今年度の授業が始まる。クリーニングしたての真っ白な制服のワイシャツに腕を通し、寮指定のネクタイを締める。袖と裾にグリフィンドールのカラーであるオレンジと赤のラインが施されたグレーのセーターを羽織り、前でボタンを留める。三年目にもなると、だいぶ慣れたものだ。まだワクワクしながら制服を着ていた頃を少し懐かしく思いながら、朝食を取るために物置部屋から出ようと、座っていたベッドから立ち上がる。そこで視界の隅っこに映り込んだのが、綺麗に畳まれたマフラーだ。私が持っているものと、同じ。昨晩、なぜか受け取ってしまったジョージ・ウィーズリーのマフラー。もちろん身に付けてはいないけれど、早めに返しておきたい。他人に借りがある状態なんて、気持ち悪さこの上ない。けれど、彼に面と向かうのが、怖い。誰かの目を見るのが、心底怖いよ。圧倒されて受け取ってしまったことを後悔しながら、彼に返そうと思い冷たいマフラーに伸ばした手を、そっと引っ込めた。

起床が早くなったのは、誰にも会わずに朝食に向かえるから。談話室に下りると、いつもと変わらず誰の姿もなく、静まり返っていた。聴こえるのはパチパチと部屋の隅で燃える暖炉と、柱に掛けられた時計の針の音だけだ。カーテンから射し込む朝の日差しを眩しく感じながら、ほとんど首無しニックと朝の挨拶を交わし、談話室を出た。

私のように距離を置かれている人や、昼間は一緒に過ごせないカップルたちしかいない、閑散とした大広間。普段は生徒の話し声で溢れ返るグリフィンドールのテーブルも、端に座る私と、少し離れた場所に座る上級生の姿しかない。朝食の時間は一人でいられるから、気が楽だ。昔の友人やスリザリンの陰険女たちと顔を合わせずに済む。さて、問題はマフラーだ。いつ、どうやって返そう。できれば言葉を交わしたくないし、できれば会いたくもない。部屋で持ち主の元へ帰りたがっているであろうマフラーの存在を考え、憂鬱になりながら取り皿に取った味気ないオートミールの山にスプーンを刺し込んだ。

「やあ、ラミ。」

突然視界に現れた、赤毛の男。何の気構えもしていなかった隙だらけの状態で声を掛けられ、口に含んでいたオートミールが本来進むべき道とは違う道に入ろうとしてしまった。ごほごほと咳き込み、器官に入ろうとした欠片を救出する。目の前に座った彼は、「大丈夫かい?」なんて言いながら、かぼちゃジュースの入ったゴブレットを私の方に差し出してきた。

「昨日はよく眠れたかい?」

平静を取り戻し、向かい側に座った男を訝しく睨み付ける。いつも双子でいるうちの、片割れ。近くにはもう一人の姿はなかった。双子の区別はできないが、おそらくこれは、ジョージ・ウィーズリー。昨晩の文句でも言いに来たのか。私が口を噤んでいると、自分から話を持ち出してきたくせに、大して興味もなさげに大皿のベーコンを指で摘まんで口に運んだ。なんだか腹が立ち、マフラーをその顔に投げつけてやりたくなった。イライラを落ち着かせながら、取り皿に残っていたオートミールをスプーンに載せる。なぜ、いつまでもそこに居座るのだ。大広間は少しずつ人が増えてきて、周りから視線を感じる。放っといてよ、一人にさせて。早くこの場から去りたい。次々と口に運んで咀嚼を続けると、ジョージ・ウィーズリーは自らの眉間を指差して、「眉間に皺寄ってるよ?」と笑った。

「いい加減にして、ジョージ・ウィーズリー。気安く話し掛けないで。どっか行って。」
「驚いた!僕の名前、覚えてくれてたんだね。」

人の話を聞いていないのだろうか。その嬉しそうな顔面にパンチをお見舞いさせてやりたいところ、ぐっと我慢する。とにかく早く自室に戻ろうと、急いでオートミールの残りを口に放り込んだ。何が面白いのか、ジョージ・ウィーズリーは「そんなに慌てて食べたらまた咽ちゃうよ?」とニコニコしている。

「ところで君は占い学選択かい?」

今年度から新たに履修が可能となる選択科目。なぜそんなことを私に聞いてくるのか、甚だ理解はできないが。聞いてくるということは、彼は占い学を選択したのか。良かった、マグル学の方を選んでおいて。双子と同じ授業なんて、うるさくて集中もできない。二年間共に授業を受けてきて、直接の被害は被ってはいないとは言え、その惨劇には付き合いきれない。

「残念ね、マグル学よ。」

取り皿の中身を空にし、かぼちゃジュースで流し込む。そして彼を置いて立ち上がった。どうして急に話し掛けてきたのだろう。あのマフラーで私の心を開いたとでも思い上がっているのかしら。悪戯が生き甲斐の彼だ、きっと反応を見て面白がっているに決まっている。その証拠に、ちょうど大広間に入って来た双子の片割れとその友達がニヤリと口角を上げた。

「ジョージ、朝から相棒を置いてお姫様いじりか?」
「昨日の今日でハマったか?」

二人はそんなことを言いながら、こちらに向かって歩いてくる。カッと身体が熱くなるのを感じた。ほらね、やっぱり。こいつだって、他のやつらと変わらない。誰かが私に関われば、私が悪く言われる。その人にだって被害が及ぶかもしれない。一人でいることにはもう慣れている。放っといてくれて構わない。

「…二度と話し掛けないで。」

彼らがこちらに来る前に、向かいに座ったままのジョージ・ウィーズリーを見下ろした。鋭い眼光で睨みつけ、そして二人と入れ替わるようにして大広間の扉へと向かう。背後から名前を呼ばれたが気付かない振りをして、彼らとすれ違う際にも、面白がってか「やあ、スクヴィナス、おはよう。」と声を掛けられたが、それにも微塵の反応も示さなかった。ああ、馴れ馴れしい。朝から鬱屈になりながら、自室に戻るために大理石の階段を駆け上った。