高校一年 07/25(金)
柄にものうて、心臓がバクバク言っとる。待ち合わせとかしてへんし、べつにおいて帰ってもええんやけど。いつもより急いで着替えて、いつもより制汗剤つこたりして。自分がアホらしいわ、ほんま。惨めに思えてくるから、はよ出てきてほしいんやけど。と、思ったら目の前のドアが開いた。ドキーンって漫画みたいな効果音が聞こえた。
「あれ?ユウジ?」
後ろ手でドアを閉めて、早苗が更衣室から出てきよった。
「なっ、な、な、なんで、おま」
「なに?ユウジ緊張しとるん?」
にやにやにや〜って笑う早苗、しばきたい。拳を握ってわなわな震わせとると「ユウジ顔真っ赤やで〜」ってさらに追い撃ちかけてきよった。よし、しばく。今すぐしばき倒す。
「舞なら、更衣室おるで。はよ呼んであげや。」
それだけ言うと、手をひらひらさせながら廊下を立ち去った。からかってくることも多いけど、なんやかんや応援してくれてんやろなぁ。早苗も、小春も、白石も。このドアの向こうに、弥栄はおるんか。でも、アホな俺は優しくなんて出来ひん。ドアをバン、と叩き、「いつまで待たせんねん!はよしろ!」って。こない俺の、何を思ってあいつは好きって言ってくれたんやろか。
「さ、早苗ちゃんは…?」
「知らん!はよしいや!9時からお笑い番組あるんやから」
お笑い番組とか、そんなんないけど。ほんまに、こうでもせんと俺らしさっちゅーもんが無うなる。まるで、おいてくでって言わんばかりに速足で歩いて。やって、もう何も考えられへんくらい緊張してんねん。けど、だんだん冷静になって周りが見えてきた。少し小走りで弥栄が隣に並んで、胸がくすぐったなった。そんで歩調を合わせるようスピード落とす。口で優しく出来ひん俺は、こういう行動しか出来ひんの。とか悶々と考えとると、視界の斜め下で弥栄がふふって笑っとった。
「…なにニヤニヤしてんねん。しばくぞ。」
「うん」
なんやねん、うんって。しばかれていいんか?けど、なんや幸せそうに笑っとる弥栄見て、俺も心があったまる。そんなこと思いながら靴履きかえて校舎を出た。いつもなら小春とイチャイチャしながら通る道を、今日は弥栄と人一人分空けながら歩く。変な感じや。手に汗を握るのは、きっと暑いからやと言い聞かせて。とりあえず今の沈黙を打破することにしよう。
「…ジャージは」
「あ、あの、洗ってかえします」
「ええよべつに洗わんでも」
「でも!あの…あ、汗かいちゃって…」
「あー、そら夏やしなぁ」
「う、うん…ごめんなさい。」
「や、べつに。…ちゅーか俺のジャージ、臭なかった?」
「え?う、うん!全然!」
「そか。」
女子と他愛ない会話っちゅーもんをしたのは久しぶりや。そもそも弥栄とはそんなんしたことないで。けど思ったより結構普通に話せるもんやな。よかった、とか思ってまう。
「ふふっ」
「何なん、きしょいわ。」
突然の笑い声に視線を横に落とすとばっちり合ってしもた。なぜか体温が急上昇。そない自分をごまかすためにあーとかうーとか言ってみたけど、無駄な努力。ちゅーか、今しかないやろ。言うんか?俺が言うんか?曖昧な関係はあかん?
「あー…のさ」
小春、どないすればええの。なんて言えばええの分からん!誰か助けてや!
「えっ?」
「えー…っと」
そわそわそわそわ。頭掻いたりバンダナ触ったり。言うん?ほんまに言うん?なんて言えばええの?付き合ってって?俺が?けど、そもそも付き合うってなんや。生まれてこのかた女子と付き合うっちゅー行為をしたことあらへん訳で。分からん。分からんけど、付き合ってほしいっちゅーことは分かる。やって、その…好きやから。こうやって一緒に帰ったりしたいねん。しゃあないから足を止めてじっと弥栄を見ると、同じように立ち止まってこっち見てきよる。
「弥栄、」
「はっはい!」
言え、言うんやユウジ。俺は素直すぎるとこが取り柄やろ?こないうじうじするんは、俺やないで。
「…つ、つき…」
しもた!噛んでもうた。あかんあかんあかんあかん。なんやもう、穴があったら隠れたい。もう俺弥栄のこと怒鳴れんやろ。しかも超落ち込んどんのに、弥栄は「月?」とか言っとる。そんで「つ、月!せや月!綺麗やな!」なんてはぐらかしてみる。…情けない。
「え、でも月どこ…?」
「あそこや、あそこ」
弥栄の背後を指差す。ほんまに真ん丸で、ふと昨日のメールを思い出した。
「堪忍な。昨日ケータイ部室に忘れとって」
けど、魂抜けたようにぼやんと月を見とるだけで、弥栄は何も言わへんかった。
「…一氏くん」
と、思ったら突然話し出して。名前呼ばれてそっちを向いた。
「あん?」
「好きです…大好き、です」
その言葉は単純に嬉しいモンやった。けど、なんやろ、この違和感。
「好き、なんです…」
おかしい。なんかおかしない?だんだんと俯いてく弥栄。俺と目を合わさんよう、視線を落としとる気ィすんねん。
「弥栄…」
ああ、そっか。こいつは今でも俺が恐いんや。今でも拒絶されるかもしれん思うて、不安なんやろ?咄嗟に、弥栄の右腕を掴んだ。半袖やから、直接肌触るんはちょっと気ィ引けたけど。けど、弥栄の気持ちが離れていかんよう。
「…お前、それやめろや」
少し顔を上げて、視線がかちあう。付き合うとかそういうんより、まず分かってほしい。
「俺、もうお前のこと拒まんから。」
「…え?」
「拒まん。せやから、そうやって恐がるん、やめろや。」
確かに、俺は口も悪いし優しく出来ひんけど。もう本気で拒絶したりなんや、せえへんよ。同じ、四天宝寺っちゅーチームメートなんやし。
「前、俺には思ったこと何でも言えって言ったやろ?それ今でも有効やから」
分かれ。伝われ。自信持て。
「…ずっと、…わたしのそばにいてください…」
ちっさい声で呟かれた言葉。本気で、俺でええならそばにおってやりたいって、そう思えたんや。