2 つかまんないの
 ブルーベリー学園は海の中にある。それだけでも凄いのに、陸おかと繋がる地下鉄まで通っている。サザナミタウンとセイガイハシティを結ぶあの美しき海底トンネル『マリンチューブ』をも優に超える、イッシュが世界に誇る海中大建築なのである。
 なかでもテラリウムドームは特別だ。天井は高過ぎてあってないようなものだし、壁はあってもそこに聳そびえる断崖が「越えればまだ先があるぞ」と嘯うそぶくような造りになっている。ここが海中であることなどすっかり忘れそうになるほど広大なそんな空間に、自然とほぼ変わらない生態系が構築されている。風も水も滔々とうとうと流れて淀よどみなく循環しているし、昼夜に天候・気温の変化まで精密に再現されている。不思議なブロックを境に四つに分かたれた各エリアでは、なんとシキジカもそれぞれ異なる四季のすがたで生息しているのだから驚きだ。目にすれば誰もが科学の力はここまで来たかと唸うならされるだろう。
 キランもまた例に漏れず、二度目だろうとも目の前に広がる圧巻の景色に心が震えた。眩まぶしくて泣きそうになるくらいの、仮初かりそめの自由をここに感じる。だからこう思うのだ。せめて・・・、逃げ・・込ん・・だ箱・・庭が・・開放・・的で・・良か・・った・・と。


***


「他の一年が言ってたぜ。オマエさんとこのクラス、授業じゃまだ一回しか来てねえんだって?」


 長い通路を抜けた先で、カキツバタは振り向きざまに言った。カンカンに照る偽物の陽光に目が眩くらんで、まだ庇ひさしの下にいたキランの顔がぼやけて映る。


「はい。サバンナ屋外教室で、ドームの仕組みについてご解説いただいたくらいです」


 ほんの1、2秒も経てば目は慣れた。見れば、特に暗くも明るくもない。愛想のないツンとした真顔で、とてもじゃないが異性の先輩と二人きりになって浮かれたり緊張したりしている様子は見受けられない。

 ――あっ、これかなりガード固かてえな?

 カキツバタは目と口を分度器で線引きしたような笑顔の裏で冷静に分析していく。どうやらこの後輩は自分に対して厚い壁を築くことにしたらしい。他の新顔の女子は押せば押し切れそうな感触だっただけに、はてこれは鋼か氷か、ひんやり堅くて新鮮な心地がする。ひょっとして彼女はアローラサンドパンタイプ?何かとタイプ分けしたがる朝の情報番組か雑誌の占いコーナーみたいな感想が思い浮かんだが、成程トゲもあるしなかなか良い比喩かもしれない。しかしたまにはこういう冷ひやい奴やっこさんもいてくれたほうが面白い。お手柔らかでないのは骨が折れそうだが、寧むしろクールなのはわりと好みだぜ?などと、心の中で強がってみるカキツバタである。
 どうせ自分はちゃらんぽらんな不良の部類だ、万人には好かれない性さがだとは承知している。一步退ひきたそうな相手とは、今後の部活動の空気に障さわらない程度に、上辺だけでもうまくゆる〜くやれればそれで上出来だろう。『緩ゆるく楽しく』がカキツバタのモットー!そう、ゆるくだ。“堅固な絆”といえば聞こえはいいが、それは時としてキツイ縛りにもなろう。それなら繋がりはゆるめに、適宜適度に、嫌になったらすぐに解ほどけるくらいが丁度良いのだ。切っても切れない関係とか、腐れ縁とか、そういう面倒で息生き苦しいのは身内でもう腹いっぱいだ。だから別に彼女と懇ねんごろになれないとしても、そのくらいなんだって。


「ちな引率誰先だれせんだった?」

「ブライア先生でした」


 ただ、ちょっと、アレだ。不服とまでは言わないが、少しばかり口惜しいと思った。なぜって、それは人より悪い方面には多少頭も回るが、瞬間記憶能力なんて恵まれた才なんてある訳わけもない座学嫌いのツバっさんが、のべつ幕なしに何十人から一度きりの自己紹介を受けたところで、顔と名前を一発で覚えてやれたのが果たして何人いたと思うのか。それにリーグ部員の大多数もおそらく似たようなものだったというのも癪しゃくなところである。さっき部室で何人から名前を呼ばれていた?当人はその辺り、かなり鈍感みたいだったが。
 リーグ部の仲間は皆キョーダイだ。和気わき藹々あいあいを保たもてるに越したことはない。そのためには程ほどよく体ていよく全員とヨロシクしておきたいので、これから全員の顔と名前を覚えていくつもりはカキツバタにもちゃんとある。カキツバタでさえそうなのだから、他の部員だってそうだろう。だが、人類みなキョーダイならキョーダイみな人間。バカみたいな一文だが、これは真理だ。

 ――人間、まずパッと見て気になった子から覚えちまうもんだろぃ?

 彼女は全然目立ちたがり屋ではなさそうなのに目立ってしまっているものだから、さあ大変だ。同年代の集団の中にあって、立ち居振る舞いが大人びていて纏まとう雰囲気は独特かつミステリアス。なにより一頭地を抜いて姿勢がキレイ。そういう子に十代ティーンは魅了されるし仲良くなりたがる。すると、本人の感知しないところで周りが勝手にカースト上位に押し上げていってしまうのだ。少なくともカキツバタは、昨日今日で部内の空気をそのように読んだ。
 そんな風にキランにとってご苦労様な空気の中、映画の話題を振られた彼女はどことなく困っていたように見えたから、さりげなく話の腰を折ってやって、助け船を出した……と見せ掛けてその実、自分も彼女とお近付きになりたかっただけだ。“下”と上に付く心のままに、同じ穴の狢むじなを押し退のけて卑怯スマートに掻かっ攫さらってみた。まあまあ大人げなかったかもしれない。でも、まだ大人じゃないから。


「ブライア先生か〜、んじゃかったるかったろ?あの人ドームやテラスタルの事とくらぁ目の色変えっからなぁ。早口になっしよ」

「……そうですね」


 適当な相槌。「貴方相手にはあまり会話を広げたくありません」とでも?ここまで観察してみた所感では彼女は真面目な良い子ちゃんっぽいし、仮にも先生を悪く言うのに同意してくる由よしなど、カキツバタにはそれ以外思い当たらなかった。


「せっかくの初ドームなんだったら、思いっきし自由に見て回りたかったよなぁ?」

「……そうですね。ご解説もホームページやパンフレットの事前情報で既に知っていることばかりでしたし……せめて実際に見て回りながら聞きたかったのですが、あの先生、ポケモンを一匹も連れていないそうではないですか。そのせいでお願いしても『万一なにかあってはいけないからね』と断られてしまいました。もしあの屋外教室にドードリオの群れでも突っ込んできていたら、どうするつもりでいたのでしょう」

「お……おーぅ、そうだよなぁ!」


 適当な相槌。誰が?ドードリオ?何で?なんだなんだ、急にえらく喋るではないか。予想していた一言を超えて続いた二言ふたこと三み言ことに些いささか反応が遅れて、思わずキランの横顔を二度見もした。いやはや、なんと“予想外かたやぶり”なお嬢さんか。そんな澄まし顔でよくもそんな面白い事を。思い描いていた実像かたにはちっとも嵌まらなくて、不覚にも胸が躍った。
 カキツバタが行う意思疎通コミュニケ―ションは、彼が脳内で組んだ既定路線シミュレーションから大概外れない。半日も人間観察させてもらえば、自分がああ言ったら相手はこう言うだろう、と予測した式の通りにいく。たとえば「そんなに怒らせるつもりはなかったのになぁ」などと宣のたまいながらバッチリ怒らせる腹積もりでいたのが彼であり、「悪かった」と平謝りしつつ許してもらえる算段はとっくにつけているのが彼なのである。要は世渡りの上手いロクデナシだ。美味しい所だけいただくも、嫌われ役になってみるも、全部計算づく。だから日常会話で不正解ハプニングなんて滅多に起きなくて、日々は驚きに欠け、最近はX変数が恋しくなってきていた。
 それが本日は待ちに待った大事故オオハズレ、まるで尻を据えていた椅子をガッと引かれたみたいな気分がした。たぶん弾みで主導権とやらもその辺に落っことした。繰くれるか広げられるかさえ分からなくなったキランとのこの会話は道のりも終着点も不明。とくれば、途端に楽しくなってきた。人の行動や言動の予測を立てては大体そのまんまを現実としてお出しされてきたカキツバタにとって、予想外とは、味気ない凡ぼんな人生を華麗に味変アレンジしてくれる格別のスパイスだった。
 俄然テンションの上がってきたカキツバタは、人差し指でキランの肩をチョンとつっついた。元来、彼は誰に対しても馴れ馴れしい。ほんのスキンシップである。


「ちなみにキランだったらどうする?」

「……ドードリオの群れが来たらですか?」

「そう」

「……大量発生中のオコリザルに追いかけられたことならあります」

「へーぇそ……へぇ!? オ、オコリザル」

「はい」

「へっへっへ!ドードリオよりヤベえなぁ!?オイオイそんときゃ一体どうやって、ってかまずどこで――……あ?」


 笑った。ずっと表情筋に動きのなかった彼女が、カキツバタを見て笑った。ほんの一瞬、声も上げやしなかったけれど。
 さっきまでの無表情はひょっとしてイリュージョンだったのか?それとも一度つっついたら剥はがれたからばけのかわ?いやいやそんな、まさかゾロアやミミッキュではなかろう。目の前にいるのはヒトの女の子であるはずだ。
 「笑ったらもっとカワイイじゃん」なんて、まるで部室のテーブルに置きっぱなしになっていた少女漫画雑誌で無駄に丸々1頁ページ占めて首に手をやっていた薔薇バラ咲さか兄さんみたいな台詞が喉のどまで出掛かった。危ないところだった。出したら最後、きっと今よりもっと警戒されて再び笑顔を拝む難易度は撥ね上がってしまう。そんな気がした。


「あー、イッシュにゃオコリザルいねえよな?」

「……そうですね」

「気になる話だねぃ、詳しく教えてくれよ」

「……んー」

「え、勿体ぶっちまう感じ?頼むぜ、でねえとオイラ気になって夜も寝られなくなっちまう」

「……えっと」


 さあどう続く?なんて来る?楽しみでしょうがない。気になって仕方ない。人と話してこんなにワクワクするなんて随分と御無ごぶ沙汰さただった。でも顔には出ない。カキツバタの表には一切の情が出てこない。たとえ裏でどんな事になっていようとも。彼のこれまでの人生において、殆どの面倒事は適当に作った愛想笑いのお面でなあなあに出来てしまったものだから、癖がついて、もう取れなくなって久しいのだ。


「……そんなことより、カキツバタ先輩」

「そんなことよりぃ!?」

「はい。そんなことより、こちらをご覧ください」


 またも予想外をくらったカキツバタの眼前に、キランのスマホロトムが割って入った。ブルーベリー学園公式のブルレク専用アプリの画面が表示されている。
 今日のリーグ部の活動内容は最初なのでシンプルに、皆でブルーベリー・スペシャル・レクリエーション略してブルレクに参加すること。課されるミッションをこなして学園内で使える通貨BPブルーベリーポイントを稼ぎながら、ドームの環境に慣れていこうというものだ。
 かつてオコリザル達に追われてどうなったのか非常に気になる所だが、こうもあからさまに休題されては掘り返すなんて野暮な男のやる事だ。もしかするとそのとき他人も巻き込んだとか、どうにか逃げ隠れて死ぬ思いでやり過ごしたとか、何かしら恥ずかしい思い出があって話したくないのかもしれない。だからここはひとまず彼女の拙つたない進路変更に合わせて気を逸らされてやることにした。なんて優しい先輩だ!隙あらば自賛して自己肯定感を高めておくカキツバタであった。いつの日にか絶対探り出してやろうと思っている狡ずるさは棚に上げておく。


「なになに、記念すべき初ミッションは〜『こおりタイプのポケモンを捕まえよう』……そうきたかぁ」

「……サバンナエリアにはいませんよね?」

「ああ、そいじゃポーラエリアに向かわねえとな」

「ずっと奥の方ですよね。宜しければ先導して頂きたいのですが……」

「なぁに飛んで行きゃすぐだ。ドーム内は空飛ぶタクシーも使い放題だぜ、呼ぶかぃ?」

「……ポケモンに乗って空を飛んで行っても?」

「ああモチロンOKよ。なんだそっか、手持ちに飛べるやついんの?お腰につけてるモンスターボールにゃどんなポケモンがいるのかねーっと……あー、リーグ部じゃバトルのために手持ち情報隠すやつもいたりすっけど、アンタはどう?」

「構いません。今日一日お世話になることですし、ご挨拶しておきましょうか。出ておいで」


 キランはウエストポーチのベルト部分に装着していた四つのモンスターボールを順に撫でた。すると中にいるポケモンたちが素直に反応して、カキツバタの前に姿を現す。にょろんと長くて大きいのが三匹と、ゆらりと消えそうなのが一匹。


「ほぅ!ジャローダ、アーボック、ミロカロス、ユキメノコ……新入部員だってのに揃って最終進化形ときたか!こりゃバトルのウデも期待しちまうなぁ」

「いえ、全員が全員手ずから進化させたわけではなく……」

「おっとそうなのか?……って待てぃ、人乗せて飛べるやついなくねぇ?」

「まぁこの中には……そうですね」


 ――なにこの子、おちゃめ?
 控え目に言って……ううん、お茶目でいいか。


「いやさ?べつにオイラのカイリューかフライゴンに乗せてやっても全然いいぜぃ」


 そう言って手持ちの二匹をポンと外に出すと、ボールの中からヒト二人のやり取りを見守っていたのか、ドラゴン二匹は何だか愉快そうだった。そこのトレーナーと違って取って付けたものではない、無邪気で自然なスマイルだ。


「! ドラゴンポケモン……」

「そ、オイラドラゴン使い。やっぱ珍しいもんかねぃ?」


 ――つっても、アンタもそれっぽい……よな?たまたまか?

 “ドラゴンポケモン”とは、なにも同属・こおり・フェアリーが苦手なドラゴンタイプに限らない。タマゴをつくって繁殖できるタマゴグループという分類が“ドラゴン”に属していれば、くさタイプだろうと、どくタイプだろうと、みずタイプだろうと、それはドラゴンポケモンなのである。一般論として、ドラゴンポケモンは総じてほかのポケモンよりも育てるのが難しいと云われている。
 カキツバタの手持ち二匹は、パタパタと羽根を動かしてキランに近寄ると、穏やかに一声鳴いた。慣れていないとその大きさに圧倒されて怖がる人も少なくないが、彼女の場合は手持ちのにょろんとした三匹もとても大きいからか、全く動じていないようだった。


「……カキツバタ先輩が育てた子たち……なんですよね」

「そーよ、オイラの大事な相棒でキョーダイ」

「『キョーダイ』……そっか、いいですね、それ。私もこの子たちを育てたというか、一緒に育ったと言った方が正しい気がするので。ポケモンは『トモダチ』だっていう人もいたけど、『キョーダイ』の方がしっくりくる……かも」

「……へぇ?」


 その視点には共感できた。ぶっちゃけ「キョーダイ」というのはカキツバタの口癖になっていて割と誰にでも言うのだが、ここは言わぬが花か。


「では行きましょうか、ポーラエリアへ」

「……へぃへぃ」


 突っ込んで訊きたくなるようなチョット出しばかりして、この話題もまた深掘りさせてはくれないらしい。兄弟のように育ったというポケモンたちとの過去のエピソードの一つや二つ、教えてくれたって良いのではないか。カキツバタはちょっとキランに見せつけて抗議の意を示そうと、若干可愛かわい子ぶりながら前髪をシュンと垂らす仕草をした。彼なりの「残念」のエモートもといアピールだ。
 詮せん無いことだがカキツバタは勝手に予想してみることにした。ジャローダの進化前のツタージャといえば、イッシュ地方ではトレーナー初心者向けの一匹として知られている。彼女の最初の一匹もツタージャであった可能性が高そうだ。アーボックの進化前はアーボ。どくタイプのへびポケモン。懐いてくれれば何でも可愛く思えるだろうが、幼少期から毒蛇と戯たわむれさせる親というのはあまり想像がつかない。イッシュでは見掛けられないポケモンであるし、さっきのオコリザルの話もある。家族旅行でカントーツアーに行ったりしたのだろうか。ミロカロスは野生では滅多に見つからないポケモンだ。手ずから進化させたわけではない、というのに該当するのはこいつな気がする。ヒンバスに“きれいなウロコ”を持たせて人と交換してもらったに違いない。きっとそうだ。ユキメノコはメスのユキワラシに“めざめいし”を使うんだったか。道具を使って進化させるポケモンは、基本レベルがどんなに低くても進化は可能だ。……じゃあ、意外とレベルは低かったりする?
 カキツバタはやや距離を置いてそこをふよふよと漂っているユキメノコに注目してみた。凛として涼しげで綺麗なポケモンだ。暫しばらく見詰めていたら向こうも気付いて、スーッとこちらに寄って来た。少々首を傾かしげて「何ですの?」なんて、頭上にクエスチョンマークでも見えるようだ。ツンとしてクールに見えるところが少しキランに似ていると思った。
 まだまだじっと見詰めてみる。もうにらめっこ・・・・・みたいになってきた。こちらから逸らすのも今更どうか。女の子に本気マジで迫るみたいな顔でいたら、ユキメノコの方がとうとう気恥ずかしくなったのか、照れくさそうにパッと顔を覆ってしまった。


「やりぃ、オイラの勝ち――」

「キュウ、キュイィン」


 カキツバタは勝利を確信し俄にわかにガッツポーズしたが、ユキメノコは勝負をすり替えた。「にらめっこじゃないわ、いないいないばあよ」(特別意訳)。顔を覆っていた振袖のような腕をどかすと同時に、『こおりのいぶき』がカキツバタの前髪に命中した。こうかはばつぐんだ!……ところでそれは必ず急所に当たる技であるはずだが、彼の急所は本当にそこで合っているのだろうか。


「つめたッ!?」

「あっ!……すみません、その子ヒウンアイスが好きで」

「ヒウンアイスが好きだとオイラの前髪凍らすの?おかしくねえ?」

「……白くてふわふわしたものを凍らせれば何でも美味しくなるわけじゃないって、今朝も教えたんですけど……」

「えっ なに?そういう考えなの?ひょっとしてオイラの他にも被害者いる?」

「……別のクラスの子のペロッパフ」

「あっ そっちはちょっと分かる。オイラの髪よか」


 ふわふわだった前髪はカチンコチンにセットされてしまった。これではまるで角だ。肝が冷えたがしかし凍ったのは前髪だけで、頭部は無事だった。威力は十分、狙いは繊細で確か。ということはこのユキメノコ、かなりやる方である。そして多分イタズラ好きだ。


「本当にごめんなさい。ユキメノコにはよく言っておきます」

「んーまぁ大丈夫、ここ暑いし飛んでく間に解けんだろぃ」


 キランは目線を落として肩身狭そうにしている。愛想良く返したのが却かえって悪かっただろうか。怒っていないのは本当だから、そんなに沈まないで欲しかった。
 ポケモンの技を生身で受けるのは非常に危ない。自ら技を受けて自身もポケモンも鍛えようとする例外的な変態はこの広い世界に何人か存在しているが、よい子は真似してはいけない。それこそスパルタシャガジジイでもあるまいに。
 カキツバタはバトルコートの端はしで『ふぶき』の余波くらいなら受けたことはあったが、これほど間近でこおり技をくらったのは初めてだった。クールな子は結構好きだ。寒いのもわりと好きだ。でも、身が凍るほど冷たすぎるのは御免被こうむりたい。少し昔の――嫌なことを思い出しそうになる。しっかりフラッシュバックする前に頭を振って払った。せっかく今は女の子と一緒の楽しい時間だ。


「んじゃ気ィ取り直して、今度こそ行くとすっかぁ。カイリューとフライゴンどっち乗ってく?どっちも気の良いやつだから遠慮はいらねえよぃ」

「……いえ、でも」

「一人で乗んのが不安だってんならオイラにつかまってくれても――……は?」

「結構です。ほら、ちゃんと飛んで行けるので」


 浮いている。宙に。キランが宙に浮いている。なにこれドッキリ?それともポックリ?


「なっ……なにィ……!?第二のエスパー少女ッ!?……それか実はおばけ?」

「なっ……なに言ってるんですか。ほら、カキツバタ先輩が驚いちゃってるから」


 カキツバタの頭の高さに足がくるくらい宙に浮いているキランは、自分の腹の前あたりをぽんぽんと擦さする動作をした。そこに何かある……いや、何かいる。何もないように見えていたそこに、徐々に滲にじみ出るように実体が浮かんできた。ポケモンだ。彼女の胴に長い長い尾をしっかりと巻き付けて、ゆらゆらと飛んでいる。


「ドラパルトか!?こいつぁ珍しいなぁ!」


 ドラゴン/ゴーストタイプのステルスポケモン。ガラル地方やパルデア地方の水辺近くに生息しているが、一日中探しても出会えるのはごく稀だという。進化前の非力なドラメシヤをドロンチ共々頭に載せて世話をし、野生の個体でも仲間意識が強いらしい。


「へーぇ。ゴースト複合とは知ってたけっど、完全に全身透明になれんだねぃ」

「はい。……この子、ボールに入っているのがあまり好きじゃなくて。いつも透明になって私の傍にいるんです」

「そうかぃそうかぃ。どれどれ、連れてるドラメシヤは……?」

「今は……二匹いますね。ここ」


 ドラパルトの平たい頭の左右に二つずつある三角お屋根のような穴の中に、小さなドラメシヤがすっぽりと隠れている。これから飛行するのが嬉しいのか、何だかワクワクしているように見える。


「へぇ〜、ホントにカタパルトみてえでやんの……今は、っつーのは?」

「たまにいっぱいいる時があって。この子とっても速いから、ドラメシヤ達に大人気なんです」

「そんな数コロコロ変わるもんなのかい?イッシュにゃ野生のドラメシヤなんていねえはずだけど」

「不思議なことに、何処からともなく集まってきますよ。この子の周りにだけ」

「ほぉーん?そりゃ興味深い……姿を消せるから気付かないだけで実は何処にでもいたり?」

「どうでしょう……でもやっぱり、イッシュの自然に暮らしているのを見たことはないですね」

「だよなぁ」


 イッシュのドラゴン使いの面々をよく知るカキツバタでも、ドラパルト系統を連れている知り合いはいなかったと記憶している。全国の多種多様なドラゴンポケモンについては、実家にあった図鑑のおかげで一応知識はあっても、やはり地元に生息していないと馴染みがない。異国の雰囲気がある。
 キランのドラパルトはカキツバタのカイリューよりもやや大きい。体長は3mを優に超えていそうだ。平均の数値としてドラパルトとは大きいものだと知っていたが、それはどうせ尾が長いからで、実際に見たらそれほど顕著でもないだろうと思っていた。が、そんなことはなかった。


「……ドラパルトをご覧になるのは初めてですか?」

「そーだねぃ。でも昔ドロンチ連れてたトレーナーに会った事はあったなぁ」

「そうなんですね。それはイッシュで……?」

「うん、そ。よーっし、いい加減行くとしようぜ!ポーラエリアにレッツゴー!」


 カキツバタはビシッと北西を指した。それを合図に彼のフライゴンはボールに戻り、カイリューは主の脇の下に両腕を通して胴をしっかり掴つかんで持ち上げた。


「……背中に乗って行かなくて大丈夫なんですか?」

「こっちのが楽でねぃ。そういうキランだって乗ってはいねえよな〜、はっはっは!」


 深掘りさせてくれないことに胸の内で散々文句を垂れたのに、これでは自分だって同おんなじだ。人のことは言えない。詳細は追っても教えたくなくて、不自然に話をぶった切ってしまった。嗚呼、本当に自分勝手でどうしようもないやつだ。
 せっかくだからと思って、せっかくさっき振り払ったのに。カキツバタは結局、あの日の事をじわじわ思い出してしまうのだった。三年前のあの日、霧が深かったあの日、ドロンチを連れた見知らぬトレーナーと会話して楽しかったあの日、街がすべて氷漬けにされて震え上がった、あの日。
 やめてくれ、これから後輩の女の子と一緒に楽しい楽しいブルレクなんだ。暗い顔なんてしていられない。

 ――あれ?オイラずっと笑ってんだっけ?
 じゃ、いっか。


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