追憶がよんでいる

 個性発現前の記憶。或る日のお昼寝の時間、並べられた小さく薄い布団を小さな手で一生懸命俺の布団に引っ付けてくる女の子が居た。特別仲良くしていたわけではなかった。その日の遊戯の時間にクレヨンをシェアしただけの仲。舌っ足らずな女の子は とどろきくん が言えなくて、しょーとくん と名札の下の名前を読んだ。彼女は赤色が好きだと言う。しょーとくんの髪の色と同じだとへにゃりと落ちそうな程ぷにぷにとした柔らかい頬を持ち上げて緩く笑んだ。

「もう寝ないと先生に怒られるよ」
 と声をかけたら、引っ付けた布団に満足したのか女の子は布団に潜り込む。
「もっと仲良くなりたくて。ドラマで見たの、男女の関係は寝る事で深まるらしい!」
 と得意げに彼女は告げた。今思えばませた子供だと思う。そしてそのお昼寝の時間からその子との距離は確かに縮まった。

 砂場遊びをしながら 将来の夢の話になる。俺を含む大体の子供が「ヒーロー」と答える中 彼女は「ケーキ屋さん」と答えた。理由は毎日たらふくケーキを食いたいらしい。誕生日でもクリスマスでもないのにケーキで満腹になれるほど贅沢なことは無いだろうと 子供ながらに思ったのだと思う。彼女は富や名声よりもケーキを求める変わった女の子だった。

 いつも俺の外遊びに付き合わせているからと、室内で遊んだ事もある。美容院ごっこだと言って彼女は玩具のハサミで俺の髪を挟む。少しだけ痛かったことを覚えている。その後三つ編みにして玩具のドライヤーを髪の近くで揺らしながら ぶおー と効果音を口に出した。ヒーローになりたいと言っていた俺に「お客さんはどんなヒーローになりたいんですか?」と美容師になりきって問い掛けてくる。「オールマイトみたいなヒーローです」と膝を擦り合わせながら照れ臭そうに話す俺に「なれる!しょーとくんならなれるね!やさしいもん!」と 美容院ごっこをしていることも忘れて大きな声で 満面の笑顔を湛えて言ってくれたのを今でも鮮明に覚えている。

 そうして月日は流れ一年、個性が発現してからも幼稚園に行っている間は親父の目もなかったし ずっと一緒に遊んで過ごして全てを思い出せないほど幼いながらに思い出を重ねた。幼少期の一年は大きい、たった一年でずっと一緒にいるような感覚になっていたし、このまま一生彼女と居るんだと思った。楽しくてホワホワ暖かい。ケーキ屋さんを営む彼女の元へ帰って来るヒーローの自分を夜な夜な思い浮かべ 口元に手を当ててくふくふと笑っていた。お母さんに 何笑ってるの?と聞かれても秘密にした。自分だけの宝物にしようとした。その為ならキツイ訓練にも耐えられる気がした。

 ​────彼女が突然 園をやめるまでは。





「はよ、緑谷。」
「おはよう轟くん。今日から僕らも3年生だね」

 懐かしい夢を見た。でももう名前も顔も思い出せない。今思えば初恋なのか、それとも友愛だったのか、思い出せはしないけど 唯一楽しかった幼い頃の思い出として俺の中に存在している記憶。
 なんだか今日は機嫌がいいね、と緑谷は首を傾げた。そうか?と一緒に首を傾げていたら 新学期早々遅刻をするぞ!と飯田がいつも通りのカクカクした動作で俺達を急かした。
 身支度を終えて鞄を肩にかけた所で「そういえば、」と緑谷が呟く。

「ファットガムの所に行ってる切島くん、今日帰ってくるね」
「ああ、そうだったな」
「春休みの間ずっと向こうに行ってたもんね。遠いから泊まりだったし。」
「敵の動きも最近は静かとは言え、何があるか分からないからな。また敵連合のような者が現れるかもしれない。今、沢山吸収しなければ。」

 一年の頃、ずっと俺らを振り回してきた敵連合。その名を出しながら隣を歩く飯田が拳を握りながら告げる。敵発生率はオールマイト全盛期ほどとは言えないがかなり下降傾向にある。一時最悪を招きかけたがヒーロー達が懸命に頑張り世間に認められ、コツコツとまた土台を踏み固めてくれたおかげ。春休みの間、俺達もエンデヴァー事務所に赴き、飯田もマニュアルの元で 各々インターンに励んでいた。高校最後の1年。サイドキックとはいえプロになる前に色々今吸収すべきものは山ほどある。時間は足りないほどだ。飯田の言葉に俺も緑谷もこくりと頷いて教室へ向かった。

 教室で座学の予習をしようと教科書を捲っているとカラリと扉を開けて入ってくる久しぶりに感じるつんつんと立った赤髪。昨日あんな夢を見たから アイツの好きな色だ とふと思ってしまう。
 いつもみたいに 元気な挨拶を聞けるものかと思っていれば浮かない顔のままでクラスメイト達は切島の前に寄っていく。芦戸が「大丈夫そ?」と大きな黒い瞳で切島を覗き見るも「まだ言えねぇ。悪ぃ。今日相澤先生から話あると思うから。」と、歯切れの悪い返答。それ以上誰も深堀は出来なかったし、俺も挨拶だけしてまた教科書を捲った。

 朝のHRで告げられた「放課後、帰らず教室に居るように」という相澤先生の言葉通りチャイムが鳴ったあともクラス全員席について相澤先生を待つ。大きな扉を開けて入ってきた相澤先生は 脇に寝袋を抱えていて そんなに重要な話ではないのかと皆は少し気を緩めた。切島以外は。

「時間は有限。早速本題に入る。切島のインターン先、ファットガム事務所が受け持っていた案件で ワケあって 雄英高校うちで預かる事になる女の子がいる。心のケアが必要だと校長判断で、お前らと同い年だから時々話し相手にでもなってやってほしい。」

 曰く、余りのショックにより記憶が混濁し 何歳の頃かは明確に思い出せないが 目の前で親を殺されて連れ去られた無個性の少女。名を名字名前という。オール・フォー・ワンにより治癒系の個性を与えられ 死柄木弔のそばに置こうとしていたが、心を病んで個性を上手く使いこなせずオール・フォー・ワンから切り捨てられた少女は指定敵団体 所謂暴力団に売られたのだという。そりゃあ待遇はいいものでは無い。その中で5年以上生きてきた少女は この春休み やっと救われたのだと言う。切島が浮かない顔をしていたのは、その少女のことを思ってだろう。ここでもオール・フォー・ワンの名前が出てきたことに緑谷は拳をぎゅっと握りしめていた。彼女が雄英高校で預かることになった理由でもあるオール・フォー・ワンは姿を消しても尚社会に色濃く影を落としている。

 名字名前…聞いたことがある名前だ。どこで聞いたんだっけ。と1人首を捻っていればいつの間にか相澤先生の話は終わっていて 解散、という言葉と共に椅子を引く音が鳴り響く。

「オール・フォー・ワン…やっぱり裏社会には沢山の痕跡が残っているんだね」
「これからもこういう案件は沢山出てくるんだろうな。その度に心が痛みそうだ。」
「名前ちゃん?だっけ。どんな子何やろね。」
「皆で逢いに行っちゃう?」
「事件後のメンタルケアはヒーローの仕事じゃねェだろ。てか大所帯で急に押しかけられた方が病むわ。考えろ。」
「バクゴー、そう言わずさ、目の前に居る女の子の笑顔を取り戻してやろうぜ?」
「でもま、大所帯で押しかけるのは確かによろしくねぇかもな。さすがかっちゃん」
「その呼び方辞めろやアホ面!」
「先ずは同性の私達だけの方がいいかもしれませんわ」
「どこまでの悪待遇だったかはわからないものね」

皆が思い思いに会話を繰り広げる中 記憶を辿っても思い出せない事にもやもやとしながら自分も鞄を持ち席を立った。