高校一年 07/01(火)


7月から携帯が使える。お母さんに頼んだら、思ったよりすんなりOKをもらえて、ものすごく安心した。期末テストも終わって、いい時期に携帯を手に入れることができる。みんなと、もっと仲良くできる気がして、夏休みだって楽しみ。東京に行っても、寂しくない。けど、その前に自分のメールアドレスを設定しなくちゃいけなくて。さっきからずっと考えているけど、いいのは浮かばない。ルーズリーフにめぼしいアルファベットを書いていくが、しっくり来ない。


「う〜ん…」


頭を捻らせていると、突然部室のドアが開いた。わたしも相当びっくりしたんだけど、入ってきた人の方がさらに驚いていた。


「なっ、なんでおまっ、おまえおんねん!」


一氏くんは、最近少しおかしい。相変わらず冷たいのには変わりないんだけど…。小春ちゃんも元気ないって言ってたし、何かあったのかな?わたしが聞けることじゃないけどね。


「えっ、と…小春ちゃん、待ってて。」


するとチッと舌打ちをされて、震え上がってしまった。そっか、小春ちゃんと約束してたのかな?でも、わたしもさっき小春ちゃんに部室で待っとって、と言われたし…。一氏くんは一つため息をついてからドアを閉めた。そして自分のロッカーを開けてごそごそと何か探しているみたい。部室で二人っきり、なんてものすごく緊張してしまうのに、一氏くんはそうじゃないんだろうなぁ。こんなにドキドキするのも、わたしだけ。つきり、と痛んだ胸。もう、訳が分からない。わたしは一氏くんの存在を気にかけないように、再びメールアドレスを考え始めたけど、


「…何してんねん。」


振り向くと、一氏くんがすぐ隣にいた。机に手をついて、わたしのルーズリーフを覗き込むように。咄嗟に顔をそらした。思えば、一氏くんと話す時っていつも二人っきりで。大勢でいる時は絶対話し掛けないし、向こうも話し掛けてくれないから。一氏くんと話すとき、いつも近い。校舎の裏、桜の木の下、傘の中。思い出すほど、心臓の高鳴りは増していって、どうしようもないくらい。言葉なんて出て来ない。人見知りの激しいわたしでも、こんなの初めてで。どうしちゃったのかな…


「無視すな!」


パシンといつもの調子で軽く頭を叩かれる。それさえも、意識してしまって。顔を見られたくなくて、俯いた。こんなんじゃ、ますます嫌われちゃうよ。


「…なに、具合悪いん?」


嘘だ。こんなの、一氏くんじゃない。こんなにドキドキ言ってるのも、わたしじゃない。おかしい。おかしいよ。なんで心配してくれるの?いつもなら、ぐじぐしすな!って怒鳴るくせに。わたしは首を横に振った。


「…何これ。」


一氏くんの言葉に恐る恐る視線を上げると、わたしのルーズリーフを覗き込んでいた。アルファベットと数字の羅列を慌てて説明する。


「めっ、メールアドレス考えてて…」
「あぁ…携帯契約したん?」
「う、うん…」
「ふーん」


相変わらず一氏くんは隣に立って紙を見ている。相変わらずわたしの心臓はうるさい。相変わらずこの距離には慣れない。


「名前と誕生日とかでええんとちゃう?」
「う、うん…」


それだけじゃなんだか物足りなくて。曖昧な返事をしてしまったけど、それが伝わってしまったのか、一氏くんはわたしのシャーペンを取り上げて、ルーズリーフに何やら書き出した。そういえば一氏くん、左利きだった。でも、わたし一氏くんのこと、全然知らないんだなぁ…


「ん。」


差し出されたルーズリーフには、やはりアルファベットの羅列。けれど、それは信じられないもので。


「俺のメアド。名前と好きな物とかでええやろ普通に。」


ローマ字で書かれた『ユウジ』と『オクラ』の単語が、いやに輝いて見えた。信じられなかった。みんながメアド教えてほしいって携帯を出してくれたとき、一氏くんは当然のように無視してて。なのに、一番最初に教えてくれるなんて。


「…いいの?」
「ん。」


肯定とも否定とも言えない返事だったけど、何よりもあったかくて、わたしには十分すぎる一言だった。嬉しい。自分でも、びっくりするくらい嬉しかった。すぐにごみ箱行きになるはずだったこのルーズリーフが、宝物に思えた。