聞こえていたようだが、いかにも他人事だというように呟いた。私は彼女のこういうところがとても好きだ。
私と及川が小学校からの付き合いだと知っている彼女は、ふと私のほうに視線を向けるとにやりと笑った。

「みどり、チャンスじゃん」
「…何言ってんの、あり得ないよ」
「えー?みどりは及川くんのこと好きなんだと思ってたな」
「!!!」

ショートカットのよく似合う彼女の右耳には二つのピアスが空いている。高校生の彼氏に開けてもらったのだという。クラスの他の女子と比べても断然大人っぽく、口数は少ないのに目立つこの子が、放課後よく上級生に声かけられているのを私は知っている。
恋愛の経験値も、私の数十倍も先をいっているはずだ。
きっとその密度の濃い経験から、私のわかりやすい心の中なんて鮮やかに見透かしてしまうのだろう。

ふふふと楽しそうに笑う彼女の、認めなさいよ、と言いたげな視線を浴びてつい降参したくなる。


「…及川はそんなんじゃないよ」
「ふぅーん」

そっかぁ、と少しつまらなそうに言ったかと思えば、あ!この服可愛い、と再び雑誌に視線を戻した。きっと私のばればれな嘘に付き合ってくれているんだとわかり、心の中でありがとうと呟いた。

自分に嘘を吐いていると自分でもわかっているのに、この嘘をやめたら、そしたら今度こそ及川と話すことができなくなりそうで、それがいちばん怖い臆病者の私は知らんぷりを続けている。
私のちっぽけな気持ちなんて、私が黙っていればきっと誰にもばれないはずなんだ。(目の前の勘が良すぎるこの子は別として)



放課後、岩泉に借りたCD達を返そうと教室をでた。
岩泉とはいまではすっかり仲良しで、正真正銘ただの友達だと言いきれる。
同じアーティストが好きな私たちは、好きな音楽ジャンルが似ていると知ってから、お互い持っているCDを貸しあっている。まわりに同じ趣味をもつ人がいないだけに、岩泉との音楽トークは本当に楽しい。今度ライブハウスでやるバンドのチケットを岩泉が取ってくれて、いっしょに行く約束まで交わしている。


岩泉の教室を入り口から覗き込み、あの黒髪を探すけれど見当たらない。ホームルームは終わったばかりのようだった。近くにいる去年同じクラスだった子に聞いてみても、あれ?いたと思うんだけどなぁ、と首を傾げている。
あんなおっきいの、教室にいたら絶対目立つはずだ。もしかしたらもう部活に行ってしまったのかもしれない。
どうしようかと入り口に立ち尽くしていると、頭の上から「あれ、」と声が降ってきた。背後に感じる気配と、耳から入り込んできたその声で、瞬間私の身体は操り人形のように固まってしまう。

「岩ちゃんっている?」
「!!!、ご、ごめんなさいわかりません」
「そっか、ありがとう」

同級生に敬語を使われるとは何事だ。
話しかけられた女の子は、私よりもわかりやすく固まっている。
ああ、なんで会ってしまうんだろう。
振り返れば予想通りだ。及川は視線を落として私を見た。

「何してんのおまえ」
「…なんにもしてませんけど」
「どうせおまえも岩ちゃん探してるんだろ」
「そうだけど、べつに急用じゃないから」

ああもう、どうしてここまで可愛くない態度がとれるんだろう。
じゃあ、と身を翻したところを、がっちりと腕を掴まれる。

「俺は急用だから、一緒に探せよ」
「はい?」

信じられない。及川の口から飛び出た自分勝手な発言に、何を言ってるのだと眉間にシワを寄せてみてもこいつはこっちを全然見ていない。
モテるからって調子乗りすぎじゃないのか。

「(ていうかどうしようこの状況…)」

私の右腕を掴んだままぐんぐん進んで行く及川に、ついて行くので精一杯だ。廊下には他の生徒もたくさんいるというのに。女の子達がこれを見てどう思うかなんて、バカな私でもわかる。ほら、鋭い視線がとんでくる。

私にとっていまの及川は別人なのだ。
こんな広い背中や肩幅を知らない。
私と同じ目線にいた及川、どこいったの。
ランドセル叩き合って鬼ごっこしてた私達、どこいったの。

それでも私は、この目の前の男を意識してしまう。掴まれた腕から伝わる熱が、さらに熱を帯びて全身に廻る。

「及川、痛い」
「、ゴメン」

渡り廊下まで来たところで右腕を掴む力が強くなっている気がして声を発した。それに気づいた及川が振り返り、とっさに腕を離す。
完全に気まずい空気が出来上がってしまっているのがわかった。
肝心の岩泉もいないし。
はぁ、と溜め息が零れる。
それを見ていたらしい及川は、トン、と柱に寄りかかった。

「岩ちゃんのことまだ好きなんだろ」

突然言われたその言葉に目を見開く。
及川に勘違いされている。
違うよ。その気持ちは、2年前のあの時、君が浄化してくれたんだよ。
かと言ってそれ以上のことは言えない私は、ただ否定することしかできない。

「…違うよ」
「嘘だね」
「違うってば」
「岩ちゃんべつに彼女とかいないしさ、早く告れば?まぁうまくいくとは限らないけど」

及川か投げてくる棘は、言葉だけではなかった。イライラしているのが表情からも見てとれる。
仮にもしまだ私が岩泉のことを好きだったとしても、及川にここまで言われる筋合いはないわけで。ましてや最近の悩みの種であるこいつに、こんなことを言われるのはかなり心にくるものがあった。
ああ、好かれてないんだな、と反射的に理解する。


「もう、及川、嫌い」

そう言い放ち、教室に戻ろうと身を翻す。
及川が追いかけてくることはなかった。


いくじなしの葬列
170914