高校一年 07/29(火)
いつものラケバに加え、大きめのエナメル。今年もこの時期がやって来たわ。高校からは合宿は奈良の山奥でやるらしい。ちなみに中学ん時は広島の山奥。エナメルをバスの下に詰めながら、去年のこととか思い出した。財前とか金ちゃんもおったし、全国出場決まった後やったから、かなり士気が高かった。今年はそない強ないし、去年みたいな空気はあらへんけど。何より、今年はマネが二人おる。弥栄が初めて参加する合宿やから、例年よりか楽しみやったり……する。そないなこと考えた数秒前の自分を消したいわ。
「小春ぅ〜、梅味のプリッツ食う?好きやろ?梅」
奈良に向けて発車したバスの中で、俺は隣に座る小春に箱を差し出した。
「ええの?おおきに〜。ユウくんもなんか食べる?」
「小春の笑顔で胸も腹もいっぱいや。」
真剣に言うたんに、「そないなこと舞ちゃんにも言ったればええのにー」とか言われて思わず立ち上がってもうた。先頭に座っとるオサムちゃんが「ユウジ危ないから座っとれ」とか言うてきて、そのままストンと腰を戻した。
「落ち着きやー、ユウジ」
背もたれに腕を載せ、後ろから頭をぽんぽん叩かれた。すぐに払ったけど。
「黙れや白石。」
「ウブやな、ウブ!」
白石とケンヤが俺と小春の上に頭を出してきた。白石なんて背もたれの上に頬杖ついとるで。
「うっさいっすわーほんま。相変わらずきもいっすね部長も謙也さんも。」
「なっ!お、おま!困ったら財前の真似するんやめーや!」
「謙也さんうっさい。あーほんまはよスピード違反で捕まってくれへんかな」
財前の真似て言いまくっとると、ケンヤはずるずると自分の座席に座ったんか、見えへんようなった。けど白石は相変わらず笑っとって。手ごわいわ。
「なー謙也、そこ空けてくれへーん?」
斜め前の方の席から早苗の声がしてきよった。早苗は窓際におるんか、少し立って顔だけ覗かせとった。その隣で弥栄もちらっと後ろ向いたけど、すぐ前に戻してもうた。結局嫌がるケンヤを後ろに追いやって早苗がやって来よった。弥栄は?けーへんの?
「舞も来る?」
「えっ、わ、わたしは…いいや」
後ろ向いてそれだけ言うて、また前向いてもうて。なんやねん、あいつ。
「なぁユウくん、アタシも移動しよか?」
「ええよ、別に」
「ええからええから!呼んだらええやん!」
とか言うてケンヤのおる後部席に移ってしもた。真後ろの席では白石と早苗が中睦まじく今年の合宿について語っとる。う、嘘やろ。俺が呼ぶん?この俺が「弥栄こっち来いや」とか言うん?無理。絶対無理や。けど、今しかないんやろな。小春とケンヤも盛り上がっとるし、白石と早苗も二人の世界やし。
(よし、やったるわ)
意を決して立ち上がる。緊張ハンパないわ。揺れるバスの通路をゆっくり進んで、弥栄の席に近づく。なんでそれだけなのに、こない心臓バクバク言うん?もう少しってとこで、かくん、と弥栄の頭が…落ちた。
「…は?」
まさか。まさかとは思うけど、…寝てるん?ぽかんと口が開きっぱだった時にバスが曲がり道に差し掛かって揺れたから、俺は慌てて通路挟んで弥栄の隣に座った。前の方、誰もおらんでよかったわ。通路越しに顔を覗き込んでみると、やっぱり小さな寝息を立てながら眠っとる。一気に肩の力が抜けた。
「はぁ…ほんまかいな」
すーすーと小さな息遣い。あークソ、かわえー…。悔しいから絶対言わへんけど。ちゅーか付き合う言うても、相変わらず白石と小春としか話さへんし、何考えてんやろ。寂しないんかな?え、俺だけ?こいつ、ほんまは俺のことあかん。ほんまにへこむ。俺のこと避けてへん?って聞きたなるくらい、疎遠や。合宿所に来てから、タオル受け取る以外何も話してへんで。なんやねんこれ。俺ばっか…
「ユウジって風呂上がりはバンダナ付けへんのやな〜」
「なんや新鮮やな!」
肩にタオル掛けたまま話しとる白石とケンヤに「毎年見とるやろ」って冷たくツッコミ入れて、自販機に向かった。更衣室出てすぐのラウンジは、二人がけのソファーが向かい合わせに並んどって、自販機もたくさんある。何にしよっかなー
「風呂上がりは牛乳やろ」
「ちゃうやろ!風呂上がりは青汁や!」
「え〜ちゃうわ二人とも!お風呂上がりは桃の天然水やでっ」
…横の自販機うっさいわ。三人で言い争っとるのを横目で流して、俺はカフェオレを購入。「どっこいしょー」言うて近くのソファーに腰を下ろすと、桃の天然水片手に小春が隣に座った。俺らの隣のソファーに白石、その向かいにケンヤが座る。風呂上がりのカフェオレって最高やー。ちゅーってストロー吸っとると、早苗が現れた。あ、髪濡れとる。こいつも風呂上がりか…って!その後ろに弥栄の姿もある。肩にタオル掛けて、ほかほかしとる。
「こっ小春!小春!小春!」
「なぁ〜にユウくん。困ったらアタシの名前呼ぶんやめてくれへんかな?」
ば、ばれとる!別に困っとる訳やないけど!やって、風呂上がりとかちょっと恥ずかしいやろ!とか思っとると早苗が白石の隣座って。したら、
「舞ちゃんも座ったら?」
ケンヤ殺したろか。なに隣ぽんぽん叩いとんのや。んで弥栄はなんでおとなしく隣座っとんのや。近い!普通に考えて近いやろ!イライラしながらちらちらと様子を伺っとると、あろうことかケンヤが弥栄に缶ジュース差し出しとるやないか。え、何しとるんあいつら。なんや、一気に体温が逃げる。湯冷めしとる気分や。足が勝手に動いて、ケンヤが差し出して弥栄が受け取ろうとしとった缶を横から取り上げる。
「え、一氏くん…?」
むかつく。なんや分からんけど、ごっつイライラすんねん。誰のせいって一概には言えへんけど、この缶ジュースは絶対関係ある。ケンヤの飲みかけなんや飲むと怪しい病気(性病とも言う)うつされるで。とか思いつつ、その場でジュース一気飲み。中身は炭酸で、めっさ喉が痛なったわ。けど、何とか阻止できたしええか。缶を空にして、自販機の横にあるゴミ箱捨てに行く。唖然として俺を視線で追うケンヤ、ざまあ見ろ。人の彼女に手ぇ出すからや。なんて思ってまうほど、俺結構あいつのこと好きなんかな。けど、弥栄はそうでもないんやろ?結局、今でも俺の片思いみたいなもんやないか。
小春の隣に戻ってもイライラしっぱなしで、それに気付いたんか早苗と白石も小春もケンヤ連れてこの場から離れて行った。空気読めるええ奴ら。しみじみそう思うけど、やっぱイライラすんねん。
「あ、…し、シークヮーサー、まずかった…?」
恐る恐るっちゅー表現がピッタリやな。いつぶりの会話や。けど、弥栄はそんなんどうでもええんやろうし、俺が今何を想って睨み付けとんのか、分かってへんのやろ?
「…死なすど。」
「えっ、も、もしかして…怒ってる?」
「かなり」
ほらみ?なーんも分かってへんやろ?俺だけなんやな、って痛いほど身ィ染みるわ。
「わ、わたし、何かしたかな…?」
「…何でやねん。」
もう、ええ。
「え…な、なにが?」
「…何でお前はそうなんや。お前は俺の彼女やないん?自覚ないんか?」
もう、ええよ。思うたこと全部言ったろ。それでフラれたって文句言えへんやろ?今まで拒絶してきたんは俺や。そんなん、ちゃんと分かっとる。分かっとるわ、
「…ありえへん。昨日も一昨日も白石とか小春とばっか喋っとるし、来るときのバスやって早苗が白石の隣移動したからお前もこっち来るかと思ったらぐーすか寝とるし、あげくの果てケンヤのジュース貰おうとするとか、お前なんなん?シバき倒すで」
早口でようこないぺらぺら出てくるわ。俺、こういうん結構多いかもしれん。切羽詰まったら、こない言いたいこと出てくるんやな。けど、こわい。弥栄に拒絶されるん、こわいわ。情けない。飲み途中のカフェオレのパックを持つ手に、少しだけ力が加わった。
「と、隣座っても、いいかな?」
耳を貫いた声。えっ、って聞き返す前に、弥栄はすでに隣に座っとった。
「えへへ」
照れたように笑う弥栄。俺まで、照れ臭なって視線をそらした。
「……ニヤニヤすな。きしょい」
頭に手を延ばしてもバンダナはのうて、代わりに頭かりかり掻く。やって、近い。さっきまで小春がおった距離なのに、めっさ近い気ィすんねん。ソファーについたままの手と、弥栄との距離は数センチ。あ、あかん…
「か、帰りのバスは…隣、座ってもいいかな…?」
うわ。なんや言うとるでこいつ。俺から言うたことなのに。拒絶なんやとんでもないわ。むしろ歩み寄ってくれとるんやろ?ほんまに、心底ホッとしとるくせに、
「……勝手にせー」
弥栄の方なんや全然見れへん。悔しなるほど緊張しとって。はよ帰りのバスならんかなー、なんちゅー考えは一瞬で叩きのめす。すると隣からまた「えへ」っちゅー笑い声聞こえて、「きしょいわ」って言ってもうて。それでも幸せそうに隣で笑っとるから、俺かてこの上ない幸せ感じてんねん。きとか嘘ちゃう?とか思ってまうほど、関わってけーへんな。珍しく俺から行けば寝とるし…。
(けど、まぁ寝顔見れたし…)
ぽってりした唇に、長い睫毛。いつも俺を見とるその目は閉じられとって。
(起きるまでここにおってもええかな)
バスの揺れと共にゆらゆらしとる弥栄を見て、なんや癒されたわ。はよ起きんかなーって最初の数分は思うたけど、一時間後にむなしく自分の座席に戻ったんは言うまでもないわ。