(中2�A)side oikawa


昼休みの始まりを告げるチャイムと同時に、教室のドアががらっと空いて誰かが顔を出したと思ったら部活の後輩だった。及川さん!と呼ぶ声が聞こえる。はいよー、と答えて席を立つ。廊下まで出ていくと後輩は腕に抱えてるファイルから書類を一束取り出して「これ今日使うんで、よろしくお願いします!」と俺に差し出した。
ミーティングの資料をつくってきてくれたらしい。今日はオフの日だったが、急遽監督から招集がかかってミーティングだけやることになったのだ。
お、よくできてる。勉強したんだな。いい後輩が入ったもんだ。まぁ負けないけど。
サンキューと受け取ると、ぺこりと頭を下げて足早に去っていった。

「後輩くん?」

後ろから声がしたと思ったら、やっぱり。そうだよ、とだけ答える。
振り向いた先にいた女子は、長い睫で縁取られた大きな瞳で俺の目を覗き込んできた。
1か月前に、告白されて付き合うことになった彼女だった。これを断ったら男じゃねえよ!と部員にどやされ、今考えてみれば少なからず浮かれていた俺はOKした。
学年一美人と言われるその子は「ふふ、かわいーねぇ」ともう去っていった後輩に向かって言う。
いやいやキミの方が100倍可愛いけど、と言いたくなる。やめよう、ここは学校だ。

栗色のきれいな髪は、今日は耳の下で二つ結びにされており、胸のあたりでくるりとウェーブを描いている。シャツの上に羽織ったカーディガンはぶかぶかで、袖からちょこんと出た指先を口元に当ててくすくすと笑う声は小鳥のようだ。
これらが緻密な計算によって完成したものだと、俺は知ってる。
でもそれが悪いことだとは思わない。むしろ自分のためにそれだけ頑張ってくれているのかと思うと、ありがとう、と礼を言いたくなるくらいだ。
外見なんて、手をかければかけるほど魅力的になるものなんだし、それに何の問題があるのだろう。ただ、

「今日、待ってもいい?」
「いいけど、ミーティングがあるから遅くなるよ」
「えー、そうなのー?つまんないなぁー」

眉を下げて上目遣い。常套手段だ。
その顔がどんなに可愛くてほかの男を騙せるとしても、俺に通用すると思わないでほしい。
「ごめんね」と、その上目遣いの目を見て謝った。その瞬間、計算された上目遣いの視線が緩み、常にキュッと上がっていた口角が重力に従って一文字に結ばれたのを見逃さない。


ふつうもっと浮かれるだろ、と部員にはどやされる。初めてできた彼女という存在に、ふつうはもっと盛り上がるものらしい。でもいまの俺には、部活以上に大事なものなんてない、と思う。
そんなことを言うと岩ちゃんには、そもそもおまえは根本的に間違ってるって言われた。
何をって聞いたけど、答えてくれなかった。

「まぁいいや、部活がんばってね」

ニコッと笑って自分のクラスに戻っていく彼女の後ろ姿を見送った。
なんだかんだ言ってミーティングが終わるのを待つ気はないらしい。


彼女という存在ができて、女子という生き物が余計に不可解になった。
毎日携帯を通して送られてくるメッセージは同じ内容だというのに、そのままにしたら翌日拗ねる。(返信なんて必要としなそうな内容だから、返信しなかっただけなのにさ)
デートは2回したけど、基本的に自分の写真ばっかり撮ることに必死だ。あのツーショット写真たちを、どこに乱用するつもりなのかは聞いていないがきっとSNSに上げるんだろう。



授業が終わり放課後、部活に行こうとまず岩ちゃんのクラスへ直行する。教室を覗いても岩ちゃんは見当たらなかった。

去年同じクラスだった男子がそれに気づいたのか、岩泉なら向こうで女子と仲良くしゃべってるぜーとにやにやしながら報告してくる。

なにぃ。
俺の断りもなくそんなことしてるなんて、岩ちゃんも隅に置けないなぁもう。

そいつの指すほうを見やると、そこには壁にもたれかかりながら話す岩ちゃんと深澤がいた。小さな紙袋を覗き込んでいる岩ちゃんが、少し興奮気味にサンキューとかなんとか言っている。深澤は眉を下げながら「ぜんぜんいいから!」と笑った。


まただ。
この二人が仲睦まじく話している光景を見るのは、今年に入ってもう何度目かになる。
そもそも深澤のクラス、この階じゃないじゃん。
なるほど岩ちゃんに会うために来ているわけか。
ひと学年あたり10クラスもあるうちの中学は、クラスが離れていれば階すら違うことも多く、すれ違うことが少ない。

俺はきっといま、苦虫を噛み潰したような顔をしてるに違いない。
岩ちゃんに会いに来て、俺にはちっとも会いに来ないとはどういうことだチクショー。
まあ、そんなの決まっているのだが。



深澤が岩ちゃんのことを好きだという秘密を握り、深澤をひどくからかっていた時期がある。
はじめはそれが楽しくて、とにかく隙あらばいじめていた気がする。あいつのわかりやすさといったらなかった。眩しそうに見つめる視線の先には岩ちゃんが必ずいた。あんな消しゴムを見なくたって、誰かにばれてもおかしくなかったはずだ。
隣の席でそんなふうにじりじりと、けれどひっそりと熱気を帯びるそいつを見ていると、楽しかったはずが次第にもやもやしてきて、さらにからかうしか術がなかった。

それにしても、岩ちゃんはいい加減深澤の気持ちに気づいてやるべきじゃないのか。
それともわかっていて焦らしているのか。いや、岩ちゃんに限ってそれはない。
もしかしてそんなこと気にしているのは俺だけで、とっくに二人は付き合ってるのか。


ああ、こんなこと考える暇があったら早く部活に行って練習したほうがよっぽど有意義だ。

「岩ちゃん、なにしてんの部活行くよ」
「おお!ワリィ!いまカバンとってくる」

こっちを見た岩ちゃんは、思い出したかのようにそう言ってバタバタと教室に入っていった。「はやくー」と岩ちゃんの後ろ姿に声をかけて、岩ちゃんがいたスペースに立った。深澤がこっちを見上げる。薄く膜の張った瞳はゆらゆらと不安げに揺れた。なんだよその顔は。

「ついに付き合ってんの?」
「え!?、ちがうよっ」
「なーんだ」

安堵と同時に、後悔の念に駆られる。久々に会った一言めがこれって、感じ悪かったかもしれない。
というか安堵ってなんだ。何に安堵したんだ。

「及川こそ、すんごいかわいい彼女できたじゃん」
「あー、」
「及川に彼女とか、なんかすごいね」
「どういう意味それ」
「なんか…置いてかれた気分」

え、と教室に向けていた視線を深澤のほうにうつすと、深澤はそっぽを向いている。あ、岩ちゃんが戻ってくる。

すまん待たせた、と岩ちゃんが言ったのを合図に、深澤にじゃーなと一瞥をくれてその場を離れた。このとき後ろで岩ちゃんがあいつに向かって「及川かまってくれてサンキューな」なんて言っていたのは知る由もない。


イライラする。

置いていかれたってなんだ。
そもそも俺についてくる気なんかないくせに。
それどころか、明らかに俺を避けているのがわかる。岩ちゃんへの態度と、明らかに違う。


あーーー、もう、
なんだ。なんなんだ。
イライラする!



加速する感情を一から定義せよ
170912