「スクヴィーラだわ。」

くすくすと、笑い声が聞こえてきて我に返った。反射的に顔を上げると、廊下で虫のように集まっていたスリザリンの醜い女達が私に対する侮辱を全面に押し出した嫌な笑みを浮かべていた。スクヴィーラ。誰が発案者かは知らないけれど、よく考えたものだ。魅惑のヴィーラの血を継いでいる、怒ったら醜い半鳥人になるわなんて有りもしない噂をでっち上げられ、板についてしまった不名誉なニックネーム。初めこそ傷付いてはいたが、いつからか何も言い返さなくなってしまった。もしかしたら本当にヴィーラの血を継いでいるのかもしれないわ、なんて考える始末。それはともかくとして、人を蔑むことでしか自分を優位に立たせることができないなんて、呆れて物も言えないわ。早く一限のマグル学の教室へ行ってしまおう。無視して前を通り過ぎようとすると、お約束の如くローブを翻して立ちはだかる彼女たち。

「邪魔よ。」
「あら、そんな怖い顔しちゃって。綺麗なお顔が台無しよ?」

睨み付けると、中央にいたリーダー格の女が大袈裟に自分の頬を両手で包み込みながら、高い声を上げた。何が気に食わないのだか、孤立したところでやっかみは絶えない。絡まれている私を見て、他寮の生徒たちがコソコソ言いながら通り過ぎていく。今はもう誰も味方はいないんだから、強くならないと。囲まれているところ、回避すべく片足を一歩後ろへ下げた。

「ラミ!」

そのとき、背後から誰かが私の名を呼ぶ声が聞こえた。名前を呼ばれることなんて、滅多にないことだ。驚いて後ろを振り返ると、廊下の向こうから親しげに片手を上げながら歩いてくるウィーズリーの姿があった。今度は双子プラス1の三人組勢揃いで。さきほど話し掛けるなと言ったばかりだし、他の二人に対しては無視を決め込んだばかりだ。何の後悔も反省の色も見えず、へらへらとした微笑みを浮かべている。双子だわ、何をされるか分かったもんじゃないと視界の外にいた一人の女が呟いた。すると彼女たちは彼らがこちらに辿り着く前に、慌てたように退散してしまった。

「やあ、スクヴィナス。」
「実は僕たちもマグル学選択なんだ。お供してもよろしいですか、姫?」

私をファミリーネームで呼んだ方が、きっとフレッド・ウィーズリーだ。何か気になることでもあるのか、私の足元をちらちら見ている。そして諦めが悪いと言うか執念深いと言うか、ただ馬鹿なだけなのか、胸に右手を当てながら楽しげにポーズを取ったのがジョージ・ウィーズリーだということだ。残りのリー・ジョーダンは「僕は関係ない」とでも言うかのように困ったように笑いながらわざとらしく肩を竦めた。なぜだろうか、彼らのこういう態度が非常に意に染まない。助けたと思い込んで舞い上がっているなら、今すぐそのふざけた顔面にパンチをお見舞いしてやりたいし、面白がっているだけなら心底放っておいてほしい。それでも、あいつらが逃げ帰ったのは、紛れも無く彼らの存在があったからだ。

「…あなたさっき占い学選択だって言ったじゃない。」

とは言え、御礼の一言も口には出してやらないけれど。意味もなく差し出された手をパシンと振り払う。すると彼は弾かれた手をもう片方の手でさすりながら「誰もそんなこと言ってないぜ?」ともっともなことを言ってのける。確かにね、占い学を選択したのかとは聞かれたが、ウィーズリーが選択しているとは聞いていない。鍋の中で煮える熱々の忘れ薬の如く、腹の中で沸々とイライラした感情が煮えたぎっているような気分だ。そうだわ、さっき言ったことをすぐ忘れてしまうなんて、朝食で誰かがウィーズリーのかぼちゃジュースに忘れ薬を混入させたに違いない。ついでに私の存在まで忘れてくれてよかったのに。

「二度と話し掛けないでって言ったでしょ。」

三人組の真ん中の、昨晩からなんだかしつこいジョージ・ウィーズリーを真っ直ぐに見据えて、忘れてしまった言葉をもう一度口にする。自信満々の表情が固まったのが分かった。どうしてかその表情を見ていられなくて、どうしてか胸が痛くて、咄嗟に背中を向けた。いいの、これでいいのよ。心を開けば付け上がるかもしれない。こんな小さな四六時中生徒が一緒にいるような環境で、そう何度も話し掛けられたら、有ること無いこと噂はすぐに広まるだろうし。そしたら私だけじゃない、彼だって、その友達だって悪く言われるのがオチだわ。彼らを置き去りにしたまま教室へ続く廊下を歩いた。

「だからやめておけば良かったのに。」

背後から、小さく咎めるような声が聞こえた。まるで双子の兄が弟を諌めるような。そうよ、やめておけばよかったのよ。無理に私に構う必要もない。どうせ私は外見だけの女、内にあるのは誰よりも褪せた汚い心。構うだけ時間の無駄よ。「だってさ」なんて煮え切らない返事。その続きを聞きたくなくて、私はぎゅっと目をつぶって歩くスピードを速めた。

「ハッフルパフの男の半分が一度はあの子を好きになった」だとか、「目を見るとヴィーラの毒気にやられるぞ」とか。噂は生まれては消え、消えては生まれる。今までだって色んな悪意を向けられた。一年生の頃なんて上級生たちから「あんたのせいで振られた」とか「彼を返して」とか私の責任の範疇を超えるようなことばかり言われて。でも友達がいたから、私は何もしていないって分かってくれる人が周りにいたから、何とかやってこれたのに。外見だけで簡単に男は心も態度も変える。それを見て女の友情も、簡単に打ち砕かれる。昔、仲の良かった友人たちを思い出しては胸がずきずきと痛む。楽しかったあの頃にはもう戻れない。力強く閉じた目の端から水滴が滲み出てきそうになったとき、それは身体への衝撃に伴って簡単にこぼれ落ちた。

「いっ…」
「あ、ご、ごめん」

身体の右側からの衝撃に、思わず尻もちをついてしまった。目を開けると眩しい朝日と共に、同じように床に倒れこんだハリー・ポッターの姿があった。どうやら廊下の岐路でぶつかってしまったようだ。「大丈夫かよ、ハリー」と赤毛のウィーズリーが声を掛けると、彼は「僕は大丈夫だけど」と言いながら慌てたように立ち上がって、すぐに私の傍らから手を差し伸ばしてくれた。明らかに私の前方注意の足りなさが原因だろうけれど、向こうも急いでいたのか、私が目を閉じていたことには気付いていない様子。

「…ありがと。でも大丈夫よ。」

ひ弱そうな細い手には縋らず自力で立ち上がると、同じ視線の高さに彼の目が来る。前髪の隙間から、走る稲妻の傷が視界に入った。ああ、そっか。彼は魔法界一の有名人。同じ好奇の目を向けられるけれど、私とは違う。何も言わずにじっと目を見つめ合っていると、隣に立っているウィーズリーの弟が不穏な空気と感じ取ったのか、「ハ、ハリー、もう行こうぜ」と弱々しく彼のローブを引っ張った。そうね、特に用事もないんだから、遅刻になる前に授業に向かわないと。そう思って立ち去ろうとした瞬間、ハリー・ポッターはウィーズリーの手を軽く振り払い、再び私に向き直った。

「あの、スクヴィナス。」

彼の呼び掛けに私よりも先にウィーズリーが「ハリー!?」と声を上げ驚きを見せた。そして「君、気は確か?あのスクヴィナスに話し掛けるなんて…」とでも言いたげな素直過ぎる視線を友人に向けていた。ああ、その様子だと、きっと素敵なお兄様方から私の話でも聞いているのでしょうね。それはそれは悪意に満ちたエピソードでも。

「えっと、僕たち道に迷っちゃって…。変身術の教室はどこか教えてくれる?」

その質問に私もウィーズリーも目を白黒させるばかりだ。予想もしていなかった言葉に動揺を隠せないでいると、ウィーズリーがハリー・ポッターの言動を咎め、そしてハリー・ポッターが「だってこのままじゃ遅刻しちゃうよ。マクゴナガルに怒られてもいいの?」とウィーズリーを納得させていた。いや、確かにそうなのかもしれないけれども。純粋に道を尋ねてきただけなのに、何を身構えていたのやら。自分のネガティブさと愚かさに気付かされ、小さく笑ってしまった。まだ入学したての新入生に敵意剥き出しだっただなんて、情けない。変に気構える必要なんて、なかったのかな。

「変身術の教室はこの廊下を真っ直ぐ行って、ガーゴイル像の階段を上って左へ曲がった先にあるわ。」

でも、きっとこの二人も人伝の話で私を上塗りして、外見で判断する。どうせ、そうに決まってる。二人は顔を見合わせ「これでマクゴナガルに怒られなくて済むな!」と嬉しそうに笑った。そして「ありがとう、スクヴィナス」と親しげに片手を挙げ、私が元来た廊下を駆けて行くその二つの背中を見送った。ハリー・ポッターは魔法界一有名で偉大な生き残った男の子。その肩書で友人を失わないといい。私のように、ならないといい。一方的な親近感で、勝手に彼の未来を案じた。その無邪気な笑顔を、絶やさないで欲しいと願う。

さあ私もそろそろ行かないと、本格的に遅刻になってしまうわ。廊下を真っ直ぐに駆けて行く彼らに背中を向けて、私も今度こそマグル学の教室に向かって走り出した。