ラミに強く当たられるのが、嫌いじゃない。むしろ楽しんでいるのかもしれないなって思ったのは、彼女が苦しそうに唇を噛み締めたからだ。素直になれないだけなんだと知ったら、放っておけなくなった。構うな、話し掛けるなと言う割には、嫌そうな顔はしないし、その言葉に傷付いているのはきっと彼女自身だ。だから、苦しげに嫌いだと言われても、どうしてもそれが彼女の本気だとは思えなかった。
あの一瞬顔を見合わせて笑ったのは、夢だったのかもしれない。そう感じてしまうくらい瞬間で表情が切り替わって、彼女はまた誰も近付けさせないような、冷徹な瞳を作り上げていた。和んだはずの空気が一瞬でピシリと凍り付く。そして今までと何ら変わらず、「二度と話し掛けないで」と言い放ち立ち去ってしまった。状況の変化に思考が付いて行かず、しばらくその場で呆然と立ち尽くしていた。
どうしようか。どうすればラミの自分を守るために引いた一線を越えられるんだろう。僕は敵じゃないよ、なんて真っ向から行ったって、きっと突っ撥ね返される。まるで孤高の砦だ。その方が攻略のしがいがあるけどね。
「まだやってるのかい?」
自室のベッドで胡座をかき、腕を組んでウンウン唸ってると、一緒にどこかに行っていたのか、フレッドとリーが2人で戻って来た。
「どうしたらラミは心を開いてくれると思う?」
一番の疑問を素直にぶつけると、彼らはあんぐりと口を開けた。打ち合わせもしていないだろうに、2人してわざとらしいオーバーリアクション。そして何故か心配そうに慌ててベッドの傍らに駆け寄って来た。
「おいおい、どうしたよ兄弟!」
「本気で狙ってんのかよ?やめとけ、ジョージ!お前じゃ無理だ。」
失礼な奴だな。でも想像通りの反応に落胆もしたし、安心もした。こいつらが真面目に話を聞いてくれる訳もないしな。だから僕も、一瞬だけでもラミの笑顔を見たことは心の内に秘めておこう。首を振りながら自信満々に言い放ったリーの頭にチョップを食らわせ、2人の方に向き直った。
「別にそういうんじゃないよ。」
じゃあどういうんだ!とギャアギャア喚く2人を差し置き、ベッドから立ち上がった。腹も減ってきたことだし、大広間でも行こうかな。丁度こいつらも戻って来たことだしな。ベッドヘッドに掛けておいたセーターを被り、「ほら、飯行こうぜ」と背中を押して無理矢理部屋から出した。
談話室では夕食までの間に出された宿題を片付けてしまおうという真面目な奴らばかりで、小声で交わされる会話以外は暖炉の火が薪を割る音しか聴こえてこなかった。そんな中で見慣れた三人組が暖炉の前でテーブルを囲んでいるのを見掛け、まるで新しいオモチャを見付けたようにフレッドがそこに駆け寄った。
「よお、ロン。レポート代わりにやってやろうか?」
「1メートルにつき1ガリオンでな。」
一緒になってロンに絡みに行くと、邪魔をされたからか何とも嫌そうな顔をされた。それから隣のグレンジャーには「ロンにちょっかい出している暇があったら、自分のレポートやったら?」なんて正論を振りかざされた。そこで気を悪くしたのか、彼女は音を立てて本を閉じ、脇に抱えてそのまま自室へと戻ってしまった。「あーあ、機嫌損ねたー」なんて仕返しの如くロンは頬杖をつきながら僕らの方を見上げ、フレッドと顔を見合わせて肩を竦めた。女の子って難しいよな。腕を組みながら考えていると、僕らの声をきっかけに次第に談話室はざわめきを取り戻していた。
「ああ、もう。早く大広間行こうぜ。」
痺れを切らしたリーの一言で、その場はお開きとなった。タイミングも良かったからついでにロンとハリーも夕飯に誘うと、二人はテーブルに広げていた本や羊皮紙を片付けながら、追いかけるから先に行くようにと僕らを促した。
時間も少し遅めだったからか、大広間の混雑状況としては中の下。グリフィンドールのテーブルで大人数で座れるスペースを陣取り、ゴブレットにかぼちゃジュースを注いだり皿に料理を取ったりしていると、すぐにロンとハリーは姿を現し、僕とフレッドの隣にそれぞれ腰を落ち着かせた。
「ジョージ、聞いたぞ。最近スクヴィナスにお熱なんだって?」
開口一番でそれか。ロンが目をキラキラと輝かせながら身を乗り出してきた。誰に似たんだか、噂話には目が無いようだ。向かいでフレッドがニヤニヤしていたから迷わずテーブルの下で足を蹴り上げてやった。
「スクヴィナスって、この間廊下で会った?」
「そう!ハリー、君ほどじゃないけど、スクヴィナスも魔法界では有名人だよ。」
何故か一人で興奮するロンを一瞥し、ハリーは「ふうん、そうなんだ。」とあまり興味も無さげにパイにフォークを刺していた。元々マグルの元で暮らしていて、自分の魔力に気付いたの魔法界について知ったのもつい最近だという話を以前聞いた。そりゃ魔法界の常識も足りない訳だ。この間の入学式で披露した長々花火も、ハリーは見たことがないと言って目を輝かしていた。僕らの家じゃ年中部屋の中を飛び交っているのに、変な話だ。ロンは引き続きミートパイを口に一杯詰め込みながら根も葉もない僕の噂を喋り続けるから、思わずクワイエタスを唱えそうになった。誰に何を言われようと、何だって構わないけど。目の前で実の弟に掘り返されるのはどうも頂けない。
「フレッドとの賭けに負けただけさ。」
淡々と告れば、ようやくそのお喋りな口を閉じてくれた。元々教科書を忘れたフレッドが悪いし、それに僕は巻き込まれただけだ。そう、きっかけはいつものお遊び、小さなことだった。だから僕は暇潰しで声を掛けているだけで、何も思い入れは無いんだという旨を伝えれば、納得したのか相槌なのか知らないけど二人して小さく頷いていた。
「賭けに負けてあの伝説のスクヴィナス嬢と仲良くなろうなんて、生意気なんだよな。」
「負けたのは偶然さ。ならフレッドが負ければ良かっただろ?」
「俺には荷が重いね。」
何故か得意げに言われたから深くは追及しないことにしよう。僕だって別にその荷を背負った訳じゃない。あくまで僕は他人だし、一線を引いて外から眺めていれば良い。そうは思いつつも、何か放っておけないんだよな。考えながら無言でソーセージに噛み付いていると、話題は二人が先程取り組んでいたレポートの内容に移り変わっていた。どうも授業中に会話をしたとかしないとか、実にくだらない理由でケチつけて、スネイプはグリフィンドールだけレポートを多く出したようだ。ああ、毎年恒例グリフィンドールいびりが始まったよ。
「哀れなことにあいつの心は凍結呪文をかけられたのさ。」
「それは吸魂鬼もびっくり、その場の空気を凍らすぜ?」
「吸魂鬼のキスならぬ、スネイプのキスでね。」
フレッドと一緒になってふざけていると、何を想像したのかロンは顔を真っ青にして今にも吐き出しそうな雰囲気を醸し出し始めた。それを見て更に声を上げて笑っていると、「何馬鹿なこと言ってるのかしら」と少し呆れた冷たい声が降ってきた。見ると僕の向かいのフレッドの背後にアンジェリーナが立っていた。寮への帰り際に通り掛かったようで、振り返ると僕の背後にはカップケーキを一つ両手で持ったアリシアもいた。アンジェリーナと会話を始めたフレッドを他所に、僕も手持ち無沙汰なアリシアに、食後に寮に持って帰ってデザートなんて食べていたら太るのではないかという、女子が一瞬で怒りそうなことを優しくオブラートに包んで指摘してやると、彼女は「クィディッチの練習で動いてるからプラマイゼロよ」と笑った。まあ、確かに。そろそろ今年度の練習も始まるんだな、と考えたとき。何故か全く関連性はないのに、今ここにいないラミのことを思い出した。ああ、目の前でアリシアが笑っているからかな。でも、全然違う。彼女の笑った表情は、本当に衝撃的だったんだ。もう一度見たいと、そう思ってしまう。女の子を前にしながら他の子のことを考えてしまったことに、何となく罪悪感を感じて一度アリシアから顔を逸らした。
「今年も君の箒捌きには期待してるよ。」
「あら、ありがとう。」
頭の中を整理してから顔を上げると、アリシアは再び笑みを浮かべていた。ラミが一人でいることも友達がいなくなったことも、僕には何も関係ないし何かをする義理もないことだけど。彼女がまた、それこそ普通の女の子のように、また笑って過ごせる日が来れば良いと、アリシアの笑顔を見ながらそんなことを考えていた。そこで丁度アンジェリーナもフレッドとの間話を終えたのか、二人は手を振って大広間の大きな扉へと向かって行った。その背中を見届けていると、横でロンがハリーに向かって、今度はクィディッチについて語り始めていた。
関係ないとは言いつつ、戻れないところまで絡みに行ってしまったような気もする。面白半分でやめとけば良かったと後悔すると同時に、あの時一瞬だけ見せた笑顔を思い返して小さな優越感も生まれる。相反する感情が頭の中で覇を争う。晴れない不透明な気分を丸ごと飲み込むように、ゴブレットに残っていたかぼちゃジュースを勢い良く飲み干した。