高校一年 05/22(木)


早苗ちゃんは泣いてた。女の子たちがトイレから出て行って、昼休みが終わるチャイムが鳴ったあと、早苗ちゃんはようやく個室から出てきて、わたしに抱き着いた。


「あ、あたし…」


早苗ちゃんがわたしの前で泣くのは初めてだった。小春ちゃんとか白石くんは、早苗ちゃんは強いからあんまり泣かないって言ってたけど。今の早苗ちゃんは痛々しいくらい、本気で泣いていた。


「嘘、やろ?嘘や、って…、言ってや…」


小春ちゃんも、財前くんも言ってたし、わたしから見たって早苗ちゃんは白石くんとは別の信頼を一氏くんに持っていた。一氏くんも、早苗ちゃんを凄く大切にしていて。二人はすごく、信頼しあった友達だったはず。男女で友情なんて成立しない、ってどこかで聞いた。それでも早苗ちゃんはきっと一氏くんを大切な友達だと思っていた。だから、だから一氏くんは、それに応えようとしたのかな。


「っ…うぅ〜…」
「早苗ちゃん」


わたしは抱き着いてくる早苗ちゃんの背中を撫でることしか出来なかった。少しして、落ち着いたのか、早苗ちゃんはわたしから離れた。嗚咽混じりに、ごめんね、と小さく言ったのが、胸にこたえた。授業が始まってるにも関わらず、トイレの床に座り込んだ。あ、床って言ってもしゃがみ込んだだけだし、四天宝寺はトイレが綺麗だから…。うん、まぁ、汚くない。


「…ごめんね。」
「なんで舞が謝るん?言い返してくれたやん。」


悔しかったから。でも、そのせいで早苗ちゃんが知らなくてもいいことを知った。わたしのせい…


「…あたしなぁ、中学ん時からユウジに頼ってばっかで。」


早苗ちゃんは少し離れた床をぼんやり見つめながら、そう呟いた。


「今まで、何言われたってユウジが味方してくれてん。いっつも隣におってくれて。白石と、付き合えたのやって、ユウジのおかげやって後々知って…」


早苗ちゃんはずず、と鼻を啜った。わたしは話を聞きながら、ポケットティッシュを出そうとしたけど、生憎ハンカチしかなかったから、それを差し出した。すると早苗ちゃんは薄く笑みを浮かべ、個室から新品のトイレットペーパーを持ってきて、それで鼻をかんだ。


「おおきに。けど舞のハンカチにあたしの鼻水は付けられんわ。」
「べ、べつに早苗ちゃんの鼻水だったらいいのに…」
「あはは。あんた鼻水コレクターか。きしょいわ!」


笑いながら早苗ちゃんはトイレットペーパーをごみ箱に投げた。よかった。ちょっと元気になってくれた。


「なぁ、この話、誰から聞いたん?」
「えっ?えと…財前くんにね、忠告された。」
「光?意外な名前やな。」
「…うん。ね。」


早苗ちゃんは再びわたしの隣にしゃがみ込み、また遠くの床を眺めた。何を考えているんだろう?と言うより、早苗ちゃんはこれからどうするんだろう?


「…そっか…光も知っとったんか。」
「有名なの?」
「えー?知らんわ。あたしかて、初めて知ったし。ほんまに、信じられんわぁ…」


多分、信じたくないんだろうな、早苗ちゃんは。だって、一氏くんの恋愛感情を認めてしまったら、そこで男女の友情は失ってしまうんだから。じゃあ、わたしは…?菊丸くんとの友情、無くすの?わたしの感情のせいで、失ってしまうなんて、そんなの嫌だ。だからって、べつに恋人になりたいわけじゃ……ない。会いたいとは思う。でもそれって、友達として…?


「あたし、この先ユウジとどんな顔で会えばええん?」


悲痛な声が脳を貫いた。また早苗ちゃんは泣きそうになってて。わたしはあたふたするしかなかった。


「も…、ユウジと友達なんて出来ひん…。」
「そ、それは違うんじゃないかな?」
「…え?」
「早苗ちゃんは、今まで通りでいいと思う…な。だって、一氏くんは今までだって普通だったんでしょ?白石くんと付き合えたのも一氏くんのおかげだったら、そのことにちゃんと感謝して、そのうえでちゃんと友達として付き合ってくべきじゃないかな…。一氏くんも、きっと早苗ちゃんとは友達でいたいと思うな…」


分からないけど。勝手な想像だけど。でも、あの一氏くんが、早苗ちゃんだけを特別扱いする一氏くんが、早苗ちゃんとの友情を壊そうなんて、絶対思わないと思う。むしろ、どうにかしても友達でいようとするんじゃないかな?わたしだったら、きっとそうする。


「……舞、このこと、知らへんかった振りしててくれへん?」


早苗ちゃんはさっきとは違う、真っすぐな瞳で床を見ていた。ほら、やっぱり。早苗ちゃんだって一氏くんと友達でいたいんだ。


「うん。わたし、何も知らないから。」
「おおきに。」


優しげに、微笑んだ。そんな早苗ちゃんはものすごく綺麗で、なんでかすごく羨ましくて、自分が醜く感じた。そっか。あんまり気にしてこなかったけど、今目の前で微笑む早苗ちゃんが、一氏くんの好きな人なんだ…