高校一年 05/22(木)
だって、わたしだって、どうしようもなかった。空気読め、とか言われても、そんなの読めなくなるくらい悔しかったんだもん。
女の子たちはやっぱり白石くんが好きで、テニス部に憧れて、わたしたちを目の敵にしてた。あれから呼び出されることもあったし、すれ違いざまに「マネージャーやめろ」とか「むしろ学校やめろ」とか言われたこともあった。それは早苗ちゃんも同じみたいで、彼女は中学の時からずっと言われてるのかと思うと、胸が痛んだ。こんなの、雑用押し付けられるだけのわたしなんかより、全然つらい。でも「今は舞がいるから」って言ってくれる早苗ちゃんに、わたしも救われた。だから、言わせたままなんて嫌だった。
「弥栄、」
昼休みに早苗ちゃんと一緒にトイレに来て、わたしは先に出て手を洗ってた時。少しけばい女の子たちがわたしを取り囲んだ。あ、この子たち、一氏くんのファンだ…
「あんた、最近ユウジに近付きすぎやない?」
「え?」
「いろいろ聞くんやけど。校舎裏で二人で密会しとるんやろ?」
「最近クラスでもよう話しとるし。」
わたしは濡れた手をハンカチで拭いて振り返った。マネージャーやめろ、とか、白石くんに近付くな、とか言われるのはしょっちゅうだったけど…。一氏くんのことを言われるのは初めてだった。そっか、この子たちは一氏くんのことが…
頭に走った記憶。財前くんの言葉が、引っ掛かった。この子たちが一氏くんを好きでも、一氏くんは…。目が泳いだ。行き着いた先は、個室のドア。きっと中で早苗ちゃんが出る機会を伺っている。はやく終わらせなきゃ。
「あ、あの、わたし、べつに…」
「勘違いするんやないで?ユウジはあんたのこと、大っ嫌いなんやから。」
知ってるよ。じゃああなたたちはどうなんだって言ってやりたかった。でも、やっぱりわたしは弱くて。
「…知ってます。」
「ほんなら、はよ手ぇ引きや。ユウジかて、迷惑やろ?」
悔しい。何よ、その言い方。わたしだって分かってるよ、一氏くんがわたしに迷惑してるとか。でも、じゃあこの人たちはそんなことを言える立場なの?
「はよ諦めや。」
好きとか、そういうわけじゃないのに。一氏くんと仲良くしたい、って思うだけで、こんなに言われちゃうの?でも、次の言葉で冷や汗が溢れ出た。
「っちゅーか、ユウジ好きな人おんねん。あんたの出る幕ないで?」
な、なんで…。そんなに有名な話なの?でも、早苗ちゃんと一氏くんは普通だし、白石くんとも普通に仲良いし。でも、でも、ここで言わないで。いるんだよ?ここに、まだ個室の中で、この話を聞いている早苗ちゃんが、いるんだよ?やめて…
「ほんまに、なんでユウジはあんな女なんて好きなんやろな。」
でも、そんな願いは脆くも崩れ去った。わたしが、自分の手で、崩した。
「ば、バカにしないでくださいっ!」
「はぁ?」
「一氏くんの、好きな人を…バカにしないでください。」
悔しい。早苗ちゃんをバカにされたのも、悔しい。彼女を好きな一氏くんまでバカにされた気分になって、更に悔しい。一瞬、拍子抜けした女の子たちだけど、すぐに険しい表情に戻った。
「あんたも知ってるんやな?ユウジが、折原を好きなこと。」
ごめんね、早苗ちゃん。ごめんね、一氏くん。俺の前でなら泣いてええで、っていう彼の言葉が耳に響いた。うん、だからわたしは泣かないよ。一氏くんに会うまで、泣かないから。力強く握りしめた拳を開くと、くっきりと爪のあとがついていた。