無辜の血眼 –花嵐–

追想
むこのちまなこ –はなあらし–

 ――おや、聞いてくれるんだ?

 どうもありがとう。

 でもホント長くなりそうだからさ、キミがぜーんぶ聞き流しちゃったとしても、ボクはとやかく言わないよ。

 聞き進むのが怖くなったら、途中で止めて引き返したっていい。

 逆に、深く聞き入ってくれても勿論いいけど、息をするのは忘れないでね?苦しませるのは本意じゃないんだ。

 ヘヘ、お酒がまずくなっちゃったらゴメンネ?

――どうか溺れないでついてきて。


***


 春うらら。陽気に誘われるまま、少年は縁側で昼寝をしていた。自分の家でもないのに、此処は我が定位置であると言わんばかりに毎日のように陣取るものだから、兄からは「やぁでかい猫だな」とよく揶揄からかわれていた。


「起きて下さい。春水さん、起きて下さい」

「ん……んん……」

「ほら、起きて」

「…ああ。おはよう。義姉ねえさん」


 優しくゆりおこされて、少年はぱちりと目を覚ました。水色の空と、軒下の木目と、優しい義姉ぎしの顔。何の変哲もない、同じことの繰り返し。少年はこの穏やかな時がたまらなく好きだった。


「今日は何か集まりがあると聞きましたよ。そろそろ支度なさらなくては」

「……そうだった。あーあ、面倒だなぁ」


 瀞霊廷に暮らす上級貴族の次男坊には、寝ているだけの毎日など許されない。大人たちが見栄を張り合う退屈な社交場に付き添ったり、同年代の交流を目的とした学堂会や子供組にも程々に参加したりしなければならなかった。
 あちらこちらの貴族が集う場というのは、いつだって将来の縁組のための品定めに精を出すいやらしい目で溢れている。少年はそれが大嫌いだった。恵まれた環境にいる者の無い物ねだりであるとは自分でも理解していたが、もっと気楽で、義務も責任もしがらみもない人々を羨ましいと思うのはやめられなかった。


「兄貴が仕事じゃなかったら代わりに行ってもらうのに……」

「ふふ、そう言わずに。新しい友人ができるかも知れない折角の機会なのですから」


 義姉はさんざん“家”に縛られてきた人だ。だからこそ、家の外との繋がりが多いならそれに越したことはないという考えを持っていた。人との出会いは大切に。情けは人の為ならず。いつかいざという時、その縁が助けになってくれるかも知れません――そんな風に言われてしまえば、少年は毎度頷いて支度をするしかなくなるのだ。

 その日の集まりというのは、道楽にふける貴族たちによる盛大な文化会だった。詩歌、随筆、絵画、彫刻、書道に華道といった様々な分野を網羅して、会場は幾つにも分かれていた。歴史ある御屋敷三棟と美しい庭園を丸々貸し切ってもよおされ、こんな広さが必要かと呆れたくなるくらいだ。展示は勿論、歌会に発表会、実演や競い合いも行われるとあって、その道に精通しない人々もお楽しみ会に来るような心地で観覧に訪れていた。
 春水少年は両親と一緒に会場を回った。遠い親戚にあたる人の発表を義理で聞いてウトウトしたり、高名な先生の解読不能な書を適当に褒めたり、買い手が殺到しているらしいが何を表現したかったのかイマイチ分からない丸っこくて珍妙な立体物の前で目を眇めたりした。
 両親が立ち止まって誰かと挨拶をする度に、はてこの人は誰だったかと頭を捻る。大概は分からず仕舞いだったが、一応全員にぺこぺこと愛想良くお辞儀をしておいた。春水少年は、このままではそろそろ鹿威ししおどしか赤べこになってしまうと思った。
 やっと両親から付き添いの御役を御免してもらって、やや覚束ない足取りで人気のない場所を求めて歩いた。好きな所を見て回って良いと言われたが、どこか隅っこか裏っかわに隠れて時間を潰そうと考えた。人に酔いそうだ。行き交う人々にぶつからないようにだけ気を付けて、歓声と熱気から離れていった。

 そうしてふらふらと辿り着いたのは、寂びれた離れだった。造りはそこそこ立派だが、柱の朱塗りや壁の漆喰しっくいがあちこち剥がれかかっているし、玄関は蜘蛛の巣だらけで、障子紙は黄ばんでいた。さっきいた御屋敷と同じ敷地内にあることが信じられないような古臭さだった。
 誰もいないのであれば、別に馬小屋だって構わないさ。この時は本当にそんな気分だった。ここの縁側はどんな具合か気になって、外から回ってみることにした。湿った石畳の片脇には、躑躅つつじの低木が並んでいた。こんな日当たりの悪い場所に植えられて可哀想だ、庭師は何を考えているのだろう。寧ろ何も考えていないのか。それか、躑躅に親でも殺されたのかも。春水少年は着物の袖に互いの腕を差し込みつつ、夜な夜な地面から抜け出ては人を襲う妖怪辻斬り躑躅を妄想した。
 離れ家の角まで行き着くと、日向の方から、薄桃色のはなびらがちらちらと飛んでくるのが見えた。そちらには桜の木があるらしい。花見の穴場かもしれない。すうっと冷やい日陰から右足を浮かせたそのとき、新たに吹いてきた花弁が何故か赤色だった。一瞬、見間違いかと思ったが、一拍遅れて鼻が悟った。血だ。血の匂いだ。
 春水少年は息を殺し、覚悟を決めて日向に踏み出た。覚悟とは言うが、この時のこれはただの蛮勇である。当時の彼はまだ武術の心得など無いに等しいへっぽこだった。もし辻斬りなんかに出会したら、もれなく人生が終了する。

 赤い少年がいた。

 桜の木の幹に背を預けて瞼を閉じ、まるで眠っているみたいだった。顔の左半分にある大きな痣は、生まれついてのものだろうか。彼が着ている着物は、彼から流れ出ていく血液がたっぷりと染みたせいで変色していた。元は何色だったのかなんて判らない。着物がとうとう吸いきらなくなって地面に垂れ溜まった血が、周囲に散っていた花弁の色を染め変えていた。
 人生で初めて殺人ひとごろしの現場に遭遇してしまった、と思った。楽しいことも怖いことも夢想しがちな年頃だった春水少年は、かつて「もし自分が凄惨な光景を目にしてしまったら」という仮定で空想演習をしたことがあったが、試算では嘔吐おうとを催すだろうとしていた。しかし実際こうなってみると、不思議と気持ちが悪いとは思わなかった。人死にという状況に非常に不似合いな暖かい陽気と美しい桜のせいに違いないと結論付けた。
 面倒事は嫌で嫌だが、このまま放っておく訳にもいくまい。文化会実行委員の中でも比較的真面そうな大人にこそっと報告するのが最善だろうか等と思案しながら、遺体から少し離れた場所に膝を突いて合掌した。第一発見者として、お祈りくらいはしておくべきかと思って取った行動だった。


「……まだ仏さまになっちゃいないんだが?」


 びっくりが過ぎて、口から心臓が飛び出るかと思った。反射で目をかっ開くと、前方の赤い少年も目を開いていて、がっつんと視線がぶつかった。彼は瞳までもが赤かったが、最初に見た姿が血塗れこんなだったせいか、全く違和感はなかった。気に留めるべき事が他に有り過ぎたというのもある。


「だっ、な、なにキミ生きっ、生きてんの!?それで!?……大丈夫!?いやダイジョブ!しっかるぃし、て!」

「君がしっかりしろ。そう騒がずとも大事ない」

「嘘だァそんな血だらけで!お医者さん呼んでくるよッ!?」

「あー……頼むから、それだけはやめてくれ」

「なんで!?」

「それよりだ、其処に転がってる刀でもう一突きしてみる気はないか」

「どうして!?」

「それで俺が死んだなら、君は英雄になれよう」


 「頼むから助けてくれ」ならまだ分かったが、ちんぷんかんぷんだった。こんなに意味の分からない事態も当然初めてで、まだただ死んでくれていた方が心臓に悪くなかったなんて、最低な冗談だ。


「キミの言ってること全然わかんない!やるもんか!」

「……そう。まぁ、いいさ。死に場所はまた別にあるのだろう」

「ねぇ、いったい誰にやられたの」

「さぁ?初めて見る顔ぶれだった。どこかの御家に新しく雇われた人らじゃないか」

「ア…暗殺ってことかい?それに……どういう意味?もしかして、こんなこと初めてじゃないの?」

「そ、中途半端な斬り込みだけ入れていかれてこの様よ。向こうがたにはもっと頑張って貰いたいものだな」

「は……?ボクとそう年変わらなそうなのに、キミなんかやらかしたの?実は大悪人とか?」

「悪事を働いた覚えはない。だが、そうさなぁ。言うならば、生まれてきてしまった」


 一方的に馴々なれなれしく質問を投げ続けても、彼は律義に滔々とうとうと答えた。大量出血している相手に喋ることを強いるとは非常識だったが、彼の方も大概だったろう。大量出血しているのを見せられた相手に更なる加害を乞うたのだから、どっちもどっちだ。現状が非日常過ぎたあまりに、頭も正常とは程遠い働き方をしたのかもしれない。


「色々訊いといてなんだけど、もっと意味わかんなくなった……」

「それでい。わかる方がきっと健全じゃない」

「……キミ、どこの家の子なの?お医者さんが嫌なら親御さん呼んでこようか?」

「…ふ。ふふっ……」

「なに笑ってんのよ!?」

「不快にさせたならすまない、馬鹿にするつもりはない。しかし君、少々世間知らずだな。今時めずらしい程の」

「……馬鹿にするつもりなくてソレなの?ウソでしょ?」


 赤い少年が微笑む。機微にはさとい方であるという自負のある春水少年から見ても、確かに悪意は感じられなかった。あざわらっていない。その代わり、こちらを些か心配しているような、批難するような眼差しだった。


「君、貴族の集まり事には消極的かい?」

「顔出さないで万事済むなら、それがいいやと思ってる」

「ほう。同年代の友人はいないのか?」

「……上辺うわべの付き合いなら仕方なくやってるよ。あんなやつらに興味は湧かない」

「成程、最低限ってこと。噂話や愚痴は好かない?」

「言っても聞いても腹が立ってくるだけじゃない、そういうの」

「真面でご尤も。……ふむ。だがそれだと浮いてしまわんか?放り込まれる度に嫌々していたのでは、ろくに解け込めてないのだろ」

「なに?解け込むために下衆げすの会話にもへらへら相槌打ってろっての?」


 ややムキになって言い返せば、彼は困ったように眉尻を下げた。春水少年は「困ったやつはどっちだよ」と胸の内で毒づいたが、彼が心から忠言してくれているのだということは何となく察してしまったから、その毒は弱々よわよわもいいところだった。虫も殺せないような、古い蚊取り線香の煙みたいな靄々もやもやくすぶった。
 赤い少年はゆっくりと立ち上がった。さも普通に動いていることに目をみはったが、彼は何でもない作業のように着物の袖をぎゅうと絞り、可憐な薄桃色の敷物のようである辺りをダババタタと赤く汚していった。狂い過ぎていて、特に感想は浮かばなかった。


「しかしまあ、次の機会には下衆の会話にも多少は耳を傾けてみるとよかろ」

「気が進まないね、得体の知れないみどろの人に言われてもさ」

「そりゃすまんな。しかし興が乗らんでも、案外そういう屁泥へどろじみた情報の中には真実も紛れているものよ。君が自分の身を守るための種にもなろうさ」


 赤い少年はもうそろそろ赤黒い少年になってきていたが、両瞳の赤だけはまだ鮮血の色を保っている。彼は「じゃあな」と言ってこちらに背を向けた。どこに帰るのか知らないが、どこかには帰るのだろう。そんな全身血塗れで。……独り。
 心の底から以後関わり合いたくないと思ったが、それでも思わず、掛けてしまった。


「――君、何してくれてる?汚れるぞ」

「もう汚れたよ。だからハイ、これはあげる。返さなくていいから」


 自分が羽織っていた鳶色の上着を、彼の肩に、掛けた。


「そんな節介焼かずとも……ちゃんと人の目汚さず触れないように帰れたよ、俺は」

「ボクの目の前で思いっきりドバドバダバダバしてたでしょうが。ボクのこともちゃんと人扱いしてよね」

「そうかい。俺のことは人扱いせんでいい」

「うるさいなァもう、ほら、帰った帰った!なんか知らないけどさ、追撃されて死んだりしないでよ。寝覚め悪くなるから」

「……どうも。じゃあな変人、もう会わんといいな」

「キミに言われたくない!じゃあね狂人!縁千代切エンガチョ!」


 赤い少年は上半身だけ鳶色になって、二度は振り向かずに帰っていった。春水少年は勿論、彼の背中が見えなくなるまで見送るなんてことはせず、脱兎の如くこの場から逃げ去った。こんな所を誰かに見られてあらぬ嫌疑をかけられたりしたら、絶対に七面倒な事になるからだ。

 走って走って、両親と待ち合わせしていた場所には約束の時間前に着けた。両親はまだ来ていなかった。其処は西側の御屋敷の玄関脇で、中に入ってすぐの大広間ではまだ催し物が行われている様子だった。暇潰しにと思って覗いてみると、展示作品の人気投票の結果発表中だった。
 来賓は入場の際に蜻蛉とんぼ玉を三つ渡されていて、気に入った作品があればその隣に設置された細長い筒に蜻蛉玉を入れて投票するということをやっていた。春水少年も「そういえば」と思い出して懐を探った。三つともここにある。すっかり忘れていた。

 ――まァいいや、そんなに興味ないし。

 上位の作品が下から読み上げられていき、春水少年はほぼ納得のいく順位だと思いながら聞いていた。最後に同率一位として舞台に上げられた二作は、一つは今にも飛び立ちそうな鳥の木彫りで、もう一つはあの丸っこくて珍妙な立体物だった。

 ――ナイでしょ。

 司会が大仰な身振り手振りで熱弁している隙に、春水少年は会場の一番後ろから舞台上に向かって蜻蛉玉を投げた。衆貴しゅうきの頭上を音もなく越えて、鳥の木彫りの方の筒にスポンと入った。会場が一瞬静かになり、その後すぐに大きな拍手が沸き起った。誰が何処から投げ入れたのか気付けた人はいなかったが、そのまま鳥の木彫りが単独一位を獲得することになった。人々は作者に賛辞を贈りたがって司会に解説を求め群がったが、作品は無銘だと告げられると残念そうにして散っていった。

 両親と共に家路につくと「上着はどうした」と尋ねられてしまった。「風にさらわれちゃった」と適当な嘘を吐いておいた。「質の良いやつだったのに」と軽く叱られて、それからすぐ笑い飛ばしてくれた両親を横目に、ふと、自分の着物の袖が少し汚れていることに気付いた。

 ――げっ、あいつの血だ。

 羽織を掛けてやったときにかすったのだろう。汚れ抜きは後でこっそり一人でやってしまおうと考えながら、見つかる前に袖を少しくるんで握りしめた。


――――――


 断じてあの赤い少年の言う事に従ったのではない。皮肉にも、最も関わり合いたくないと思う相手が、最も興味の湧いた相手だった。ただそれだけの事だ。こういうとき人の感情に整合性などないから、いよいよ厄介である。
 あれから春水少年は、人々の噂話や愚痴に以前より耳を傾けてみるようになった。すると貴族の間で酷く嫌われている“忌み子”の話題がよく挙がっていた。嫌う相手の話を好んでするなど、やはり度し難い奴らだと思った。

 呪われた赤い瞳の子。人の胎に紛れ込んだ鬼。我先にと押しやって出できた、双子の忌むべき上の方。疾く祓わんとした人の目を、真黒く焼いて潰した化け物。遥か昔に神を殺した、邪悪なる魔の生まれ変わり。降りた大罪。すべき災厄。
 目が合うと呪われる――らしい。気に障ったら燃やされる――そうだ。あれは人のかたちをした災いだ――と聞いた。生かしておいてはならない――と言われている。
 わからなくて、おそろしいから、いなくなってほしい。

 ――ばかばかしい。どれもべてばかばかしい。まさか彼は、こんな趣味の悪い讒言ざんげんの中に真実があるとでも伝えたかったのだろうか。バカじゃあないのか。

 やっぱり聞いているだけで腹が立った。嬉々として多勢で子供一人を差別し排除したがるような貴族やつらと同じ枠組みに自分もいることがもっと嫌になった。行儀よくしていたくなくなった。


――――――


「春水、嫌悪けんおがありありと顔に出ているぞ。そう射殺すような目で見てやるな」


 三春一日さんしゅんいちじつ。変わった事といえば、身長が二寸五分伸びたくらいだ。
 この日も、春水少年は貴族の集まりに参加していた。同年代の子息子女がつどって、何かしら勉学の集大成を披露し合い、それを大人たちが参観していく。今は昼休憩の時間で、真新しい畳が敷かれた広く絢爛けんらんな室内では、年代を問わず多くの貴族がばらけて座して談笑していた。


「だってさァ、もっと楽しい話をしないものかな。子どもを見にやって来ておいて『例の子どもはまだ死んでないそうですよ』って、どういう神経してるの」

「大人達の神経を疑うか?私からすれば、不機嫌を隠そうともしない君の神経こそどうなっているのか気になるね」


 隣の少年はにっこりしながら言った。綱彌代時灘――上辺の付き合いはお互い様という、いびつで淡泊な関係にある同年代の一人だった。彼は五大貴族の中でも特に力を持つ綱彌代家の分家筋で、京楽家の次男である春水とはあちこちの集まりでよく顔を合わせていた。だが顔色を窺い合うことはせず、深く踏み込まず、互いが互いを詰まらない会合での一時しのぎに使っていた。多少は同感するところがあったが、どうにも心を許せない相手だった。取って付けたような薄い仮面の下では、他者を見下してあざけっているのが、少々透けて見えていた。


「彼らは彼らのことわりで動いているだけさ。例の志波家の息子は、その理に背く存在だという事なのだろう」

「……時灘はその志波家の子に会ったことあるかい?」

「………ク、フフッ…………そうか、そうか」

「え……なに?笑う要素どこ?気は確か?」

「ああ、きっと君よりはな。フフ、いやなに、気にするな」

「? ……変なの。いつもだけど」

「お互い様だろう。まあいい、答えよう。勿論あるとも。私は君に会った回数より、彼に会った回数の方が多いくらいだ」

「ふうん、そうなの。五大貴族だけの集まりとかで?」

「それはあまり無いな。五大貴族が会したところでやることもない。仲が良い訳でもないしな」

「んじゃまたどうして」

「……君がこういう場に出てくる時は『やむを得ず』というのが多いだろう?もっと無駄な集まりにも顔を出せば、頻繁に会えると思うぞ」

「別に会いたくなんてないさ。でも理由わけは少し気になるね。彼は行く価値の低そうな集会にばっかりお呼ばれされるのかい?」


 顔を見ずに問いを投げ続けていたら、そこで急に沈黙が訪れた。何か言いづらい事でもあったのだろうか?一瞬だけそんな考えが頭を過ったが、「非情時灘に限ってそれはないな」とすぐさま棄却した。
 隣人の顔を見遣ると、既に隠す気もなさそうな下卑げびた笑みが表出していた。


「――ああ。ああ、そうだ。何故だと思う?」

「……どうせ下らない嫌がらせとかじゃないの」

「どうした?そちらから訊いてきた割に随分と投げやりじゃないか?……くくっ、まあいい。では教えてやろう」


 各々が好き勝手に話し込んでいる室内は明るくざわざわとして活気がある。周囲の人々は冷めた男子二人の会話など微塵も気に掛けていないことだろう。時灘少年はゆっくりと口を開いた。

 聞くだけではらわた沸々ふつふつと煮えくり返るような話をしてくれた。


「春水、また顔に出ているぞ?そう射貫くような目で見てくれるな。不敬なやつめ」


 締めにそう言った時灘少年は、言葉とは裏腹に満面の笑みを浮かべていた。


***


『もっと無駄な集まりにも顔を出せば、頻繁に会えると思うぞ』


 たとえば、顔を出したとして。

 …………。

 行ったところで。

 何も。

 ボクは何をも止められないだろう。

 それどころかクズの仲間入りだ。

 下衆のたむろ。貴族の枠組み。

 其処により強固に組み込まれて終い。

 ああ、面倒だ。嫌だ嫌だ。

 狂人のことなんか知ったこっちゃないんだよ。この先も関わり合いたくない。キミなんか嫌いだ。ボクに無力を思い知らせる、死にたがりのキミなんか――。






※続く。


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