むこのちまなこ –あいながし–
――『
尸魂界において、貴族とは、権力と財力を
護廷十三隊に参入して自らも前線に立ち、誇りと正義を謳い戦う者もいるにはいるが、それも
「貴族だが死神をやっている」というだけなら腐るほどいる。しかし、それは分家から出される奉公人じみていたり、惰性で所属しただけでやけに志が低かったりする。下級貴族は“貴族”と付いてはいるが、押し
剣を手に堂々と戦って死ぬのと、汚い手で
有力貴族の殆どは、態々危地に飛び込んで命を張ろうとはしない。護るのではなく、護られる存在として君臨する。何か命を懸けなくてはならない手が必要になれば、そのときは下々の駒を使うか、醜く互いを蹴落とし合う。なんなら、特段命を賭ける必要もないのに、更なる利権を得たいが為に水面下で陥れ合い潰し合う。そういう世界だ。矛盾だらけだ。
貴族同士の権力争いに負けた者達は、様々な罪をでっちあげられ着せられて、地獄蝶無しで断界に追放されたり、使用人を含む一族郎党が処刑場で虚にいたぶり殺されることもあった。
今もどこかに
鬼より鬼らしかろう。貴が貴を殺すなど、さして珍しくもない事なのだ。弱肉強食、
複数の貴族が結託すれば、標的として指し示された者は、そこで終わりだ。
『だがこれが、五大貴族本家の長男が的ともなると、
――――――
春水少年の元に『無駄な集まり』への招待状が届いたのは、梅雨入りの頃だった。十中八九、時灘少年による余計な世話だ。嫌がらせと言っても差し支えない。彼が綱彌代家当主である大叔父に口添えでもしたのだろう。京楽家が『無駄な集まり』に仲間入りしてくれる可能性が僅かでも有るなら、招待するだけしてみようとでも考えたか。
「僅かも無いよ」。春水少年は無論この誘いを蹴った。
蹴ったがしかし、行ってみた。『無駄な集まり』の終了時刻からうんと過ぎてから行ってみた。小雨の降る
会場は家からそう遠くなくて、これまでにも何度か訪れたことのある所だった。そこは貴族専用の公民館のような施設で、三階建てで部屋数は大人でも迷うほどあって、目と鼻の先には美しい花園と清らかな小川がある。散歩道として有名な辺りだ。が、天気と時間帯のせいか往来は
春水少年は
「……キミさァ、血塗れで花に
棺桶と別れ花が連想される光景だった。春水少年の首の高さまでふんわりとある瑠璃色の
「誰かと思えば……また変人か」
「狂人に言われたくないってば」
前回より出血量は少なそうだが、大怪我であることに変わりはない。雨水に流し清められようと、まだ微かに鉄臭さが残留していた。事情も知らない
「ねぇ、その腕……ちゃんと動く?」
「動くとも。さっきまで血が止まらなくて鬱陶しかったが、大事ない」
彼は二の腕に刀で斬られたのであろう大きな傷を創っていた。痛みで叫んだっておかしくない。その胸にある傷だって、死んでしまってもおかしくない。
「なんで来るの?何回目なの?わかってるんでしょ?……自分を暗殺するために呼んでるんだって……わかってて、わかってて!……どうして来るの」
「……はは、もう世間知らずとは言えんな」
「笑うような時じゃないでしょ。なんにも面白くなんかない。笑わないでよ」
――キミがそんなんだと、ボクが
『わかるかい?春水。手間で面倒な
――おかしいと思うのに、おかしい奴だらけなせいで、自分こそがおかしい気さえした。
「『京楽も呼んだが来なかった』と聞いた。君のことだろ?大遅刻で今更どうしたね」
「……べつに、散歩だよ」
「そうかい、それは災難。せっかくの時に目汚しすまなかったな。見なかったことにして家に帰るといい」
――『人扱い』してくれている。前にあんなこと言ったから。変なとこで
「……志波は帰らないの」
言うと、赤い少年の表情に
「苗字で呼ぶのはやめてくれないか」
「……名前、なんていったっけ」
「そうじゃない。……そうじゃない。俺のことは『キミ』で十分」
「うん。キミは志波でしょ」
「君、聞かずだな?
「苗字で呼ばれることの何が嫌なのさ。家が嫌い?」
「……いいや。家族は好きだよ。だが、そうじゃなくなろうと思う」
「はぁ?」
また訳の分からないことを、と思った。でも、嘘吐きにはとても見えない真剣な目をしていた。彼が
「家を出る。そうすればもう志波でなくなるだろ」
「苗字ってそう勝手に捨てられるモンじゃないでしょうが」
「呼ばせず、名乗らず、徐々に忘れてもらうとするさ」
「……名前を失くしてどうするつもり?本当に大悪人になってみるとか?」
「さてどうしようかね。序でに顔も隠せば、誰からも誰だか分からない何かになれるかな」
名前を失くして、顔を隠して。そんなのって、なんだか――
「……虚にでもなるの?」
「ああ。そうなれたら、皆もっと本気でかかってきてくれるかもな。ところで君、虚については明るいか?」
「あんまり……だけど兄貴が死神やってるから、他の子よりは知ってると思う」
「何者が虚に成り得るか、というのは?」
「知ってるよ。現世で死んだ人間の魂魄でしょ?早く
「そう。つまり、
「アッ……キミ、またボクのこと馬鹿にしたでしょ?『なれない』のに『なるのか』とか訊いたからお馬鹿さんだと思ったね?」
「はて?何のことやら……それに『また』でもないさ。最初だって『そのつもりはない』と言ったろ?……ふふ」
――笑わないでよ、とは言わなかった。先と違って、ちょっとくらい笑ってもいい時だと思ったからだ。罪
赤い少年は「さてと」と立ち上がった。春水少年は紫陽花に付いた赤がそのままである様を見て、雨が止んでいたことに気付いた。殺人未遂現場であった証拠となる血液の殆どは黒い玉砂利の下に吸われていて、どれほど流れ落ちたのかもよく見えなくしていた。
「もう暗い。君は家に帰れ。じゃあな」
そう言うと、くるりと背を向けて歩き出した。着物の色は何色だったか、
……家ではなく、どこへ?
※まだ続く。
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