彼女を初めてこの目で視認したのは、壇上で麗しくローブを翻して振り返る、その姿だった。今でも鮮明に覚えている。九月にしてはだいぶ冷え込んだ日。僕たちが無事ホグワーツ魔法魔術学校に入学し、相棒兼悪友であるフレッドと共にグリフィンドールへの組分けが済んだあと、パーシーが溜息を漏らすの横目に、当時監督生を務めていたチャーリーとハイタッチを交わす。そして僕らの悪戯の実験対象となりうる新入生たちに目をくれた時、彼女が壇上に上がったのだ。一気に大広間がどよめき、頭でっかちなパーシーですら息を飲んでいた。
「スクヴィナスだ。」
「あれが?すっげー美人!」
隣のテーブルから話し声が聴こえ、再び壇上に目を向ける。深く椅子に座り、頭に載せられた組分け帽子を不安そうに見上げている。魔法使いの由緒ある旧家スクヴィナス家。何でも魔法界一美しい家系と言われているようで、彼女の母親が魔法省で働いているのか、仕事で一言言葉を交わしたんだとデレデレしていた父さんの頬を母さんが思いっきり抓っている場面に遭遇したことがある。その日の夕飯は本当ならローストビーフだったところ急遽変更されて目玉焼きだけになってしまい僕らまでとばっちりを受けたから、そんな子供じみた理由からスクヴィナス家にはいい印象はなかった。
「あれだけ有名なんだ。きっと傲慢だぜ?スリザリンに決まってる。」
確かに。フレッドと顔を見合わせて笑っていると、組分け帽子が遮るように威厳のある声で僕らの寮の名前を叫んだ。途端に沸き起こる歓声。誰かがテーブルに手をついて立ち上がり、その振動を合図に僕らも上級生たちもみんな立ち上がった。
「まさか!」
「本当に?」
僕らの予想を超え、彼女は嬉しそうに壇を下りてグリフィンドールのテーブルに駆け寄ってくる。そして空いていたフレッドの隣に腰を下ろした。次の新入生の組分けに移っても、グリフィンドールの熱は冷めず、上級生たちに声を掛けられながら彼女は笑顔で対応していた。チャーリーからよく話は聞いていた『ダンブルドアの静まれ』をお見舞いされて、大広間には再び静寂が戻る。こりゃ次の生徒も可哀想なこった。上級生たちが注目する中で組分けが再開された。僕らは見向きもせずに、アイコンタクトを取ってから彼女の方に身体を向けた。
「僕はフレッド。」
「僕はジョージ。」
「…あなたたち、顔が同じだわ。」
隣で同じ顔の新入生が向かい合って座っていたら、誰だって驚きを隠せないだろう。双子であることを小声で説明し、ついでに頭でっかちのパーシーと我らが監督生兼クィディッチのキャプテン兼シーカーであるチャーリーを紹介する。
「たくさん兄弟がいるのね。」
「そうさ。僕は四男、ジョージが五男なんだ。」
「僕らは七人兄弟さ。ところで君の名前は?」
何に驚いたのか、少しだけ見開かれたその蒼い瞳に僕が映る。『その瞳には全ての男を魅了させる魔法が掛かっている』と言われ、宝石のようだと比喩される瞳はやっぱり綺麗だけど、ブロンドの髪は絹のように艶立ち、顔立ちだってあのビルが勝らないほど端正で、魔法界一美しいとはよく言ったものだよ。
「私はラミよ。よろしく。」
その時の笑顔を、僕は今でも覚えている。今でいう「きつさ」なんて微塵も感じられなかったのに。どうしてこうなったんだ、なんて思い出しただけで胸糞悪い。女子同士のことは難しいよな。僕には関係ないし、どうしようもないけど。
一年生のイースター休暇前。凍結した湖が解け始める頃、入学してから半年が経ち、同級生たちとの仲もだいぶ深まっていた。ルームメイトであるリーを悪戯仲間に引き摺りこんで、毎日フィルチから逃げ回って忙しい日々。そんな中でもスネイプからは大量の宿題を出され、フレッドやリーと談話室のテーブルを囲って羊皮紙を広げていると、暖炉の前のソファから啜り泣く声が聞こえてきた。
「彼女、絶対自分が一番人気だって思ってるわよ。」
泣いている女子も、慰めるように声を掛けた女子も、ラミのルームメイトだ。この二人はよくラミと行動を共にしていたはずだ。周りにも数人取り巻きがいる。一番人気だと発言したリーダー格の彼女の手にある一枚の羊皮紙が、暖炉の火に照らされていた。
「なあ、何?」
「さあ?リー、あれ見えるか?」
「えーっと、ラミ・スクヴィナスへ……、なんてこった、ありゃラブレターだ。」
前かがみになって彼女らに聞こえないように小声で言葉を交わし、情報を得る。暖炉側に座っていたリーが振り向いて、背後から羊皮紙を覗き込んでいる。そして正体を知ると弾かれたように勢い良く僕らの方に向き直った。フレッドが隣で「わお。」と感嘆の声を上げている。
「親友の好きな人にまで、手を出す?酷過ぎだわ!」
同級生の誰かが声を荒げた。つまりラミの親友が好きだった男が、その親友ではなくラミに好意を持ってしまったということか。なんとまあ陳腐な話だ。退屈な三角関係に溜息をもらしていると、フレッドが「なあ、誰からだ?」とリーに次の指示を出して面白がっていた。
「ちょっと待ってな。」
「ジョージ、誰からだと思う?」
「…そうだな、モンタギューだったら僕らの惚れ薬を一回五千ガリオンで貸し出してやろうぜ。フレッドはどう思う?」
「そうだな、ワリントンだったら『美女とナマケモノ』って題名でヤツの恋話をノンフィクション小説にして出版してやろうぜ。どっちもガリオン大儲けだ!」
予想をして楽しんでいると、リーが情報収集を終え、再びテーブルに戻ってきた。そしてニヤリと唇を吊り上げる。
「残念ながらそのどっちでもないな。ロジャー・デイビースだ。」
「なるほど。知性に溢れ、箒使いも手練れの男は、惚れる女も最高級と。」
フレッドが納得したように頷く。ロジャー・デイビースはレイブンクローの同級生で、飛行訓練の授業ではその卓越した飛行術に加え、割かし端正な顔立ちで群を抜いて目立っていた。箒に乗って飛びながら、家から持参したマグルのボールでキャッチボールを披露した僕らには劣るけどね。その後マダム・フーチに勝手なことをするなとこっぴどく叱られたけど。
「世界中の男が自分のものだと勘違いしてるんじゃないかしら。」
「それ、有り得るわね。ちょっと綺麗なだけなのに。」
「あの子、所詮周りは皆自分の引立て役、とか思ってるんじゃない?」
中央で俯いている女子の嗚咽に、意地汚い悪口が重なる。フレッドとリーはラブレターの差出人を突き止めて満足したのか、つまらなそうに頬杖をついてその場面を眺めている。僕も関係ないとは言え、気分が悪くなるからそういう話は談話室では控えてもらいたいものだ。宿題を進めていた手も完全に止まり、どうしたものかと溜息をついたとき、階段から伸びた影が視界の隅に映り込んだ。談話室から寝室に繋がる螺旋階段。そこにラミが呆然と立ち尽くしていた。暖炉の前の集団に視線を移すと、そこからラミが立っている場所は死角になっているようで、彼女たちは全く気付く様子はない。これはえぐい展開になりそうだ。二人にアイコンタクトでラミの存在を伝えると、同じことを考えたようで、げんなりしていた。
「ちょっと、うるさいわよ。よくそんな大きな声で人の悪口言えるわね。」
そこで声を上げたのが、小さなローテーブルを囲んで作業をしていたアンジェリーナだ。隣のアリシアも顔を上げ、集団を呆れた目で見つめている。フレッドが「ひゅう」と小さく口笛を吹いた。
「アンジェリーナ。あなたもどうせ思われてるわよ?引立て役って。」
「勝手に思ってればいいんじゃない?私でよければいつでもなるわよ。」
二度目の口笛を鳴らす。今度は少し大きめ。アンジェリーナにも聞こえたのか、一度こちらを見てから、再びテーブルの上の教科書に向かった。俯くアンジェリーナにアリシアがくすくすと笑いながら肘で突く。フレッドに称賛されて照れているのだろうか。そんな彼女の注意も虚しく、再び愚痴話に花を咲かせた。
「美人だとちやほやされていいわよね、本当。」
「…私も、ラミの引立て役には、なりたくない。」
「皆思ってるわよ。あなただけじゃない。元気出して!」
被害者面の彼女が、周りから励まされている。ちらりと階段の方を見ると、ラミは顔を俯かせて、身体の横で拳を握っていた。そして何かに決意したように、一度大きく深呼吸をして、階段を駆け上って行った。もう、見ていられないな。フレッドと目を合わせると、困ったように肩を竦めた。
「…新しいヌガーを考えよう。」
ラミが姿を消したのを視認して、僕は少し大きめの声で新しい案を出した。唐突な提案に、フレッドもリーも目を丸くし、女子たちも僕への注目を隠しきれていない。彼女たちがちゃんと聞いていることを確かめてから、言葉を続ける。
「そうだな、同級生の悪口しか言えない舌をナメクジに変えてやろうか。きっと談話室も静かになるだろう。それとも顔中に吹き出物を出してやろうか。嫉妬心に塗れた汚い心に相応しい顔が出来上がるだろう。どうだい、フレッド、リー?」
咄嗟に出てきた言葉をつらつらと並べると、談話室はシンと静まり返った。暖炉で薪が燃える音の中、リーは驚きのあまり僕を見て瞬きを繰り返し、フレッドは「ひゅ、ひゅう」と情けない口笛を鳴らした。それを合図に、暖炉の前で呆気に取られていた彼女たちも我に返って息を飲んだ。そのうちの一人なんか、想像したのか口元に手を添えて顔を真っ青にしている。僕らの悪戯は、入学から半年で絶大な信頼を得ているし、何よりフィルチのお墨付きだ。双子ならやりかねないぞ、と女子たちは逃げるように談話室から出て行った。
あれからもう一年半。彼女はずっと一人でいる。ふくろう小屋にいるのも、談話室で僕らが騒いでいたせいなんだろう。延々と続く階段を上りながら、少し反省する。忍びの地図によればフィルチもミセス・ノリスも北塔から一階の事務室に名前が移動しているだけで、他の変化は見られない。ラミの名前も先ほど同様、僕の行先に留まっている。まあ、一言挨拶をして用事を済ませてすぐに帰ればいいか。地図をパーカーのポケットにしまい、西塔最後の階段を上った。