一死七生に友を獲た

追想
いっししちしょうにともをえた

 はじめに当然のことを言おう。一度会えたからといって、以後都合よく会えるようになるなんて道理はない。俺は瀞霊廷に帰還してからも暇さえあれば天鷹の姿を探したが、再び影を潜められてしまったみたいだった。
 だが諦めるつもりは毛頭なかった。このとき、俺は既に魅入られていたのかもしれない。


「彼とキミは何もかも違う。雰囲気はちっとも似てないし、趣味も同じじゃないし。性格も別物、色も反対。……ま、色は冗句だけどさ。向こうは拒んでるから出てこないんだと思うよ。それでも『友達になりたい』って、そこまで惹かれる理由は何だい?」


 いつだったか、俺が天鷹に関わろうとするのを止めることをとうとう諦めた京楽が呆れて言った台詞だ。改めて理由を訊かれると答えに困った。俺のこれは妄執に近かっただろう。当時も上手い言葉が見つからなかったが、今ならこのくらいは答えよう。


『あいつに会えたとき心から嬉しいと感じたんだ。俺自身でも理由を付けられることじゃない。ただ、心から友達になりたいと思った』

初めての感覚だった。俺の肺肝を摧いてでも、二度と珠を砕かせてなるものか――。

…………二度と?

***


 天鷹に会えないまま、また桜の季節が巡ってきた。

 浮竹が奥の手として頼った相手は恩師だった。護廷十三隊総隊長兼一番隊隊長、山本元柳斎重國。死神統学院を経てもいない天鷹を護廷に引き入れた張本人である。
 天鷹には会えずとも、この半年で彼が死神になった経緯の調べは付けていた。流魂街出身だという一番隊隊士が教えてくれた話は次の通りだ。家を出た彼は流魂街を何年も放浪し、行き着いた周縁にあった死体の山から一振りの斬魄刀を拝借した。それを手に行く先々で虚を倒し、一つ所に留まらず、名乗らず、流浪を続けた。その間にも彼を狙う刺客は何処からか送り込まれていたそうだが、悉く失敗に終わる。彼の目撃情報は八十以上の数字の地区で多数得られたが、彼が人を斬ったという話は終ぞ聞かなかった。そんな風に独りで浄化の戦いを続ける青年の行く末を案じた山本は、直々に赴いてこれを説き伏せ、その身を半ば強制的に引き受けたのだという。

 古くはあるが毎日磨かれているおかげでぴかぴかの廊下を進み、浮竹は山本の私邸の或る一室に足を踏み入れた。私事で顔を合わせるのは学院生時代以来であったが、師は快く子しを迎え、久しく受けてこなかった相談を受けて少しばかり肩を揺らした。戦争でもない、裁定でもない、貴族や賢者からの抑圧のそれでもない。教え子が「編入生と友達になりたいのですが、どうしたらいいですか?」という――とても、とても平凡な相談だ。


「にしても……巣立っていったおぬしが斯様なことで儂を頼ってくるとはの」

「すみません元柳斎先生。俺一人ではまだ、あいつの影すら踏めないのです」


 直属の上司であれば部下の行動もある程度は把握しているものだ。山本に拠れば、天鷹が常のように隊舎を空けている理由は三つ。一に、流魂街に出没する虚の遊撃を任せているから。二に、現世駐在員から増援要請があれば進んで請けるから。三に、


「毎晩塒ねぐらを変えおる」

「……隊舎の寮棟に私室は与えられているのですよね?」

「一応。じゃが、あれは布団の上でだけは死ぬつもりがないという。過去に寝首を掻かれたことが何やら要因のようじゃが、真因は儂も知らぬ」


 つまり天鷹をつかまえるには、毎晩居所が変わる隠れん坊に挑むか、彼が任務報告を上げに上司の元を訪れるという何時になるかも分からない機を待ち伏せするかしかない。しかし、浮竹は最強の人を味方につけた。この駆け引きは引けば負けだ。駆けて、追って、追って、追うしかない。逃げ疲れて羽休めしたところを一いち網もう打だ尽じんならぬ一いち縷る打だ開かいしてみせる。
 

「ふむ。どれ、ひとつ鷹狩りといくか」

「……鷹を・という場合でもそう言うものですか?」


***


 四月某日。彼は現世駐在任務に初めて就く隊士の助太刀に行った。一番隊が使う穿界門前で帰還を待つ。


「やあ!」

「!?……どうしたね、こんな何もない所まで」

「毎日あちこち出張ご苦労様!差し入れ、これは京楽も好きな最中もなかなんだ」

「間食はしない。飯ならちゃんと食ってるよ」

「毒味が必要なら半分こにするか?」

「いやいい、甘味は得意じゃない。折角どうもすまないが、それは春水にやれ。じゃ」


 そそくさと背を向けられ、不意打ちの瞬歩で見失った。次は七味団子にしよう。


――――――


 五月某日。南流魂街の比較的瀞霊廷に近い地区の林に虚が数体出現。遊撃に来る可能性あり。


「……何故いる」

「たまたま朱洼しゅわい門の辺りにいたから、地獄蝶から指令を受けた」

「戦場に立つにしては顔が緩いぞ。油断は命取りだ」

「ああ、気を引き締めてかかるさ」

「挂かかれ『黒耀こくよう』」

「波悉く我が盾となれ 雷悉く我が刃となれ!『双魚そうぎょの――』」


 三秒。虚は五体はいたが、あっという間に真っ黒に貫かれて戦闘終了。「君の解号、恰好いいのな」と捨て台詞を貰う。瞬きすらできぬ間に翠煙すいえんの奥に消えた。次があるなら予め始解しておくべきか。


――――――


 六月某日。七番隊に届け物をして仕事が遅くなった夕刻、思いつきで霊絡を辿ったら裏山にいると判明。


「やあこんばんは!お前も散歩――なぜ逃げる!」

「ただの散歩で霊圧を極限まで下げて歩くのは普通なのかい、十四郎」

「久し振りに名前を呼んでくれたな!それにしても此処は……隠れた名所だな。こんな見事な滝があったとは知らなかった」

「……そらァな。最近できたばかりよ」

「ん?どういうことだ?」

「通うつもりなら特等席を譲ろう。滝裏に洞穴ほらあながあるぜ。じゃ」

「あ、待て!……相変わらず速いな……」


 滝の裏に回ると確かに洞穴があった。背の高い樹木の真ん中あたりの洞うろにある鳥の巣みたいに、真黒い岩肌の何故か真ん中あたりにそこそこ広い横穴が開いている。……とても自然にできるような造りではない。中には瀑しぶきの音だけが残されていた。


――――――


 七月某日。これまでの統計から、彼が流魂街で倒した虚の報告を纏めて上げてくるのが大体月が変わる七日程前の午後であるとの連絡が入る。


「こちらがこの一月の――……重國殿。御席みましの後ろに隠れているような妖怪は何と云うのでしたかね」

「ほほ、面妖なことを。この場には死神しかおらぬぞ」

「おかえり天鷹!今月も凄い討伐数だな。暫く振りに帰ってきて疲れも溜まっているだろう?七味団子なんてどうだ」

「間食は――」

「そうか、では儂が抹茶を点ててやろう。天鷹もこれを済ませたらちと寛いでいくとよい」

「……御遠慮申し上げます。どうぞお二人だけで――」

「儂の抹茶が飲めぬと申すか?」

「……いえ、そうとは」

「儂の、抹茶が、飲めぬと?」

「…………御相伴ごしょうばんに与あずからせて頂きます」


 彼の困った顔を初めて見た。なんだか妙な空気感の茶会だったが、団子は口に合ったみたいで良かった。「旨いな」との呟きを拾って嬉しくなった俺は自分の分もやろうとしたのだが、赤瞳でじっと睨まれたので流石に自重した。
 先生に「任務外はどうしていた」と話を振られ、目にしてきた流魂街の様子などをぽつぽつと敬語で語る彼は、いつもと雰囲気が違って新鮮だった。所作が美しかったのも印象に残っている。


「はぁ……重國殿まで巻き込むとは。君、意外と狡猾だな。もう此れ切りにしてくれよ」

「ああ、善処しよう!」

「……聞く耳を持たないやつの常套句だ。それ、はぐらかすときに使う言葉だぜ」


――――――


 八月某日。『西流魂街の夏祭りで打ち上がる私の花火は、兄上もひそかに毎年の楽しみとしてくれているのです』と匿名希望者から先生に手紙がくる。


「……実は超能力でもあるのか?」

「いやいや、遠くから一人で眺めるならこの辺りが静かでいいなぁと思って。焼きもろこし食べるかい?二つあるんだ」

「両手にもろこしで観るつもりして来たんだろ。無理して寄越さなくていい」

「それも面白そうな楽しみ方だが、これはほら、オマケで貰ったんだよ。夕飯まだだろう?なら間食の内じゃないさ」


 「まだ温かいぞ」と差し出せば、徐にだが受け取ってもらえた。夜空にひゅるると打ち上げられた大玉から大輪たいりんが咲いて、刹那に光明こうみょうがもたらされる。「お言葉に甘えよう」とぶっきらぼうに述べられてすぐに顔を逸らされたが、今までで一番こっちを向いてもらえた気がした。


――――――


 九月某日。俺の体調が悪化して綜合救護詰所に入院。毎日のように血反吐が出る。入隊してからは最も思わしくない具合である。


「お前が見舞いに来てくれるとは…思わなかったな……嬉しいよ」

「重國殿の遣いを兼ねてる。そら、どっかの老舗の餡子の塊かたまり。好きなんだろ」

「……ああ、御萩おはぎのことか。ありがとう……なぁ、もう行くのか?たくさん入ってるみたいだし……一つくらい食べていけよ」

「……ん。余あまして腐らせるのは勿体ないか。一個だけな」


 天鷹は寝台ねだいの脇にあった椅子に腰掛けた。窓からは橙の夕陽が差し込んで、折箱の封を解いていく彼の半分を暖色に照らしている。


「外の様子はどうだ?……そろそろ彼岸花でも咲いているか?」

「事しもあれ俺に花の話を振るかね」

「……でも、嫌いじゃないだろう?」

「まぁ……直ひた向きに在るだけのものを嫌いにはならんよ」


 蓋を開けて一個の御萩をひょいと取り上げ、控えめにかぶりついた彼の赤瞳はいつになく凪ないでいた。


「……俺にはやっぱり甘すぎる」

「たまには甘いのも摂れ。ろくに休みもせず動き回るなら尚更だ――」


 衰弱していたせいか意識を落っことしてしまったようで、彼が病室から出ていく後ろ姿を見送った覚えがない。
 残夜ざんやの頃、そうっと窓を開けるカラカラという音が聞こえた気がした。薄ぼんやりと持ち直した意識で窓辺に目を遣ると、花瓶に白い秋桜コスモスが挿してあった。


――――――


 十月末日。必ず月に一度は一番隊舎に報告を上げに戻っていた彼が、未まだ今月は姿を見せていない、との報せを先生の地獄蝶より受ける。

 何処へ行った? 何処に居る? 

 これまで彼に会うことができた場所を巡るように走り回り、注意深く霊圧を探っていった。

 穿界門前広場、ここじゃない。
 南流魂街朱洼門近辺、いない。
 七番隊の裏山、滝の裏も違う。
 西流魂街鯉伏山、静寂が包む。
 綜合救護詰所、いる訳がない。

 ――何処に隠れてしまったんだ?

 もう真夜中になろうとしている。息が苦しい。途方に暮れて空を仰げば、輝く一番星に目を奪われた。

 ――其処にいるのか?

 無我夢中で、まるで何かに吸い寄せられるように、その光の足元を目指して走った。


「天鷹!……っ、天鷹……!」

「……へぇ……よくも見つけたもんだ」


 双殛の丘の上。天鷹はそこで大の字になって地べたに寝転がっていた。嗚呼、真っ赤なのは瞳だけでいいのに、どうして。


「何をされた!こんな、誰が……!廷内でこんな大怪我……普通じゃないだろう!?」

「油断しちまったなぁ、はは……近頃は緩んでた、そのツケだ……俺には戦場じゃない場所なんて……ないってのに」


 一句言葉を発する度に、彼の口から音と一緒に血が流れる。青痣が幾つも覗く腕、濃紅こいくれないに染まりきった腰の白帯。ほんの少しだっていい、痛くなくしてやりたくて、傍に跪いて無数の疵に治癒の霊力をあてていった。


「……放っとかないか。このくらいでも、俺は死ねないみたいなんだよ」

「……うるさい」

「君もまだ本調子じゃなかろ。力の無駄使いはせんでくれ。痛みには慣れてる」

「うるさい!!無駄とか言うな!!慣れてるとも言うな!!」

「……泣くなよ。涙は嬉しいときの為にとっとくもんだろ。君に泣かれると、その……どうしたもんか……甚いたくツラい」


 赤瞳が真っ直ぐに俺に向いている。漸く見てくれたのに、ずっとこの時を待っていたのに。視界がじんわりと滲んできて、俺の方がよく見てやれない。


「俺は忌まれ者だ。いると皆が困る厄介者だ。……怖いから消えて欲しいって気持ちはよっく解るのさ」

「お前が何をしたというんだ!お前は潔白だ!汚点も何もない、元柳斎先生のお墨付きだろう!」

「……ふ、白いんだか黒いんだか」

「先生は『百貫の鷹も放さねば知れぬ』と仰っていた。お前が護廷に尽くして功績を重ねれば、そのうち誰も文句は言えなくなる。お前を怖がるのは間違いだって皆が気付く」

「へぇ、重國殿はそんなお考えで……畏れ多いねぇ……鐚銭びたぜにの鷹も放れば必死、とかではない?」

「何だそれは……そんな訳あるか。お前はそうだ、賢くて良い鷹だから良禽りょうきんというやつだろう」

「色眼鏡を掛けてないか。使い潰される夜禽やきんのつもりでいるんだが」

「『能ある鷹は爪を隠す』ともいう」

「残念、俺は芸がなくてね」

「『鷹は飢えても穂を摘まず』――」

「元々食えないのに褒められてもな。そのまま食ったらチクチクするしモッサモサだろ」

「うるさい!!うるさいったらうるさいぞ!!」

「えぇー…………って…おい」


 ムキになって叫んだら、俺もまた血反吐が出てきてしまった。ガホガホと咳き込んで、地べたの血溜まりの嵩かさを増やすのに貢献してしまった。……俺も天鷹も、流れる血の色は赤い。おんなじ色だ。なぁ、京楽。何もかも違くはなかったよ。


「落ち着いてくれ、頼むから。逆らって悪かった」

「…ゲホッ…ハ……ガッフ、…ハー……ハァ……」

「ほら、ゆっくり深呼吸。無理するな。その妙な治癒術はもう使わなくていい」

「……放っておくのは……駄目だ」

「…………あいよ、観念しよう。四番隊に行こう。それでよかろ?」


 彼の困った顔を見るのは二度目だ。でも、初めて見た顔とは少し違う。「仕方ないやつだ」と呆れてはいても、「迷惑だ」と叱りつけてはこない目だ。こっちの我侭を許してくれる優しさが覗いている。ただそれだけのことで、俺は翼を得たみたいに嬉しくなった。


「十四郎は変わり者だな。俺も流石にお手上げよ」


 真っ赤な眼差しが胸を焦がしてくる。心やさしい無二珠玉の友――やっと、つかまえた。







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