不器用な二人
隣を歩く彼、松野チョロ松との出会いはほんの数日前、帰りの電車内でのことだった。
酔っ払いに絡まれているところを助けてもらったというどこかで聞いたことのある話だけど、これは私の実体験。
震え声になりながらも懸命に私をかばってくれたチョロ松にあらためてお礼が言いたくて、電話番号を聞いていた私は今日この日、半ば強引に彼を外へと連れ出した。
「(とは言っても、どこに行こう〜! 無難なところ、無難なところ……)」
「お、お礼なんてやっぱり何か悪いな」
「気にしないで! 私の勝手だから!」
「とと、とりあえずどこか入ろうか。えーっと……」
二人でウンウン悩みながら街を歩く。はたから見ても奇妙に思えるかもしれないけど、私も、おそらく彼も真剣に悩んでいたんだ。どうすれば相手が喜ぶのかを、よく知らない相手に対して……。
「そうだ!」と思い付いたらしいチョロ松が手をぽんと打つ。
「スタバァに行こう。駅前の」
彼の提案どおりにスタバァに入ったものの、身近にありながら今まで入ったことのないおしゃれな印象のあるお店だった。
そういえばもっと近くにも店舗があった気がする。それをチョロ松に振ると、彼は笑って話を逸らしてしまった。何かあったんだろうか……。
カウンターで注文するチョロ松。ラテのトール? エスプレッソをどーのこーの、と横文字を並べている。スタバァ慣れしているのかな。
「ちょ、ちょっと噛んじゃったな……はは。次、小松菜ちゃんは?」
「私はよくわからないから、アイスコーヒーの一番小さいので」
心なしかチョロ松が少しショックを受けているように見えた。
二人で向かい合いの席に座る。
この前のお礼を伝えると、チョロ松は謙遜しながらも無事でよかったと言ってくれた。
こちらこそ、あの時チョロ松がいてくれてよかったと私は返し、チョロ松が気にしなくていいからと答える。会話がループしているのに気が付くと、話は途切れ、今度はどちらも口をつぐんでしまった。
せっかくの機会なのに、このままだと気まずい空気になってしまう。何か話し出さないと……。
「あ! えっと……今日はイイ天気、だね」
「そうだね! ……」
間が持たない。チョロ松も困ってる。どうしよう……。
「(そうだ。お見合いみたいになるけど) 何か趣味とかある?」
チョロ松の表情が光に照らされたみたいにぱあっと輝く。
「アイ……!! ……コ、コンサート、かな」
「コンサートって、どんなの?」
「クラシック、オーケストラ……」
「最近行ったのはいつ?」
「お、おととい……って、あれは違うか。うーん」
「好きな楽団は? オススメの楽曲とかある?」
「うっ……ごめん! ごめんなさい!! 見栄、張りました!」
ついにチョロ松は観念して、勢いよく頭を下げた。
よく見ると恥ずかしさからか頬を赤く染めていて、何だか悪いことをしたなぁと思った。真面目な人をあまり振り回すものじゃないな、と反省。
「変に取り繕わなくていいんだよ。実はおととい、アイドルのライブ会場に入るチョロ松見かけたし」
「えっ、見られてたの!?」
照れるチョロ松。
「それに熱くなれることがあるのって、きっと素敵なことだよ。夢やロマンがあるっていうか……」
「そう言ってもらえると助かるよ」
チョロ松は安堵した様子でこちらに微笑みを返してくる。
実際、建前などではなくそう思う。アイドルの応援に一生懸命な時の彼は、きっとどの時よりもいきいきとしているに違いない。
「あーあ、私も何か熱中できることとかあればなぁ」
「ないの?」
「うーん、特に」
「じゃ、じゃあさ……ぼぼ僕と」
視線を泳がせるチョロ松が、顔を再び紅潮させていく。
自分の心臓がドキドキと高鳴るのを感じた。
「僕と一緒に、アイドルライブ行きませんか!?」
「えっ」
思わず真顔になってしまった。
「ハッ! しまった! 本当はそうじゃなくて、だけど、えっと……!」
「ふふっ」
あわてふためくチョロ松がおかしくて、私は笑うのを堪えきれなかった。
私の笑う姿を見て、ああよかったと言った感じにチョロ松はほっと胸を撫で下ろしていた。
「うん、いいよ。行こう。アイドルのライブ」
「小松菜ちゃん……! うん!」
――数か月後、そこにはアイドルに深くハマり全身装備でペンライトを振る小松菜とチョロ松の姿があった。
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