高校一年 07/25(金)
まず、ジャージがなくて困った。早苗ちゃんも自分のしか持ってなくて、白石くんに借りるのは申し訳ないし。制服のままマネージャーの仕事は出来ないから、小春ちゃんにでも借りようか。みんなが部室から出て行ったあと、わたしもテニスコートに向かった。
「小春ちゃんっ」
フェンス越しに呼ぶと、一氏くんとラリーをしていた小春ちゃんはボールを止めてこっちに来てくれた。ネットの向こうでラケットを肩に載せ、こっちを見ている一氏くんに申し訳なくなった。
「あら?舞ちゃん着替えへんの?」
「うん…実は今日ジャージ持ってきてなくて。小春ちゃん持ってない?」
「ジャージ…?あ、ユウくん持ってるわよ」
「えっ」
わたしが何か言う前に、小春ちゃんはくるりと後ろを向いてしまった。ドキン、と心臓が大きく鳴った。
「ユウく〜ん!」
ちょっと待って。呼ばなくていいのに。うざいって、うっとうしいって思われちゃうかもしれないのに。でも、ふとさっき白石くんに言われたことを思い出した。そうだ、わたしに足りないのは自信。近づいてくる一氏くんに、わたしは腹をくくった。
「なんやねん。」
「あんなぁ、舞ちゃんが」
「あっあの!」
小春ちゃんの言葉を遮ったら、二人とも目を丸くしてこっちを見た。ほっぺが熱い。手が少し震えていた。
「ジャージ…持ってませんか…」
蚊の鳴くような声とはまさにこのこと。ちゃんと聞こえたかな。持ってるかな。貸してくれるかな。
「あー…、持っとるで。俺のロッカー入っとるから勝手に取れや。」
あ、拒否されなかった…。最初から拒まれないのって、初めてじゃないかな。じーん、と感動してると。小春ちゃんが一氏くんの肩を叩いていた。
「一緒に行ってあげたら?」
「えっいっいいよ!れれ練習中だし!」
慌てて遠慮したけど、小春ちゃんは結構強引で。って言うかむしろ楽しんでない…?
「やってユウくん見られたない物いっぱいあるやろ〜?」
「はぁ?そんなもん…」
一氏くんの言葉が止まった。様子をうかがうと、小春ちゃんの恐いくらいな笑顔に顔を青くしていた。そして一つため息をついて、コートから出てきてくれた。「あっ、ごごごめんね!」って慌てて言うと、小春ちゃんがフェンスの向こうで手を振っていた。
「ったく、なんで俺が…」
「…ごめんね」
再び部室に戻って、ロッカーからジャージを取り出すのを隣で待っていると、不服そうな独り言が聞こえてきて。本当に申し訳なくなった。
「ん。」
押し付けられるように渡される、四天宝寺のジャージ。一氏くんはよくその一言を口にするなぁ。でも、その一文字の言葉が、わたしは結構嬉しかったりする。
「あっありがとう!」
わたしも同じ物を持ってるはずなのに、手に抱えるジャージがとても特別に思えた。
「べつに…。ほな」
「あっ一氏くん!」
頭のバンダナを少しいじって、部室から出て行こうとした一氏くんを思わず呼び止めた。そういえば、さっき今日は一氏くんと帰るようにって言われた。言ってみる?断られるかな?でも、さっき抱きしめられたもん…あの腕に、抱きしめられたもん。好き、って言ってくれたもん。白石くんが言ったから、とかじゃない。わたし、自分の意志で、もっと一氏くんといたい。
「きょ…きょう、いっ、しょに」
「は?なに?ごもごも喋んな」
ダメ、ちゃんと言わなきゃ。落ち着いて。言えるから、わたし、今なら言えるから。意を決して、息を大きく吸い込んだ。
「今日一緒に帰りませんか!」
言ってしまえばこっちのもんだ。でも、一氏くんの反応がこわくて、ぎゅっと目をつぶった。拒まれたくない。
「………おん。」
「…え?」
「せやから、おんって。」
「え?いい、の…?」
「何度も言わすなカス!」
ぺしって叩かれる頭。べつに全然痛くないけど。そしてその言葉にも全然傷つかないけど。だって、一氏くん、見るからに真っ赤なんだもん。信じられない。こんなに幸せなの、信じられないよ…
「…ほな、練習戻るわ。ジャージ汚すなよ!」
一氏くんはわたしと目を合わさずに出て行ってしまって。部室にはわたしとジャージが残った。どうしよう。すごく嬉しい。口元が緩んでいくのを頑張って我慢したけど。たぶんひどい顔をしてたんだろうな。思わず持っていたジャージをぎゅうって抱きしめて。それが一氏くんの物だと思い出すと、一人で恥ずかしくなってしまった。