今年度初の魔法薬学の授業。この授業はよく2人1組で調合実習になるから嫌い。余った女子が嫌々こちらに来るか、鼻の下を伸ばした下心丸出しの男と組むかの2つに1つだ。今日も今日とて、そのどちらかかと腹を括ったとき、空いていた隣の席が引かれた。

「隣いいかい?」

何を企んでいるのだろう、この男は。返事を聞く前からもう既に腰を落ち着かせている。この男、ジョージ・ウィーズリーは何が面白いんだか、にこにこと楽しげである。ここまで好意的に隣に座ってきた人は初めてで、咄嗟に顔を背けた。顔を俯かせて、垂れてきた髪で表情を隠す。

「……話し掛けないでって言ったはずよ…」

この間エロールを呼んであげたのがいけなかったのか。あれから日が経っても、こうして何度も何度も歩み寄られたら、私はその度拒絶しなければならない。どうしてか、声が弱々しくなってしまう。ひそひそと周りから声が聞こえてきて、少しだけ椅子の距離を離した。それに目敏く気付いたのか彼は、ふ、と小さく笑う声をもらす。私の意図することを全部見抜かれている気がして、身体中が熱くなった。

「まあまあ。余っちゃったからさ、僕と組んでよ。退屈はさせないぜ?」

今日は去年の復習と次回の予習を兼ねて膨らみ薬の調合だ。1つの鍋を2人で覗き込むなんて、この人とそんなこと出来ない。いや、ウィーズリーじゃなくてもしたくないけれど。それでもどうしてか、嫌々組む女子より、下心丸出しの男子より、幾分かマシかと思えた。これは完全に毒されている。ただ少し馴れ馴れしく話し掛けられただけじゃない、と言い聞かせたところで、安心している自分を否定はできなかった。

ジョージ・ウィーズリーとは昔から特に仲が良かった訳ではない。入学当初の組み分けの日に、一度挨拶を交わしたくらいか。大抵の人は私の名前を聞く前から、当たり前のようにファミリーネームで呼んでくる。このホグワーツであった様々な出会いも、そうだった。でもあの時、彼だってスクヴィナスという名前を知っていたはずなのに、名前を聞いてきたんだ。私はそれが嬉しくて、そんな些細なはずの記憶は今でも胸で温かい。それからというもの、彼は双子の兄と友達と悪戯に夢中で、一度だって話したりしなかった。それが何故、突然こういう状況に発展しているのか。慣れた手付きで材料を手元に寄せ、早速作業に取り掛かっているウィーズリーを横目に、解けない謎に悩まされる。

「…あなた、一体どういうつもりなの?」

ぽつりと呟くように吐いた問いに、ウィーズリーは顔を上げた。真意が伝わらなかったのか、ぱちぱちと瞬きを繰り返している。私はと言うと、そんな彼を真っ直ぐ見ることはできず、視線を机の上の鍋に落とした。不安を抱えながら答えを待っていると、少し考えた彼はそうだな、と口を開いた。

「強いて言うなら、ラミと友達になりたいかな。」

膝の上で強く強く握りしめた拳が、震えている。友達。ぎゅっと目を瞑ると、真っ暗な視界から次第に広がっていく、グリフィンドールの談話室。「親友の好きな人にまで、手を出す?」出してないわ。あっちが勝手に送り付けてきたものよ。「世界中の男が自分のものだと勘違いしてるんじゃないかしら。」そんなこと思ってないわよ。「所詮周りは皆自分の引立て役、とか思ってるんじゃない?」思ってるわけないじゃない。だって、友達だもの。友達、だったもの。

レイブンクローの、親友の好きだった人が送り付けてきたラブレター。最初の2枚は届いたその日に暖炉に放り込んだ。気の毒だとは思ったけれど、私自身は直接話したことはなかったし、何より親友の方が大事だと思ったから。応援していたから。見付かったのは、3枚目。もう送ってこないでと、彼のためにも会って直接手紙を返すために捨てなかったそれが、『トロールとのとろい旅』を借りるために勝手にチェストの引き出しを開けたルームメイトが原因で、それが彼女の目にも留まってしまった。捨てておかなかったことに何度も後悔をして、勝手にチェストを開けたことに何度も憤慨した。でも、結局は私が悪い。捨てなかったのも、きちんと断らなかったのも、引き出しに鍵を掛けておかなかったのも。それから、彼女を友達だと信じていたことも。こんなことで簡単に破綻して、こんなに傷付くのなら、私はもう二度と友達なんていらない。あの日、荷物をまとめて寝室から物置部屋に移った日、強くそう思ったはずだ。

だから。なのに。ぐるぐると得体の知れない感情が渦を巻く。目を開ければ、そこは談話室ではなく、魔法薬学の教室。鍋の中で液体がぐつぐつと煮えたぎっている。彼は何を言った?友達?冗談はやめてよ、私はまた繰り返すの?信じたら、また裏切られる。想像したら背中が凍り付いて、居ても立ってもいられなくなった。

「ラミ?」
「やめ、触らないで!」

震えた声と同時に、私は椅子から立ち上がった。心配してくれたのか、肩に触れようとした手を思い切り振り払う。気が動転している、という表現がぴったりかもしれない。バランスを崩して視界が揺れる。誰かが落としたまま放置していたのか、自分がニガヨモギを踏んだこと気付いたのは、隣の机の傾いた鍋の中身を左腕に浴びてからだった。

「大丈夫かい!?」

ガシャンガシャンと派手な音を立てたため、教室中の注目を集めてしまった。熱くて内側からジンジン痛む左腕を庇うように右手を添えていると、すぐにスネイプがやって来てぐちぐちと小言を言いながら応急処置の魔法をかけてくれた。ジョージ・ウィーズリーはうるさいくらいに大丈夫かいと声を掛けてくれたが、それはスネイプによって遮られていた。そしてマダム・ポンフリーのところへ行けと地下牢教室を追い出されてしまった。怪我人にその対応は冷たいだろうとは思ったけれど、実際もう痛みは引いていた。皮膚の表面がまだ少しぐちゃぐちゃしているだけだ。自分のものとは思えない腕を見ていられなくて、医務室へ急いだ。

▼ ▲ ▼

医務室を出る頃にはちょうど昼休みの時間になっていて、大広間へ続く廊下は生徒で賑わっていた。そんな中、待っていたと言わんばかりに、廊下の壁側に立っていたウィーズリーが生徒の合間を縫って駆け寄ってきた。そして大丈夫かい?と聞き飽きるほど聞いた言葉を再び口にする。そうしてまた、思い出す。スリザリンの陰険女子たちとのいざこざで負った小さな傷。本当に些細なもので、医務室に行けば一瞬で治るようなものだったのに、彼女は同じ場所で治療が終わるのを待っていてくれて、出てきた私に駆け寄ってきた。友達だったあの子、友達じゃないウィーズリー。どうして、そうやって私の心を掻き乱すようなことばかり。お願いだから、お願いだから放っておいて。もう、あんな思いをするのは、耐えられない。

「ウィーズリー。」
「なんだい?」

俯く私の顔を、彼は心配そうに覗き込んでくる。彼がどういう真意であんなことを言ったのか、私には理解しかねるけれど。それでも、こんな私なんかと、友達になりたいと思ってくれたこと、本当は感謝してる。

「お願いだから、私に構わないで…。」

それがからかっているだけだったとしても、面白がってただけだとしても、嬉しかった。でも、彼のためにも、私自身のためにも、心を開くことはできない。彼の顔を見ないように、背中を向けた。ここまで本気で言えば、きっと分かってくれるだろう。嫌われていると勘違いしてくれても、むしろ嫌われたって構わない。私は少なからず、彼に好意を抱いていたのだろうか。これで平和で静かで、何の面白みもない日常が戻ってくると思っても、ちっとも嬉しくなんて思えなかった。

「なぜだい?」

雑踏の中、背中越しに届いた声は私に向けられたものだろうか。ウィーズリーの、心底不思議そうな声。彼を置いて歩き出そうとした足が、魔法でもかけられたように動いてはくれない。大広間へ向かう生徒たちが私達のことを物珍しそうに見ながら通り過ぎていく。こんなところで、人の注目を浴びたくはないのに。なぜって?それは私のセリフよ。なぜ分かってくれないの。なぜそんなに私に構うの。なぜ一人にしてくれないの。気持ちが、爆発する。

「いい加減にして!」

無機質な石の廊下に鳴り響く。悲痛にまみれた声は自分のものではないみたいで、胸が痛んだ。私はこんなにも悲しげな声を発しているのか。こんなのまるで、助けてと叫んでいるようなものだ。どうか気付かないでと心で願う。

「私に話し掛けないで!」
「どうしてそんなに頑なに拒むのさ。」
「どうしてって、そんなの…」
「僕のことが嫌い?」
「なっ…」

違う、違う。そういうわけじゃない。なぜ拒むのかと聞かれたら、その明確な回答は示せない。嫌いなのかと聞かれたら、肯定はできない。必死に言葉を探して目を泳がせていると、ウィーズリーは背中を向けていた私の前に回り込んできて、再び向き合ってしまう。じっと真っ直ぐに目を見つめる彼に、私は柄にもなくたじろいでしまう。

「き、嫌いよ!嫌いなのよ、貴方のことが!」

言ってやったという思いと、言ってしまったという思い。そのどちらに重きを置かれているのかは、強く噛み締めた唇が示している。嫌いだと言えば、もう彼は私に近付かないだろう。けれどウィーズリーの反応は、そんな容易な予想をはるかに超えていた。何が面白いのか、ぷっと目の前で小さく吹き出した。

「君、びっくりするくらい嘘が下手だね。」
「嘘…?」
「ああ、下手だ。」

つまりは私が言ったことは嘘だと思っているということか。しかも2回も下手だと言われ負けず嫌いの私の胸に小さな闘志が芽生える。どこまで自信過剰なんだ。鬱陶しく思いながらも、どこか尊敬してしまう。彼はきっと、そういうところが生徒たちから評価されているんだろう。嘘じゃないと言ったところで、彼はちっとも信じてくれないことを、私は知っている。意地を張ってばかりの自分が馬鹿馬鹿しく思えて、くだらない言い合いに私も知らず知らずのうちに笑いがこぼれて始めていた。おかしいったらないわ。2人で顔を見合わせて笑ってしまい、なんだかとても救われた。