白焔と左の片翼

死ぬれば死神
はくえんとひだりのかたよく

 まず座禅を組む。次に斬魄刀を膝の上に置く。参に瞑想、集中。
 身を包み込む空気が変わったのを確認した後にゆっくりと目を開ければ、そこは私の精神世界。最初は自分の力ではなくハクに引き入れてもらった、あの東雲の空、黒の巨塔、白の焔海えんかいが広がる美しい幻想のような世界だ。一日一度はこうして斬魄刀との対話と同調を図ることを実践している。


(この世界に浸るまでに要する時間も、そうかからなくなってきたな)

(やあハク。日々の研鑽けんさんの賜物さ)


 この精神世界に来ているときは、現実世界の自分の身は無防備になっている。できるだけ敏感であろうと努めて、周囲の霊圧の変化などは常に探ってはいるが、それでも些か心配は残る。そこで、これは最近思い出したのだが、私とハクには白鳶の“隠れる力”がある。無防備になるときにはこの力を揮えば解決だ。


(他の死神たちの精神世界がどんな所か知らないけど、私はここが好きよ。とても綺麗だから)

(だいたいお前は平静だからな。怒ったり悲しんだりすれば、焔が暴れ嵐が起こることもある)

(そうなると大変なのはずっとここにいるハクね。善処します)

(我は知っているぞ。ソレ、人間がはぐらかすのに使う言葉だろう)


 美しい景色を目に焼き付けておいて、いつか絵に描いてみるのもいい。剣術の稽古に明け暮れる日々のうち、娯楽といったら食事に散歩、それから絵を描くことだった。画材はそう安いものでもなかったから、自然の物で絵具を作ったこともあったっけ。何年も絵筆を取っていないが、腰を落ち着けられたらその頃に描いてみよう。


(おい、こら。精神世界にとんできて更に意識を別にとばすんじゃあない)

(……はっ。どうどう。頭つつかないで、痛いから、イタ)

(大したものだが、あまり何重にもとばすと合わせ鏡のようにして帰れなくなるぞ)

(え ほんとに?誠に?)

まことしやかに)

(それ嘘じゃないか)


 ハクは使う言葉は重々しいのに中身が軽いことがままあって、彼が神使であることをたまに忘れそうになる。気の置けない仲であるからこそ軽口を叩き合うことができる訳で、まあ嬉しいことなのだが。

 ふと、外界の方が僅かに揺れるのを感じた。震源を辿れば、やはり虚の霊圧だった。流魂街で人通りの少ない場所といえば地区の境界で、そこは川や森であることが殆どだ。国境や県境と同じである。そしてそんな場所には、虚が住み着いていたり頻出したりする。理由は単純なもので、一人になった人間をじっくり狙いやすいから。付け加えれば、人目に付きにくいので死神が討伐に来る可能性も低いから。修兵少年たちを襲ったような、人目もあり平原のど真ん中に出てくるような虚はまあ珍しい、馬鹿という訳だ。流魂街をながれながれて、さながら流浪人の生活を数ヶ月続けて出した結論である。


(また虚か。沙生、慣れは油断の元になる。気を抜くなよ)

(幾らも斬ったとはいえ、死んだ原因相手に油断なんてしないって)

(それもそうだな。では、ゆくか)


 同調を解き現実の身の目を開けば、一気に意識が覚醒する。ここから虚のいる地点までは四半里もなさそうだ。届いてくる余波のブレからして、恐らく誰かが襲われている。急がないといけない。死神独特の歩法である瞬歩しゅんぽのコツは掴めてきたところであるから間に合うはず。
 駆け出してから虚の背後を取るまでものの数秒、襲われ顔を青くしてへたり込んでいるのは老け顔な少年、彼の手の中には目つきの悪い猪の子。


「うりぼう!?」


 しまった、驚きすぎて間抜けな掛け声で虚を斬ってしまった。それでも確かな一太刀で頭半分を失った虚は、少年に手を伸ばしたままの体勢で消滅していく。恰好はつかなかったが、またひとり救うことができて安堵する。


「死ぬかと思ったぜ……姉ちゃんすげぇ!ありがとうな!」

「どういたしまして。君、怪我は痛むかい」

「あぁ、逃げるときに転んで、擦りむいちまったんだ……」


 うりぼうを抱えていたために手をつけなかったのだろう。肘と膝と、鼻のあたまが擦れてしまっている。じわじわと血が滲みだしていて痛々しい。できるものなら治療してやりたいが、生憎と私は回道が使えない。


「参ったな、家に帰って手当てしてもらわないとね」

「親戚んちに来てんだ。家じゃねぇけど、真っ直ぐ抜ければすぐだぜ」

「あまり人のいない場所に一人で来ると危ない。気を付けなよ」

「ああ……どうしても、猪かってみたくて」

「そんな子どもは鍋にしても大して食うところはないよ。放してあげな」

「だっ、ちげえよ!狩るんじゃなくて飼うんだよ!し・い・く!!」

「あれ、そうなの。ごめんて」


 見れば老け顔少年は身なりが良いし、貴族なのかもしれない。頼めばもっと愛らしい動物を買ってきてもらえそうなのに、猪を飼いたいなんて物好きな子だ。今は可愛いうりぼうでも、成長したら車みたいになるぞ。このうりぼうに限っては、なんだか既に貫禄ある顔つきをしているし。


「歩けるかい?無理そうなら負ぶってあげるよ」

「いぃや姉ちゃん!命を助けてもらったのはありがてぇが、女の人に負ぶってもらうなんて赤ん坊だけが許されることだぜ!俺は志波家の男だからちょっと擦りむいたくらい、へっちゃらだ!!」

「それならいいんだけど。……志波家?」

「姉ちゃんも死神なら知ってるだろ、うちは五大貴族の一だからな」


 そういえば聞いた覚えがある。尸魂界の五大貴族は代々優れた霊力を生まれ持ち、絶大な富と権力も持っているのだとか。……そんな家の子がどうして流魂街の森なんて一人でほっつき歩いてるんだ。臣下とかなんとか、大丈夫か?
 そして今の今まで頭が回らなかったことだが、志波って志波もかな、と思い当たる。鯉伏を発つ前に読んだ瀞霊廷通信に拠れば、既に十三番隊の副隊長に昇進している彼のことだ。お別れする前に訊いてみよう。


「君、志波海燕って知ってる?」

「んん?知ってるも何も俺の兄貴だぞ。姉ちゃん、兄貴の部下とかか?」

「弟くんだったか。私はまだ死神じゃなくて、これからなるために霊術院に行くところなの。死神になろうと思った切っ掛けをくれたのが、君のお兄さんさ」

「そうなのか!姉ちゃんつええし、きっと兄貴みたいになれるぜ!」

「ふふ、ありがとう。怪我してるのに足止めして悪かったね。気を付けて帰るんだよ」

「命の恩人の名前くらい教えてくれよ。俺は志波岩鷲だ!」

「岩鷲くんね。私は楠山沙生だよ」

「覚えたぜ!姉ちゃん、死神になったらうちに遊びに来いよ。兄貴もきっと喜ぶぜ!じゃあな!!」


 にっと笑って手を振ってお別れだ。走ると余計に血が出るからゆっくり歩いてほしいのだが、あの年頃の男の子は仕方ない。習性みたいなものと思って諦めるしかない。
 苦笑いを浮かべていると、背後の繁みが不自然にガサガサと音を立てた。瞬時に刀を抜ける体勢をとり後ろを向くと、眩しい反射光で思わず瞬きし、そこから強い霊圧を感知した。しかし虚のものとは違う。これは、死神のものだ。


「見てたぜ!てめえがここんとこ流魂街に出る虚を斬りまくってる奴だな」

「まさか、女の子だったとはね……」


 ガサ、と繁みから姿を現したのは、坊主頭の死神とおかっぱ頭の死神だった。瀞霊廷通信では見掛けたことのない顔だ。彼らに敵意はなさそうなので、ひとまず刀から手を離した。死神なのに敵とか、藍染副隊長だけにしてほしいし。


「私に何かご用でしょうか」

「ああ。ここ三ヶ月ちょっと、討伐隊を出動させてもいないのに虚の反応を補足しては消滅するってんで、技術開発局の連中が十一番隊の俺らに調査させてんだ」

「苦労したよ。そっちに逃げる気はなくても虚を倒すとすぐに移動してしまうから、いたちごっこみたいだったし」


 知らぬ間にそんなことになっていたとは。実質的に引っ張り回していたのは申し訳ないが、虚を斬ったこと自体は彼らも責める気はないらしい。声の調子だって軽めで怒っている訳ではなく、少し疲労が感じられるくらいである。
 坊主頭の死神がまた何か言おうとしたところで、彼の頭上の空間が歪み始めた。虚が現れるときに見られる現象だ。二人もすぐに気付いたようで、一緒にそこから距離を取り、斬魄刀を構える。


『ひい、ふう、みい…くっくっ、三匹も。しかも上等だ……』


 空中に開いた穴の中から不気味な声が聞こえてくる。言葉を話す虚に遭遇するのは初めてだ。そういう個体は決まって知能が高く、霊力も強い――教本にはそう書いてあった。けれど今は二人の死神と一緒だから、幾らか心強い。ぬうっと穴から出てきた虚は手足が非常に短く、二頭身の達磨だるまのような肉付きで、仮面の左右からは口裂け女の如く裂けたでかい口がはみ出ている。


『雑魚を放ち、そいつが人を喰らえばそいつを喰らう。雑魚がやられれば、そこには強い魂魄の持ち主がいるということ……わし自ら赴き喰ろうてやるのさ……!』

「てめえの手口なんざ訊いちゃいねぇんだよ!!」


 坊主頭の死神が真っ先に斬り込んでいった。流石に速くて、私の目で追える限限ぎりぎりの速度だ。しかし虚に焦る素振りはなく、横に避けずにその場でごろんとひっくり返り、上が尻、下が頭の恰好になった。玩具おもちゃの梯子達磨を思わせる動きだ。当然、弱点である頭を狙っていた彼の太刀筋は上を通るが、斬れたのは虚の尻である。


どんくせぇ!頭を守るのに必死だな!」

『尻を怪我した程度、貴様らを喰らえば忽ちに塞がる……わざわざ気に留めることでもない』

「へっ、その威勢がいつまで続くかな!」


 二頭身の巨体は確かにのろまで隙だらけだが、ごろんどかんと木々を薙ぎ倒しながら進む破壊力だけは凄まじく、近付くことは容易でない。回転の勢いは遠心力に押されて加速する一方で、最初の一撃で仕留められなかったことが悔やまれる。しかも縦にばかりでなく横にも転がり、その方向転換には規則性がないうえに予備動作も見当たらない。どう転がるかは勘に頼るしかなく、やっと近付いて斬りかかることができても、頭を攻撃できる確率は半分もなくなる訳だ。奴の動きを止めることができればいいのだが、縛道も使えない私にはできることがない。坊主頭の死神の邪魔にならないように立ち回るくらいが精々だ。おかっぱ頭の死神もそんな感じである。


『くっくっ……どうした、ほれ、殺してみろ』

「くそっ!どっかどかと五月蝿うるせぇ虚だな!!」

『さっきの言葉をそっくり返してやろう……“その威勢がいつまで続くかな”』


 煽るように言葉を発した虚は、大きく裂けた口から長い舌を伸ばした。舌にはその全体をびっしり覆うようにしてとげが生えている。あの舌に絡め取られたら一溜まりもない。一瞬で蜂の巣にされてしまうだろう。捕まらないように一旦距離を取ろうとすると、奴は予想外の動きをした。自らの舌を蜥蜴とかげの尻尾切りのように切り離し、その瞬間、生えていた朿が一斉に釘爆弾が破裂するみたいに飛び散ったのだ。


「ってぇ!!」
「ぐっ!」
「いっ、」

『ざまぁない……受けたな、わしの朿を!』


 三人とも反射的に木の陰まで走って蜂の巣になる事態だけは避けたが、全ての朿を防ぐことはできなかった。坊主頭の死神は左腕に、おかっぱ頭の死神は右肩に、私は左足にそれぞれ朿を受けてしまっている。それを確認した虚は満足そうに高笑いすると、転げ回ることをやめた。


『っく……わはは!なぁに、安心しろ。朿に致死性の毒などない。特殊な作用ならあるがな……それは』

「腕一本刺したくらいで調子乗ってんじゃねぇぞ!!」


 坊主頭の死神がまた虚に斬りかかった。静止しているのであれば捉えることは容易い。だが痛みに少しよろけたのか、踏み込みは弱く、奴の目の横に浅い切り込みを入れただけだった。するとどういう訳か、私たち三人も、奴と同じ箇所に同じ傷を負った。頬に差し掛かる辺りまでぴっと切れて、血がはじける。


イタ!なにこれ、どういうこと……?」

『やれやれ……禿げ達磨はさっきからせっかちだの。話は最後まで聞くものだ…』

「誰が禿げだって!?あぁん!?」

『わしの朿を一本でも受けた生き物は、以後生涯、わしと・・・痛覚と・・・傷を・・共有・・する・・のだ!逆に、貴様らの痛覚と傷はわしには共有されんがの…くっくっ……先日、肥満のくせに俊敏な男が朿を受けてから逃げ果せたが……過去に逃した獲物はその一匹だけ……今頃、顔にできた傷におびえておるかもしれんのう!』

「実にいやらしい能力だね。成程、醜い虚には似合いだ」

『吠えていろ!どうせ貴様らは死ぬことが決まったのだ……皮肉を言って己を慰めでもしないと絶望でどうにかなりそうなんだろう!なあ!アっハ!!』


 この虚は、これまでこの能力を使い多くの魂魄を喰らってきたのだろう。朿を受けてしまった後では、こちらは奴を殺せなくなってしまう。そんなことをしてはこちらも死ぬからだ。逃げるにしても手負いでは難しいし、逃げ切れたとしてもいつかこの虚が他の死神に斬られれば私たちも死ぬ。どう転んでも死ぬ。奴は朿一本さえ刺せれば、それらを悟り戦意喪失した獲物を喰らうことができるという寸法なのだろう。


「……普通なら打つ手なし、諦めるしかないって局面なんだろうけど。お生憎さま、僕たちは十一番隊なのさ」

「そうだぜ糞野郎。どうせ死ぬってんなら道連れに決まってんだろ」

「君。そういう訳で、僕らはあいつを斬るよ。心中する前に名を訊いておこうか。僕は綾瀬川弓親」

「そうだな。俺は斑目一角だ」

「楠山沙生です……って、待て!待って!」

「覚悟が決まんねぇか?女を巻き込むのは俺だって嫌だが、虚に喰われるのはもっとご免でな」

「すまないね。せめてすっぱり首を落とせると良いんだけど」

『なんだ貴様ら……!絶望しろ!!恐怖しろ!!頭おかしいぞ!!』


 虚の方がまだ真面まともなことを言っている気さえしてきた。この二人、いくら何でも潔すぎやしないか。十一番隊がどんな隊なのかは知っていたが、よりにもよって。まだ何か、何か。何か手があるかもしれない。試し尽くしてどうにもならなかったら、私だって心中してやるが!


(それは我も、ただ喰われるしかないならばそうする……が、)


 頭の中でハクの声が微かに響いた。精神世界に引き込まれたときとも違う。見えているのは現実の世界、死神二人が虚に向かっていく後ろ姿。ハクの姿はなく、具象化している訳でもない。内から呼び掛けているのだと思われる。私は、どうしたら――(どうすれば――)


(そう、声は発さずに良い。そうして考えることで語れ)

(これでいい?何か手はある?ここで死ぬ訳にいかないの)

(まずはあいつらを止めろ、話はそれからだ。試す前に心中する破目になるぞ)

「止まれ!止まれってば!!」


 聞く耳持たず。こうなったら力ずくである。このときは左足の甲に朿が深々と刺さっていることも忘れて、今自分に出せる最大限で土を蹴った。自分の身体を守るための無意識のかせも外れたせいで、たぶん筋が幾らか切れたが、それでも走るのはやめない。これが火事場の馬鹿力。
「止まれって――」
 綾瀬川弓親の襟を左手でふん掴む。必然的に彼の首が締まる。
「言ってんだよ!!!」
 斑目一角の顔を右手拳でぶん殴る。勢いよく飛んで木に衝突。
「「「ッで!!!」」」
 三人揃って首が締まり、顎が軋み、背中が反った。くそ痛い。


『…貴様らほどイカレたやつは前代未聞だの……複数の獲物を捕まえたときは、じっくり味わうために一匹ずつ“共有”を解くようにしていたでな。おかげで、わし抜きの朿を刺した生き物同士だけでも痛覚と傷を共有すると初めて知ったわ……』

「放してくれ!」
「何すんだコラァ!」

「黙れ!動くな!うまくいってもいかなくても私がやる!!」

(手荒いな……)


 しかしこうでもしなければ今頃とっくにお陀仏していた。虚は消滅して跡形もなくなるのだから、そうすれば残るのは首をすっぱりされた死神二人と女一人の死体がごろり。凄惨せいさんすぎて見つけた人が可哀想だ。
 漸く試す価値のある手を持っていると分かってくれたのか、二人はもう勝手に突撃していく様子はない。


『ほう?小娘、貴様ひとりでか?わしも活きの良過ぎる獲物に噛まれたくはないゆえ、本気でゆく……じきにまた舌も生える。今度こそ穴だらけにしてくれようぞ!』

(沙生、現世で手から白焔を出して戦ったろう。あれなら可能性がある)

(今の私にもできるの?始解だって習得してないのに)

(“隠れる力”と“燃やす力”は斬魄刀としての我の力ではない。我の魂が元より持っていた神力であり、それを引き出すのはお前の魂が元より持つ力だ)


 元より持つ力というのが何のことだか分からないが、考えている暇はない。あのときの感覚と感情をなぞって白焔が出せるかこころみると、ぼっと音を立てて焔が現れ、両の手首から先を包んで燃え盛る。


(『ハクエン』――白鳶、または白焔。「白鳶」として神力を持つ我の左翼が司りし“燃やす力”は、文字すら異なれど同じ読みである「白焔」が言霊となって意味と力を及ぼしたもの。その焔はお前の意志で燃やす対象をしぼれる。現に、その手は熱くないだろう)

(そうだけど――痛覚と傷を共有するっていう虚の能力を破れるかどうか)

(言葉の綾と言われればそれまでだが、奴の能力は完全に『同化』するものではなく『共有』と言った。そこに希望がある。まだける余地があるやもしれぬ)

(別けてあいつだけを燃やして、私たちは燃やさないように……対象を絞ればいいのね)

(極めて近くにあるせいで別けるのは難しい。のりで一枚に張り合わせた和紙を剥がし、また二枚に戻すようなものだ)


 無茶言うなぁ。でも、やるしかない。つまり、所々剥がすのに失敗して諸共燃やしてしまっても、できる限り綺麗に別けられていれば奴だけが死に、私たちは重症で済むかもしれないという話か。


「弓親、一角!燃やすけど堪えて!背水の陣で!」


 ただしこの場合、生き残ったあと川に落ちれば勝利だ。火傷を放っておくと死んでしまうから。

 虚はまた最初のようにごろんどかんと回転し出した。何かされる前にき潰してしまおうという魂胆だろう。あの回転には剣などの直接攻撃武器や体術で太刀打ちするのは至難の業だが、遠距離攻撃ならばあまり関係ない。鬼道を使える者が一人でもいればここまで苦しまずに済んだかもしれないが、それはないものねだりというやつだ。
 しかし今の私には白焔がある。ええい、ここまで追い詰められれば一か八か!別けられなかったとしても根競べで勝てれば奴が先に焼けて死ぬ!


「燃えろ!!」


 斬魄刀に白焔を纏わせ、それを一閃するように振り抜いて焔を飛ばした。素手を振って飛ばすよりも勢いが付けられると思ったからだ。思惑どおり目にも留まらぬ速さで飛んだ焔は、見事に命中して燃え広がっていく……と同時に、私たち三人の体の所々も轟々と焔に焼かれるような熱を持ち、火傷を負っていく。やはり簡単ではない。だが覚悟していたほどではないから、半分くらいは綺麗に和紙を剥がせているということか。


『ひぃ、熱い!熱い!やめろ!わしを燃やせば、貴様らも燃え死ぬのだぞ!!』

「ぐっ、続けろ沙生!何だか分からねぇがやっちまえ!!」

「はぁ、はっ……沙生!僕らは堪えられる!もっと燃やしたっていい!」

『本当にイカレてやが…あ……あ゛つ゛い゛よ゛お゛お゛お゛ぉ゛!!!!』

「さっさと……、くたばれ!」


 更にもう一振り、焔を叩きつける。苛烈に、それでいて慎重に。絞り、奴だけを燃やす。摩擦で焔を消そうとでもしているのか、燃えながらも激しく転げ回っている。それでも、木々にも草にも燃え移らない。私がそうはさせない。
 遂に声も上げなくなった虚は、黒焦げになって消滅した。


「……っ、やった……」


 もう足に力が入らない。というか、とっくの昔に私の体は立っていられるような状態では無くなっていたのだから当然だ。寧ろどうやって今まで立っていたのか。虚を倒して安心してしまった今では、再び火事場の馬鹿力など出せるはずもなく――


「お、おい!沙生!」
「沙生!」


 二人の私を呼ぶ声が聞こえた直後、私は初めて意識を失うという経験をした。


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