高校一年 04/10(木)
小春ちゃんが自転車置きに行くからって言って別れて、それで一人で昇降口に向かった。自分の靴箱を開けてびっくりした。可愛い一枚の便箋が入っていて、わたしはドキドキしながらそれを取り出した。何だろうと思いながらやっぱり緊張して。わたしはその場で便箋を開けた。
「……呼び出し?」
まさか自分にくるとは思っていなかった。わたしは何かしたのだろうか。そう言えば、中学のときも色んな女の子が先輩の集団に呼び出されてたりしたな。わたしはもちろんなかったけど。放課後すぐに校舎の裏に来いと女の子の字で書かれた手紙。わたしはそれを鞄にしまい、教室に向かった。
わたし何か恨まれるようなことしたかな?テニス部、関連だよね、きっと。青学でもそういうのあったし。わたし、マネージャーの件は断ったよね?それに白石くんは早苗ちゃんのだし、忍足くんとはそこまで仲良くないし、一氏くんなんて嫌われてるんだし以っての外。昼食時も小春ちゃんと早苗ちゃん以外ほとんど喋らなかったし、そもそも彼らとわたしの間には大きな溝があるのは一目瞭然じゃないのか。今だって早苗ちゃんともうまくいってないのに。じゃあ小春ちゃん?うーん…
なんて考えてるうちに、時間は過ぎるもので。
夕日が傾く放課後。わたしは一つため息をついてから、立ち上がった。教室の中にはまだ一氏くんがいて、目が合った。気まずい。わたしは一瞬で目をそらし、教室を出た。ローファーに履き替えようか迷ったけど、昨日の雨でぬかるんだ土はもう乾いていたから、上履きで向かった。場所は、この間早苗ちゃんが告白されてた場所。一氏くんが、がんばれって言ってくれた場所。
「あんたが弥栄舞。」
わたしの周りを囲んだのは、校舎の壁と四人の先輩たちだった。みんなお化粧とかしていて、華やかな女の子って感じ。わたしには真似できない…
「はい…」
「最近白石くんに近付いてるみたいやない。」
「は、はい?」
「白石くんにちょっかい出しとるんやろ?昼も一緒におるみたいやし。」
一緒にいるのは早苗ちゃんだと思うんだけどな。それにこの先輩たち、代わる代わる色んな人が喋るから誰を見ればいいのか分からない。え、って言うか、わたし呼び出された理由ってそれ?
「わわわたしそんなつもりないです…!」
「あんたが折原早苗に近付いたのって、白石くん目当てやろ?テニス部狙いで近付いたってみんな言うとるで。」
「え…ううそ…」
こんな時でも吃るわたし。ほんとに情けない。少しずつ変われてるのかな、って調子に乗っちゃったのかな。わたし、本当に早苗ちゃんと友達になりたかったのに。なんでわたしがテニス部なんて狙わなきゃいけないの?わたしは、初めて早苗ちゃんに話し掛けたときはマネージャーだなんて知らなかったし、どうでもよかったのに。そんな風に思われてたんだ。だから早苗ちゃんも冷たくなって…
「否定できひんやろ?」
「せやから白石くんから手ぇ引きや。自分の出る幕なんやないで。」
ここで言い返せなきゃ、わたしはもう変われないって思った。頑張って。菊丸くんは、いつもわたしを応援してくれたでしょ?一氏くんだって、この間ここで。ちらりと、壁と地面の境界線を見た。ここで、『頑張れや』って言ってくれたから。自分を奮い立たせて、わたしは今の台詞をはいた先輩に面と向かった。
「そそんなの、あなたもじゃないですか…」
「はぁ?小さくてよう聞こえへんわ。」
「……あ、あなたたちだって全然全然全っ然、出る幕ないですからっ!白石くん、早苗ちゃんにベタ惚れだし、こんな風に校舎の裏に呼び出してグチグチ文句言うような人を白石くんが好きになるわけないっ!そそそそれに!わたしは白石くんが好きなんじゃない!早苗ちゃんが好きなの!だから話し掛けたの!早苗ちゃんと友達になりたいの!白石くんなんて正直どうでもいいっ!勝手なことばっかり言わないでくださいっ!」
泣きそう。ぎりぎりまで涙を押さえ、わたしは先輩たちを力の限り睨み付けた。こわい。こわいに決まってる。でも、言えた。菊丸くん、わたし言いたいことちゃんと言ったよ…!
「なっ!こいつ…マネージャー頼まれたからって調子こいてんやないで!」
一人の先輩がわたしをぶとうとしていた。こっちに手が飛んでくるのが分かって、わたしは思わず目をつぶって衝撃に堪えようとした。でも、なかなかそれは来なくて。代わりにダン…という力強い音がした。目を開けると、わたしの足元に転がったテニスボール。上から落ちてきたみたいで、先輩たちと同じように見上げると、階段の踊り場の窓が開いていた。でもそこには誰もいない。
「ちょ、テニスボールやばいって…」
先輩たちはわたしが拾い上げたテニスボールを見て、血相を変えて走り去った。そういえば、わたしも昔校舎の裏に呼び出されて一人の女の子が文句を言われていた場面に出くわしたことがあって。たまたま持っていたテニスボールを陰から集団の方に投げたら、血相を変えて逃げた。テニスボール持ってたからってテニス部とは限らないのにね。どこも同じなんだなぁ。わたしと同じようなことをする人っているんだ。少しうれしい。ボールを見てからもう一度見上げると、やっぱりそこには誰もいなくて。きっとテニス部とは関係ない人が助けてくれたんだろう。助けられる側って、こんなにもうれしいんだ。
「……あ」
今、微かに、誰かの髪の毛が見えた気がした。女の子にしては短めで、男の子にしては少し長め。窓の横に誰かいる。何となく…なんでだろう。このあいだも、あそこにいたんだよね?
「…ひと、うじくん?」
なんでそんな気がしたんだろう。自分でも分からないけど。でもなんだかそんな気がした。
「…なわけないか。」
そうだよ。一氏くんは今頃みんなと部活中かもしれないし、そもそもわたしのことが大嫌いな彼がわたしを助けるような真似はしないだろう。でもボールを胸に抱え込むと、すごくあたたかくて、心地良い気がしたの。