取材の極意その一、外堀から埋めろ!


 十二月の異称、『師走しはす』の語源をご存知だろうか。
 言葉というのは、その発音や意味と共に文字として書き留めなければ後世に残らない。口伝だけでは不十分だ。人の記憶というのは存外あてにならないし、話し言葉は時代と共に日々変化していく。その時を生きた者が本を書くなり辞書を編纂するなり、手間を費やす必要がある。これを「面倒だ」と怠ると、後世に生きる者は『注:諸説あります』と付けるしかなくなってしまうのである。


***


「『師走の候、皆様におかれましてはますますご清祥のことと心よりお喜び申し上げ』……ああーっ、もう!なぁにがお喜びだ、あなたもわたしも忙しくて天手古舞!お互い大変ですよね〜!って正直に書けよ!師も走り回るほど誰もが多忙なこの季節に何だこの挨拶!?かくいうボクも似たような挨拶しか思い浮かばないけど!あぁ〜文才が欲〜し〜い〜!!」

甘竹あまたけさんが疲れてまたおかしくなってる……」

「先月やっと乗り切ったと思ったらもう今月も締め切り間近だからなぁ。時間ってどうして経つんだろう……あれ、オレ今日で徹夜何日目だっけ……」

「あんた、徹夜だけならまだしも飯も食い忘れてねぇか?霊圧消えかかってんぞ?死ぬぞ?」


 九番隊舎、瀞霊廷通信編集室。
 現在瀞霊廷の死神の中で最も忙殺されているのは、間違いなく彼らであろう。今からおよそ半年前に起こった魂魄消失事件では、ここ九番隊の隊長であった六車拳西をはじめ、連載をもっていた隊長格が九人も行方不明になった。平時でも十分忙しかったというのに、調査に駆り出された席官が死亡し戦力は減ったわ、失われた頁数は半端じゃないわで、泣きっ面に蜂どころの騒ぎではなかった。上司の死を悼んだり行方を案じたりする暇すら与えられず、彼らの地獄は続いている。


「はぁ〜頭いたい……ボク、ちょっと外に取材しに行ってきます!」

「え?ネタ切れだ〜って言ってたのにアテあったんですか?」

「訊いてやるな、いつものぶらり突撃だ」


 同僚のそんなやり取りを聞いているのかいないのか、編集部古参の九番隊平隊士甘竹あまたけ梓弦しづるは、ペンと手帳だけを持って編集室から出ていった。


(ネタ……ネタ落ちてないかな……『次期新隊長候補特集』は東仙五席たちがやってくれてるから、数頁で良いから面白い何か、ボクは何か他の……)


 来月、一月号の瀞霊廷通信に掲載する記事のために頭を捻る。休載せざるを得なくなった隊長格たちの連載頁の穴埋めができれば、内容は何でもいい。インタビューでも、人気観光スポットでも、流行ファッションでも……最後の手段として、根も葉もないゴシップに走るのも吝かではない。


「うぅ、思い浮かばない!考えても駄目なときは……ていうか寒っ」


 当たり前だ。十二月に襟巻の一つもせず外をほっつき歩いて、自業自得にも程がある。甘竹は自分の腕を抱き込むようにさすり、ぶるりと体を震わせた。そのとき、仄かに甘い良い匂いが何処からか漂ってきた。鼻を利かせて探ってみると、通りの少し向こうに「甘味」の旗が立っているのを見留める。


「……とりあえず体あっためようっと。お汁粉!」


――――――


「あちゃーっ、そういえばボクってばお財布忘れてきちゃったな〜」

「……私の顔を見ながら言うな!」


 甘味屋の先客――四番隊第四席の伊江村八十千和は、熱々のお汁粉を今まさに口にしようとしていたところだった。怒鳴った反動で匙から小豆がぽろりと落ちる。


「やぁやぁ伊江村、奇遇だねぇ。平日昼間からお汁粉とは羨ましいなぁ」

「……週末、一杯奢ってくれるなら考えてやらんでもないぞ」

「やったぁ奢っちゃう、でもお汁粉と同じ値段までね。あ、すみませーん!お汁粉一杯!」


 甘竹は遠慮なく伊江村の向かいの席に腰かけ、ウキウキと注文した。伊江村はもうどうでもよくなった風に小さく溜息を吐きつつ、ゆっくりと匙を口に運ぶ。
 甘竹と伊江村は、死神統学院時代の同期である。短めに切り揃えた癖毛がいつもどこかしら外はねしているのが彼女の特徴だが、今日はいつも以上にあちこちぴょんぴょこはね放題であった。また締め切りに追われているのだろう――腐れ縁とはいえ、長い付き合いだ。見れば分かる。


「どう?ここの美味しい?」

「ああ、旨いぞ。良い小豆を使っている」

「良いね、そうだろうねぇ。何を隠そう、ボクは小豆の匂いにつられて来ちゃたのです」

「何が隠そうだ。お前は疲れると余計に口調がおかしくなる」


 コトリ、と甘竹の前に湯呑と椀が置かれた。看板娘は「どうぞごゆっくり」と言い残し、また店の奥へと戻っていく。どう見ても色々な意味でデコボコな二人、見掛けて「好い仲だろう」と考える者は少ない。しかし、そこそこいい歳こいた男女が気兼ねなさげに一緒に甘味をつつく姿は、傍から見れば存外、微笑ましいものである。


「わーい、いただきまーす!……ほげぁ、美味しい!」

「ほげぁとはまた斬新な鳴き声だな」

「あったまるなぁ。それに糖分補給は大切だ……うむ、むぐ。そんでだね、」

「ネタならないぞ。毎度私に訊いてくるな」

「ええっ、そんな薄情な!詰所で常に聞き耳立ててる歩く盗聴器伊江村号のくせに!」

「甘竹貴様、人聞きの悪いことを言うんじゃない」


 実際、これまで彼からネタを提供してもらったことは何度かあった。四番隊所属の死神は総じて情報通になる傾向がある。綜合救護詰所に居れば事件や事故について一早く知ることになるし、他隊から押し付けられた雑用をこなしていると自然とあちこちで噂話を耳にするからだ。


「偶には私でなく他のやつらにも当たってみたらどうだ?飲みかなんかで同期を集めれば、一つくらいネタにありつけるかもしれんぞ」

「伊江村が知らないネタを知ってるような同期なんているっけ」

「……逆藤さかふじ西五辻にしいつつじには、暫く会っていないんじゃないか?」

「……それ本気で言ってる?流石のボクでもそこまで空気読めなくないよ!あいつら、尾焼津おやいづも含めてもう何年も仲ガッタガタじゃんか!一堂に会して何するってのさ、ボク行司なんてできないからね」

「相撲が始まる前提なんだな……」


 いま名前の挙がった三人は、甘竹と伊江村と同じ年に護廷十三隊に入隊している。だが、正確に言うと同期ではない。普通に六年かけて死神統学院を卒業した二人は1930期生。対して、此処にいない三人は揃って少し飛び級した経緯をもつ1932期生である。同じ特進学級で共に学院生活を送るようになったのは四回生の頃からで、当時五人は性格も得意科目も何一つ同じ所がなかったが、仲は良かった。卒業して所属した隊は見事にばらばら。それでも懇ろに付き合いを続けていたし、よく夢を語り合ったりもしていた。
 その関係が拗れたのはさて、いつからだったか。甘竹と伊江村が彼ら三人の亀裂に気付いた時には、最早どうにもならないところまで来てしまっていた。誰が悪かったのか。誰も悪くなかったかもしれない。人の悪意に不幸な事故、嫌な偶然が幾つも積み重なった結果だった。


「あいつら同士でもずっと顔合わせてないだろうに、うっかり集めちゃったら絶対に側杖くらうもんね。やだやだ、却下だよ。それより、他に誰か面白いお話が聞けそうなおススメの人いない?」

「私にはお前が期待するようなきらびやかな知人はいない。百も承知だろう」

「それこそ承知したうえで言ってるんだって。あんね、来月は『次期新隊長候補特集』が目玉だから、ボクは敢えて地味な人のインタビューを巻末に載せたら対比になって面白いんじゃないかな〜とか思ってんの。まぁ、いま思いついたんだけど」

「何を言うかと思えば失礼な企画を思いついても〜まったく…………あ」

「なになに?何か心当たりがあったかい!?」


 甘竹はちょうど空になった椀に匙を投げ入れ、ずいと身を乗り出して食いついてきた。伊江村はつい口から出てしまった「あ」を撤回したかったが、もう遅い。こうなった彼女は叩いても引っ張っても話すまで離れないくっつき虫と化す。……叩いたことも引っ張ったこともないが。


「いや、その、地味というのは語弊になる。彼は控え目で質実剛健なのだ」

「ほうほう男の人か。で?それは誰だい?」

「……十三番隊の見坊謙知殿。彼は隠れた実力者だ。平隊士であるのが不思議なほどに」

「ふむふむ。伊江村は何処でどうしてその人を知った?」

「統学院の先輩だぞ。お前も世話になったことがあったはずだが?」

「はぇ?そうなの?」

「…………。」

「…………いやいやでもまぁ、地味で隠れた実力者というならまさに運命!ボクが取材したいと思う人物像ぴったり!」

「コラコラ何を仰い、地味は違うと言っている」


 聞く耳持たず。甘竹のやる気は鰻登りだ。熱が入ると少々周りが見えなくなるのは、彼女の悪い癖である。


「ありがとね伊江村、さっそく取材いってくる!お汁粉ごちそうさま!」

「懲りずに突撃取材か。呉々も人様に迷惑かけるんじゃないよマ〜ホント」


――――――


【見坊謙知さんってどんな人ですか?】

「見た目通りの人だ!心が広くて、博識で、落ち着いていて……え?どんな見た目かって?お前さんそんなことも知らずに訊いて回ってんのか?まァ仕方ねぇ、教えてやろう!背が高くてあとはアー……一言で言うと坊さんだな。頭はきれいに剃ってて、糸目で、体格は太くも細くも……いや、結構良い体してるな、あの人は」


【見坊謙知さんってどんな人ですか?】

「見た目通りの人よ!優しくて、物知りで、大人しくて……え?言ってることがさっきの人と殆ど同じだって?誰に訊いてきたの?……はぁ!?小椿!?今度くるときは絶っ対に私のとこに先に来てちょうだい!分かった!?……ええ、それならいいわ!ていうか、そもそもあの猿に取材なんてしなくていーのいーの!」


【見坊謙知さんってどんな人ですか?】

「そうね……十三番隊の中でも割と古株なほうよ。浮竹隊長からの信頼も厚くて、仕事以外のことも色々と任されているって聞くわ。あっ、そうそう、それからね、彼はとてもお料理上手なの。私もよく献立の相談に乗ってもらっているわ。お互い作った料理をお裾分けしたりもするんだけど、夫がとても褒めてくれた料理が見坊さんのだった、なんてこともあって……フフ、ごめんなさい。思い出し笑いしちゃったわ」


【見坊謙知さんってどんな人ですか?】

「見坊についての取材?そりゃまた奇特なこって。あぁ、隠れた実力者ってのはその通りだぜ。隊長も昔は見坊を副隊長にしたがってたそうだしな。でも悉く着任拒否され続けて、そんで俺にお鉢が回ってきたってわけだ。自分だって副隊長にならなかったくせに、隊長と一緒になって何度も俺を説得してきて……へへ、折れちまったんだよなぁ。説得で見坊の右に出るやつはいないんじゃないか?」


【見坊謙知さんってどんな人ですか?】

「真面目でおおらかで、気風きっぷがいいやつさ。俺は体が弱いせいで、仕事に顔を出せない日が続くこともあるんだが……見坊が隊の隅々まで気を配ってくれるから助かっているよ。まさしく十三番隊の縁の下の力持ちさ」


 相槌を打ちながら、手帳にペンを走らせる。これで見坊が所属する十三番隊のめぼしい人への取材はおおかた終えたと言っていいだろう。兎角、彼は人望の厚い人物らしい。彼のことを話す人の表情は朗らかだったし、誰の口からも愚痴や非難は出てこなかった。


「ところで甘竹、見坊本人にはもう取材できたのか?」

「いえ、まだです。でも浮竹隊長、ご本人は最後にとっておくものですよ!『既にあなたの周りの人には取材してきました』って言うと断られにくいですし、『皆さんからこう言われてましたけど、どう思いますか?』って訊くと面白くなるんです!」

「えっ、今のみんな見坊に伝えるのか?ちょ、ちょっと恥ず――」

「じゃ、編集部に戻ってそれから他の人にも取材してみます!ありがとうございました!」


 甘竹は座布団からシュバッと立ち上がり、鼻歌なんて歌いながら意気揚々と雨乾堂を後にした。浮竹は呆気に取られて数秒固まった後、人差し指で頬を掻いて苦笑する。


「まだ落ち込んでいるんじゃないかと心配していたんだが――うん、杞憂だったようだな。何よりだ」


――――――


「ぅわー!!っぶ」


 甘竹が風を切って瀞霊廷通信編集室に駆け込むと、ちょうど出て行くところだった死神が目前に現れ、思いっきり衝突してしまった。幸い身長差があって相手の胸にぼふりと飛び込む恰好になり、何とか珍劇は避けられた。それにしても、勢いよく突っ込んだというのに相手はビクともしなかった。よほど体幹の良い人なのだろう――ぶつけた鼻をさすりつつ顔を上げると、そこに立つは五番隊副隊長の藍染であった。


「大丈夫かい?相変わらず慌てん坊だね」

「わっ、藍染副隊長!?ごごごめんなさい!」

「甘竹!だからいつも建物の中を全速力で走るなとあれほど……申し訳ありません藍染副隊長、部下がとんだご無礼を」


 午前中は此処にいなかった東仙が戻って来ていたらしい。というか、今この編集室にいるのは東仙と藍染、そして甘竹だけだった。恐らくは、東仙が過労で今にも霊子に還りそうだった部下たちを見兼ねて寮に帰らせたのだろう。
 東仙は慌てて椅子から立ち上がり、藍染に頭を下げて謝罪した。しかし藍染は全く怒っていない様子で、手でそれを制し、柔和に微笑みながら言う。


「いいんだ、僕もぼうっとしていたしね。甘竹くん、怪我はしなかったかい?」

「はい、大丈夫です!」

「それなら良かった。じゃあ、僕はこれで――」

「あっ、お待ちを!もし宜しければ少々お時間頂戴させてください」

「特に急ぎの用もないし構わないよ。何かな?」


 藍染がそう返事をした途端に目を輝かせ、素早く懐から手帳とペンを取り出す甘竹。己が部下の面の皮の厚さに、東仙は頭を抱えた。


「実は、十三番隊の見坊謙知さんについて皆さんに取材して回っている所でして。藍染副隊長は彼をご存知ですか?」

「ああ、知っているよ。今度は見坊くんの記事を書く予定なのかい?目の付け所が良いね」

「友人に薦めてもらったんですよ。で、彼は隠れた実力者とも言われているそうですが、藍染副隊長から見てもやはりそう思われますか?」

「僕が彼の戦うところを目にしたのは、もうずっと昔だけれど……彼の強さは少し特殊なんだ。知能が低く力押ししてくるような相手より、知能が高く言葉の通じる相手に対して真に力を発揮する。彼のその実力を知る者は、いつからか彼を“言霊を繰る死神”と呼ぶようにもなったくらいだ」

「へぇ〜そんな二つ名みたいなものまで!ますます謎……あの、もっと詳しくお聞かせくださいますか?」

「そうだね……でも、この話は僕よりも西五辻くんの方が詳しいんじゃないかな。西五辻くんのことは知っているかい?今は確か二番隊の……五席だったかな」

「……はい、知ってますよ」


 甘竹は手帳に目を落としたまま静かな声で答えた。彼女にとっては、もうずっと会っていない同期三人の内の一人である。先ほど伊江村にも言ったように、集まればきっとろくなことにならないだろうが――彼一人に、個別に会う分には問題ないだろう――甘竹はそう考えて腹を決めた。しかし、取材の名目で久し振りに顔を合わせるとなるとやや気まずさがあるのは確かだ。
 東仙は、甘竹とその同期らが長らく距離を置いているという事情を知っている。だから部下の心中も何となく察したが、「それでも取材のためならまず行くだろう」とも理解していた。


「甘竹。二番隊へ行くのなら、序でに砕蜂三席に空いている日を訊いてきてくれ。彼女が二番隊新隊長に就くことが決まったそうだから、その取材をしに伺わなくてはならないからね……それと、何か連載をもって頂けないかどうかも打診してきて欲しい」

「はーいかしこまりましたよ!じゃあ、二月号は二番隊新隊長さん特集になりますね……副隊長や席官にも動きがあるでしょうし、それもちょっくら探ってきます!ではでは!」

「ああ、頼む。廊下を走らないようにも頼む」


 ギクリと肩を一跳ねさせて、甘竹は東仙の方を振り返る。さっそく走りだすために高く上げたももはゆっくりと下ろし、てへてへと誤魔化すように笑いながら歩いて編集室を出て行った。藍染はそんな彼女の背が見えなくなるまで見送り、東仙と二人きりになった編集室でゆっくりと口を開く。


「――甘竹くんは気丈だね。父親が魂魄消失してから半年、自分の心まで騙すように無理をして明るく振る舞っている。ふむ。彼女には悪いことをしたな」

「……彼女の父のことは、虚化実験の尊い犠牲として胸に刻んでおります。我らの崇高なる目的のためには必要なことでした。藍染様が気に病むことはございません」


 その言葉には、普段部下と話すときのような温かみは込められていなかった。感情のためには事を為さず、事のために感情を殺す。時に人らしさを何処かに置き忘れてくる人らしい部下を、藍染は心から推重し、また辟易した。


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