高校一年 07/30(水)


ひんやりとした廊下に、足音だけが響く。どうしようどうしよう、と頭がパニック。


「えっと…な、夏なのに、ちょっと寒い…ね?」
「手ぇ繋ぐ?」
「ええぇっ!?」
「…ウソ。本気にすな。」


そのうえ一氏くんがそんなこと言うし。凄みの利いた目で睨まれたけど、一氏くんはすぐに目をそらしてふっと笑った。抜けたはずの緊張が戻ってくる。そっか、今は周りに誰もいない…二人っきりなんだ。手に汗を握る。嘘でも、一氏くんの言葉にこんなに意識しちゃうの、本人は絶対分かってないよね。


「はよ買って帰るで。」
「うっ、うん!」


階段を下りてロビーの前を通れば、すぐにラウンジが見えた。お風呂上がりは賑わっていたのに、今の時間はシンと静まり返っていて、自販機のジーって音がよく聞こえた。一氏くんは適当に一つ自販機を選んで、お金を入れた。


「えーっと、緑茶と…コーヒーと…」
「緑茶二つだよ!」
「緑茶二つと…コーヒーと…シークヮーサーと…カルピスと…」
「カルピスも二つだよ!」
「…お前、ようあんなん覚えられたな。」


一氏くんがピッピッと単調にボタンを押す横で、取り出し口の前に座り込んで出てきたペットボトルをひたすら出していたら、突然音が止まって、見上げた。一氏くんもボタンに指を添えながら、こっちを見下ろしていて、なんだかくすぐったい感じ。なんてことを考えていたら、すぐに目をそらされたけど。


「……弥栄は?なんか飲む?」
「えっ、う、ううん!大丈夫、あんまり喉渇いてない…」
「そ。」


嘘、ついた。本当は緊張で喉からからなのに。気をつかわせたくないから…


「ほな戻ろか。」
「あ、一氏くんはいらないの?」
「小春と半分こするからええわ。」
「そっか…」


なんでこんなに、切なくなるんだろう。一氏くんが小春ちゃんのこと、大好きなのは知ってるよ?知ってるけど…。落ち込む感情を振り払うように頭を振り、視線を上げた。


「あ、アイス!」


目の前の自販機に並ぶアイス。そうだ、喉が渇いたって言うより、アイスが食べたいかもしれない。でも、思わず口に出してしまったことに気付いて、一気に後悔。


「食いたいん?」
「え、でも、財布置いて来ちゃったし…」
「ええよ、そんなん。どれ?」


テーブルに買ったペットボトルを置いて、アイスの自販機の前に立った。けど、買ってもらうなんて申し訳なさすぎて。


「いっいいよ!大丈夫だから!」
「……やったら俺が食お。何にしよっかなー」


わざとらしい…!120円を入れて、ボタンに光が点る。わざとらしく「どれにしよっかなー」って悩んでいて。でもボタンを押す気配はない。もう、押しちゃえ!


「…お、押しちゃった」


ガコンと音がしてわたしの選んだアイスが落ちる。調子に乗っちゃった?怒ってる?恐る恐る隣を見上げると、そこには何もなくて。一氏くんはしゃがみ込んで取り出し口からアイスを取り出して、それからわたしに向き合った。


「ほれ。」
「あ……ごめん、なさい。」


アイスを差し出してくれたけど、申し訳なくて。目を合わさないまま受け取った。


「…気ィつかわんでええから。」


ぺし、と頭を軽くはたかれて、そのまま一氏くんは近くのソファーに座った。わたしもあとを追って、隣と向かい側と迷った結果、一氏くんのテーブルを挟んで向かい側に腰を下ろした。視線を上げれば一氏くんがじっとこっちを見ていて、恥ずかしくなりながらアイスを開けた。


「…い、いただきます…」
「ん。どうぞ」


なんか、いつにも増して一氏くんが優しくて。なんだかそわそわする。どうしちゃったんだろう、とか思いながら視線を上げても、すぐにかち合うだけだから一氏くんの方を全然見れない。べつに睨んでる訳じゃないのに。なんでこんなに真っすぐにこっちを見ているんだろう…


「あ、あの…?」
「ん?」
「何かついてる…?」
「……謙也と、」
「え?」
「…や、何でもあらへん。はよ食え!また早苗になんか言われるやろ。」


忍足くんと?何を言おうとしたんだろう…。一氏くんは不自然に目をそらしていて。さっきの真っすぐな視線も緊張したけど、今の思いっきりそらされるのも少し寂しい。どれだけ自分勝手なんだろう、と自己嫌悪。


「…なぁ」
「うん?」


あ、また目合わせてくれた。やっぱりそらされるよりは、こっちを見てくれた方がいい。


「土日、近くの神社で祭あるんやて。」


時間が、止まった感じ。静かなラウンジに、ごくりと喉が鳴ったのが響いた気がする。


「一緒に行かへん…?」
「…は、はい。」


そう答えると、一氏くんはわたしの前では珍しい笑顔をくれた。少しはにかんだ感じで。顔が火照る。暑くて暑くて、残りのアイスにかぶりつく。二人きりの夏の夜。羽虫の音が耳を掠めていた。