高校一年 07/25(金)
部室までのちょっとの距離やけど、持っとった荷物を半ば強引に取り上げた。俺の隣で、ちょっと照れたように笑っとる弥栄に、俺もなんやこう、くすぐったなった。俺キャラちゃうやろ、こんなやないはずなのに…
「…どないするん?」
部室のドアを開ける前に、話を振ってみた。俺は目を合わせんようにドアを見つめとったけど。横からの視線ハンパないわ。
「何を?」
「せやから……転校の話や。」
「てっ転校!?誰かやめちゃうの?」
心底驚いとる弥栄に、さー、と血の気が引いた。まさか。もしかして…。俺はハッとして部室のドアを勢いよく開けた。
「あ、ユウジ帰ってきた。舞もお帰り〜!」
さっきと変わらずテーブルでババ抜きやっとる奴ら。みんながみんな、にこにことこっち見とる。隣の弥栄は嬉しそうに「ただいまっ」とか言うとる。けど、俺いまそれどころやない。
「早苗ッ!」
どすどすと勢いよく詰め寄る。と、その隣に座っとった白石が俺の真似なんか知らんけど(しかも全然似てへん)「早苗には指一本触れさせんど!」とか言うとる。しばきたい。
「ユウジどないしたん?鼻息荒いでー」
「お前、知っとったんやな!」
「えー何を?」
白々しいにもほどがあるわ!弥栄は転校なんやせんのやろ!…本人前にしてそんなん言えへんけど。
「ユウジあまいで。あたしらは、『東京行く』とは言うたけど、一度も『転校する』なんて言うてへんよ。」
「知るか!なんで言わへんかったんや!」
「ユウくん落ち着き?アタシらはユウくんのためを思って…」
「どこがや!!面白がっとるだけやろ!いてこますぞ!」
ほんまに、行ってまうのか思うてたから。やからこないに腹が立つんやろな。けど、良かった。転校なんて話なくて、ほんまに良かったわ。
「…けど、言えたんやろ?」
小春と二人っきりっちゅーのは嬉しいけど。俺を部室から連れ出したのって、きっとあいつらに弥栄に質問攻めさせるためなんやろなー、って思うとげんなりした。思わずため息。
「もーユウくんたら。アタシがおるやない。」
「小春うぅ」
ラケット片手に小春に抱き着くと、頭を撫でてくれた。小春愛しとる。けど小春も早苗や白石と手ぇ組んどったしな。きっと今も。
「ね、ユウくん。今日一緒に帰るんやめよか?」
「は!?なんで!浮気か!」
声を荒げると、「あんたが浮気や!」と頭殴られた。俺は浮気なんやせえへん、小春一筋やっていつものごとく言おうとしたけど…。そっか。よう分からんけど、これからはそれが浮気になるんか?
「ええから、今日くらい舞ちゃんと一緒に帰り?」
「んー…けど…」
確かに、勢いで好きって言うた。そして言われた。でもそれって…弥栄はそない意味で言ったんやないと思う。俺が勝手に調子のって。
「ユウくん、関係を曖昧にすると後々面倒やで?」
「曖昧も何もないわ。」
「…告白、せえへんかったん?」
「……」
「せやから、帰りにでもええからさ。ね?」
諭すような優しい言葉遣い。やっぱ、小春は俺のことよう分かっとるわ。渋々、俺は小さく頷いた。
部長の「部活再開すっでー!」っちゅーでかい声に、部室からぞろぞろと出てきよったけど、そこに弥栄の姿はなかった。もう帰ったんか?フェンスの向こうが気になりつつも、小春とのラリーを続けとった。すると、すぐに弥栄は姿を現した。どんどんこっち来とる。それに連れて俺の集中力は欠けていった。
「小春ちゃんっ」
フェンスの向こうに、私服姿のまま弥栄が立っとって。小春は球を止めて弥栄に向かい合っとる。練習中に邪魔しよって。小春に何の用や。二人でなんや話しとるのを、ぼんやりとネット越しに眺めとった。なんで小春やねん…。すると突然小春が俺を呼んだ。
「ユウく〜ん!」
何故か胸が高鳴った。フェンスんとこから手招きしとる。俺は小走りで、フェンスに近寄った。
「なんやねん。」
「あんなぁ、舞ちゃんが」
「あっあの!」
弥栄が小春の言葉を遮った。信じられへん。ほんまに、意思表示出来とるやん。
「ジャージ…持ってませんか…」
ちっさい声で、確かにそう言った。ジャージか。たしか、ロッカーん中に入れっぱやった気ィする。っちゅーか、あれか。ジャージ貸せっちゅーことか。
「あー…、持っとるで。俺のロッカー入っとるから勝手に取れや。」
洗ってあるんか?臭なってへんか?とか、アホみたいな不安が駆け巡ったとき、小春が俺の肩をぽんと叩いてきた。
「一緒に行ってあげたら?」
「えっいっいいよ!れれ練習中だし!」
「やってユウくん見られたない物いっぱいあるやろ〜?」
「はぁ?そんなもん…」
ほんまに見られたない物なんやあらへんけど。小春の、目が笑ってへん笑顔に言葉が止まった。目が、はよ行けって言っとる。俺は一つため息をついて、コートから出た。「あっ、ごごごめんね!」って慌てて吃っとる弥栄に、何故かこう、むず痒くなった。
「ったく、なんで俺が…」
とか言いつつ、きっと白石とか小春のジャージ着てても、嫌なんやろなぁ。後ろで「ごめんね」とか言う声がしたけど。自分のロッカーをあさって、コントの用具ん中からジャージを引っ張り出した。
「ん。」
半ば押し付けのように渡し、立ち上がった。
「あっありがとう!」
「べつに…。ほな」
思わず、頭のバンドに手を伸ばしとった。ちゃう。これはべつに、その、照れ隠しとかやなくて。ほんまに。そんで、弥栄が腕に抱えるジャージに一瞥くれて、部室を出ようとしたところで、名前を呼び止められた。
「きょ…きょう、いっ、しょに」
ぎゅう、とジャージを自分の方に引き付けて、ごもごも話しよる。あー、ジャージに目ぇ行ってまう。一応、俺やって着とるんやし、なんか、こう、…なんて言うんやろな。けどそない感情は見せへんで。いつも通りきつく「は?なに?ごもごも喋んな」言うと、弥栄はばっと顔を上げてこっち見た。
「今日一緒に帰りませんか!」
…あかん。ほんまにあかん。爆発しそうや。あれ?弥栄ってこないに…可愛いかったん?嘘や。俺、今ちょっとおかしいねん。目にフィルターかかってんねん。弥栄が目ぇつぶっとって良かった。今めっさ顔熱いねん。こない顔見られてたまるかっちゅー話や。弥栄はちょお、眉間にシワ寄せとって。あぁ、そっか。俺に拒まれるんが、こわいんかな。いつだって、俺はこいつを拒んできたから。
「………おん。」
再び、頭のバンドに手をやっとった。思い切って俺が受け入れてやってんのに、「え?」とか言いよる弥栄、むかつく。
「せやから、おんって。」
「え?いい、の…?」
「何度も言わすなカス!」
ぺしっと頭を叩いた。普段と何ら変わりない行為なのに、弥栄は照れたように笑って。俺は目を泳がせた。
「…ほな、練習戻るわ。ジャージ汚すなよ!」
弥栄はすごいな。俺は誘えへんかったのに。あれもこれも早苗とか白石の入れ知恵なんか知らへんけど(俺も小春に入れ知恵されたけど)。でも弥栄は、ちゃんと行動に移せとる。いつからこないに積極的になったん?もう、俺のがぐじぐじしとるやんか。男らしないな、ほんま。
早苗の視線が、まだドアの前におった弥栄に向けられた。さっきから話について来れへんようで、首を傾げとった。確かに、言えた。こない追い詰められんかったら、また隠しとった。同じこと繰り返しとったのかもしれん。こいつら、なんだかんだやっぱり俺のことよう分かっとんのか。
「……」
「ほな、ユウくんテニスしに行こか?」
しかめっ面の俺を小春は半ば強引に引っ張り、俺は何も言わんまま引きずられるように部室から退却した。