暖房の音が響く小さな室内。薄暗い照明を見ながら、首筋にあたる息を感じた。安いホテルの一室で、涙が溢れてきそうな虚無感に必死に抗う。少し首を横に向ければ、小さく寝息をたてる涼太がぼやけた視界に映る。大学に進学して、バスケもやってはいるが、中高の時よりも本格的にモデルの仕事に励んでいるらしい。昨夜も突然呼び出されたから、おそらく何か嫌なことでもあったのだろう。涼太は基本的に落ち込んだりすることはそうそうないけれど、むしゃくしゃするからか、こうやってたまに相手をしてあげたりする。いや、本当は私の気持ちを知りながら、都合よく使っているんだ。この部屋の、このベッドで何度抱かれたことだろう。それでも抗えない自分に、嫌気がさす。

「ん…、名前?起きてたんスか?」

長い睫毛。寝ぼけ眼をこすりながら、もう片方の手で優しく私の髪を撫でていく。長くて綺麗な指。思わず見惚れていると、涼太は小さく笑った。

「な、なによ。」
「別に?」

髪を撫でていた手が、今度は頭に移動した。ああ、やっぱり涼太に頭を撫でられるのは好きだ。じわりと目頭が熱くなるのを感じた。違う、こんなはずじゃない。身体を上に移動させて涼太の頭と枕の間に無理矢理腕を差し込んだ。

「なに?どうしたんスか?」
「いいからいいから。」

もう片方の手も涼太のさらさらの髪に持っていき、抱え込むようにして抱きしめた。「も〜、なんなんスか」なんて言いながら、ちゃんと抱きしめ返してくれて、何も着けていない無防備な胸に顔をうずめてきた。「名前〜」なんて言っちゃって、可愛いやつめ。涼太からは見えないからって、思いっきり口元が緩んでいた。

「なんか、あった?」
「ん〜何が?」
「…昨日、突然だったから、さ。」

何かなくちゃ呼び出したらいけないのかと言ったら、そうではないのだけれど。でも、何かあったのなら、私が話を聞いてあげたい。少しでもいいから、涼太の支えになってあげたい。なんて馬鹿なこと。

「…何もないっスよ。」

そりゃ、そっか。私は涼太の彼女でもなんでもないんだし。はあ、と小さく息を吹き出し、しょうがないのだと言い聞かせる。涼太の髪を撫でながら、涼太に抱きつかれているこの時だけは、私のものだ。

「ただ、ちょっと疲れただけっス。」
「疲れちゃったの?」
「やっかみってやつ?新人のやつら、うざいんスよね。」

モデルの話か。涼太は日を重ねるごとに格好良くなって、モデルとしての人気も以前とは比べ物にならない。そりゃ、やっぱり何かしらあるのか。腕の中で涼太は小さくため息をついた。

「って、こんな話したくないんスけど!」

うずめていた顔を上げて、頬を膨らませてきたから、お決まりみたいにその頬を突いてあげたら彼は嫣然と笑った。何も考えていないようで、涼太も色々あるんだなあ、なんてとても失礼なことを考えたり。

「よしよし」

優しく頭を撫でてあげたら、涼太は何か言いたそうな顔をしながらも、黙って再び胸に顔をうずめてきた。そんなに疲れているのなら、少しはこれで癒されてくれたらな。ただの抱かれるだけの女にはなりたくない。そんなことを考えていると、私の背中に回している涼太の腕の力が少し強まった。「ぎゅ〜」なんて言いながら。いつまで都合よく使われるのかは分からないけれど。捨てられるくらいなら、このままでいたい。

「…オレ、名前がいてくれて、よかったっス。本当に。」

彼の髪を撫でる手が止まってしまった。え、って返答もできなくなるくらい。息をするのも忘れてしまいそうな程の威力。涼太はそんなことをあっさり言ってのけるけど。長くこの関係を続けてきたが、こんなことを言われたのは初めてだった。何度もやめようと思ったこともあって、でもやめられなくて。隣じゃなくてもいいから、ただ涼太のそばにって。

「ありがとう。」

その一言で十分なんだ。涼太の私に対する気持ちがなかったとしても、何人もいる遊び相手の中の一人だったとしても、これから先この関係が何も変わらないのだとしても。

そうして私は堕ちていく。この罠に陥ったまま、この部屋で、この407号室で、いつまでも。