1 美化ノンフィクション
 イッシュ地方を未曽有の危機から救った実在する英雄たちの物語が、今度ポケウッドで映画化されるらしい。

 世間でたいへん話題になった事件を、そう時も経ない内にノンフィクション映画やらドラマやら舞台にしてしまうなんてことは、イッシュ地方では珍しくないことだ。
 過去の著名人の尊厳を好き勝手に擦こするぶんには死人に口なしだが、欲にまみれた生者はそれでは飽き足らないのだろう。他人の人生を猛スピードで娯楽化しては消費する。その悪辣あくらつさを顧かえりみてくれるのは、いつだって誰かが傷付いてからだ。そうだ、そっちばっかりいっつも遅いんだ。後の祭りならおとといやりなさいよって。
 最近よく映画に出演しているマルチな才能に溢あふれたヒオウギシティ出身のイッシュリーグチャンピオン・キョウヘイはまだしも、他の主な登場人物たちにはモデルとすることの了承を得られていないに違いないのに。それこそ、かの事件において重要な役回りにあった『勝ち逃げチャンピオン』のお二人にも十中八九義理を通していないだろう。
 Nエヌさんは、ここ最近は各地での目撃証言こそ上がり始めているが、殆どの人にとっては人物像さえ曖昧だろうに。仮に像を捉えていたとしても、あの早口を真似て演じるのは容易くない。そもそもあんな独特な人は他にいない。あそこまでポケモンと齟齬そごなく言葉と心を通わせられるのはあの人だけだ。いったい誰が彼を演じられようか。
 トウヤさんは、ポケモンバトルとついでにその最中限定の目付きの異常な強さっぷりを伝説として各地に残しているが、メディアは彼の現在の居所を掴めていない。何としても探し出したいようで、カノコタウンのご実家に度々突撃取材しているとも風の噂で耳にする。トウヤさんのお母様にもご迷惑だろうから、いい加減もう止よして欲しい。
 近い将来できてしまう映画のなかの彼らのキャラクターが解釈違いだったらどうしよう、とても嫌だ。そのとき私はこだわりハチマキを持ってあばれる事も辞さない。

 世間様はこの映画化については歓迎ムードである。「配役はこうだといい」とか「前後編の二部作にすべきだ」とか言い合ってネットもテレビも大いに盛り上がっている。ああ、大衆って勝手だ。消費者って本当に欲よく集たかりだ。

 「お前だってその一人じゃないのか?」

 先に述べたような私の否定意見が誰かに聞かれたならば、きっとそんな台詞を吐かれる。「皆が楽しみにしているのに水を差すな」とか。「世論に逆張りしたいだけだろう」とか。「お前には関係ないんだから観なけりゃいい」とか。そんなことってない、そんなことはない。だって、だって――。


***


 キランはリーグ部の部室に入って早速、しかめっ面をしてしまいそうになった。


「あの映画ヒロイン役はルッコってウワサだよ」
「ウッソ!?マジ!?」


 イッシュ地方、ブルーベリー学園。
 思春期の学生たちの話題も、当然かの映画で持ちきりだった。彼らにとって、新しい友達作りのための会話に利用しやすい打ってつけのお題目だったのだろう。業間、昼休み、教室移動のときも、四六時中と言えるくらいずっと。そして当然、放課後も。


「マジか知るか、話きいてた?ウワサだって言ってんじゃん」
「でもあの子アイドルでしょ?歌はめっちゃ上手いけどさ」
「だね、演技どーなのかな」
「あ、おっつー。キランさんはどう思う?たしか自己紹介で『映画好き』って言ってたよね?」

「え」


 キランはこっそり退散しようとしたが一足遅く、たしか同じクラスにいた気がする女の子がニコニコと目を合わせてきた。自然と部室内の多くの視線がキランに集まった。純粋に、無遠慮に、キラキラと喜色満面に。毎日吐いては捨てる、ただの軽い世間話さと言わんばかりだ。


「は〜い!オレなんかはアニメ好きだけど、声優ド素人のタレントとか配役されるのスッゲェ嫌派です!」
「アナタには聞いてないわよ」
「そうそ。で?キランちゃんの見解や如何いかに?」

「っとー……インタビューとかでもわざとらしい印象は受けたことないし、ルッコさんは演技もきっと上手だと思うよ。でも、あの事件に実際そんなヒロインポジはいなかったんじゃない……かな?」

「そういやそっか?さすがにそこはフィクション追加したんかな?」
「ヒロインいたほうがやっぱ王道って感じするしねー」
「いやオレ覚えてるぜ、当時のニュース!プラズマ団に誘拐されて、チャンピオンに助けられた女の子がいたらしいよ!」
「そうなん!?初耳」
「うん、被害者でプライバシーがうんたらとかで実にサラッとしか報道されてなかったけど」
「だよねアタシも記憶にないもん」
「いるんだ、モデルになったお姫さまポジの子」
「……あ、うわマジじゃん、検索したら記事ちゃんと残ってる。ボクらと同い年っぽい」
「顔も名前もまだ割れてねぇの?」
「キョウヘイに助けられたとか羨ましすぎる」
「気になる〜!どんな子なんだろ、ルッコ似の可愛い子ちゃんかな?ねっキランさん!」

「……さぁ、どうだろ」


 ――プライバシー。プライバシーね、本当にどうなっているのでしょうね。
 キランはひとまず出入口前で駄弁っているグループから離れて、奥の左端にあるロッカーに手を掛けた。


「ははっ、ルッコみてぇなコはその辺にゃあそうそういねぇだろうよぃ」


 ケラケラ。さっきまでの会話には混ざっていなかった調子の良い声が、すぐ傍そばから上がった。正体不明のリアルヒロイン像を妄想しながら若干頬を染めていた部員たちは、キュッと肩を竦すくめて声の元を辿る。


「あれびっくりした、ツバっさんいたの」

「ひでえ言い草だねぃ、オイラはいつでもみんなの心の中に……」

「ハイハイそういうのいいですから部長」

「ちょい待て、昨日話したろぃ?そりゃオイラはブルベリーグで一番だけどよぉ、部長業はオイラ含めた四天王みんなでやってんだって。んだから“部長”呼びはやめてくれぃ」


 キランたち新一年生の入部直後にあった部員顔合わせの自己紹介の際「三年の先輩方とは去年は同級生だったんだぜぃ」と衝撃発言をしていた彼は、椅子に座って机に突っ伏しただらけた姿勢のまま、軽くふるふると首を振った。それに連動して、リーゼントのようでそうではない、真ん中から横に流した特徴的な白い前髪の束もふわふわと揺れる。絞り出したクリームか歯磨き粉みたいだ。紫色のメッシュが目立つせいで、キランはついその動きを目で追ってしまった。その矢先に彼がパッと顔を上げたものだから、不覚にもばっちり見合うことになった。すると彼の目も口も瞬時にきれいな弧を描く。なんとも胡散うさん臭くてペラペラな笑顔をする先輩だ、と思った。


「おーっすキラン、菓子食うかぃ?」

「おいカキツバタ、後輩の女子に変なモン食わせるなよー」

「何言いやがんでい、こいつはさっき買って開けたばっかだから大丈夫なヤツな!……チョコチップ好きかぃ?良かったらホレ」

「……ありがとうございます、カキツバタ先輩」

「気軽に『ツバっさん』って呼んでくれていーんだぜぃ」

「……考えておきます、カキツバタ先輩」

「おっ、おう? つれないでやんすねぃ」


 だらりと差し伸ばされたカキツバタの手から、箱入り個包装のチョコチップクッキーを一枚、ありがたく受け取った。人並みに甘いものは好きだった。
 これで雑談会はどうやら一区切りついたらしい。転がるビー玉のようにみんな散らばって、テラリウムドームに向かう準備をし始めた。カキツバタだけは、椅子に座ったまま依然のんびりとしている。


「なーぁキラン」

「? 何ですか、カキツバタ先輩」

「週末オイラと映画館デートなんてどうよ?」

「デ」


 ピタリ。部室内でキランだけが、一時停止ボタンを押されたように動きを止めた。幸い周囲の耳には拾われなかったようだ。変わらずバタバタガヤガヤと程よく賑にぎやかな喧騒けんそうに包まれている。
 彼は誰に対しても気さくで、馴染みのある二・三年生たちからは結構慕われているようだった。一年生の間でも会って早々に「見かけによらず優しい」だとか「カッコよくない?」とかいった上々の第一印象が語られていた。だが実は女の敵、たらし・・・というやつなのかもしれない。キランは対人警戒度数をそっと引き上げた。チューブハミガキ=ふわ軽チャラ男、油断ならない。


「……そういう魂胆こんたんならクッキーは返品します」

「あらら、ダメ? 残念。んでも返さなくていーぜ、さすがにソレ食ったからってどうのこうの言うような男じゃねえからなぁ。……いつなら空いてる?」

「学園生活に慣れるまで当分の間は外に出るつもりはないので丁重にお断りします」

「しょーがねえ、ここは潔く引いておくとしますかねぃ。ま、いつか気が向いたら誘われてくれーい。じゃあ話変えるけっどよ」

「はい」

「ブルレクなら今から付き合ってくれっか?オイラたち出遅れちまったみてえだぜぃ」

「…………え」


 ふと気付けば部室にはキランとカキツバタの二人だけが残されていた。ついさっきまではそれこそわんさかいたはずなのに。みんな新入生を加えて初めての部活動がそんなに楽しみだったのだろうか。いらないときばかり話し掛けてきておいて、今度は一声も掛けずに置いてけぼりだなんて。同級生たちはちょっと薄情だ。
 キランはテラリウムドームにはまだ授業で一回しか行ったことがなくて、右も左も分からない。初しょっ端ぱなぼっちはただただ単純に悲しい。でも「何が悲しくてこの先輩と行くのよ?」という気持ちもないでもない。


「リーグ部三年目のこのツバっさんが、ブルレクのイロハも何なんもかも、部員同士でのバトル手順だって手取り足取り教えてやらあ。悪いこたぁ何もねえよ?」

「…………よろしくお願いします」

「おーぅ、任せろーぃ」


 つい了解の返事をしてしまった。ぼっちよりはいいだろうか。いいといい。これはカキツバタのせいなのか、おかげなのか。どっちにしろ「コノヤロウ」という気持ちが湧いてきた。
 そしてまた、あの取って貼り付けたような胡散臭い笑顔だ。シールやスタンプになって無限に増えそうなシンプル笑顔。キランはそんな彼の笑顔が連なったダサいマスキングテープを想像してしまって、なんだか心臓がイラっとした。おかしなところで想像力が豊かになる己の脳みその造りが嫌になる。


「そいじゃ行くとすっかぃ」


 カキツバタはゆっくりと椅子を引いて立ち上がると、両腕をぐーんと突き上げて伸びをした。さっきまで彼が食べていたチョコチップクッキーの香りがかすかに漂ただよった。
 軽装に見えたが、これでも準備万端らしい。ロッカーを見向きすることなく、彼は部室を後にする。


「通路はアッチな。てくてくてくっと……」


 キランは少し距離をとって続いた。ガタイが良いとはとても言えない細長い彼の背中には、見た覚えのある金色のオラチフがいた。黒地に金刺繍ししゅうのオラチフジャージ。キランより一回り上の世代のキタカミのお兄さんお姉さんたちが好んで着ているものと同じだ。「へぇ、イッシュでも売ってるんだ」。心の中で独ひとり言ごちた。
 本当なら、初めての部活は幼馴染で仲の良いゼイユと一緒に回る約束をしていた。しかし彼女は今頃、寮の自室のベッドで大人しく横になっていることだろう。入学して早々に風邪を引いてしまったのは可哀想だったし、約束を守れなくなったのも仕方のないことだ。けれど、これまでの人生で体調を崩すなんて滅多にしてこなかったくせに、ここぞという時に引き当ててしまった彼女の運の悪さのみちづれをくらったようで、少し恨うらめしくも思った。


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