懐かしき見知らぬ友よ
「駄目だね、キミは弔の傍において置けないようだ。駒にすらならないなんてね。」ふと顔を上げると見慣れた顔のない男はゆったりとした低まった声色で告げる。耳触りこそいい物言いと優しい声色なのに 私の体の震えは止まらない。目の前で親を殺し、私を連れ去ったあとも "器"だけがあり"中身"がない無個性に何を注ぎ込もうかと嬉々とした様子で私の額に指を差し込んでいたことを鮮明に覚えている。そして駒にすらならない、つまり戦力外通告を受けたのは誘拐されてから約6年程経ってからだった。
「その個性も感情で左右する不安定なものだから持っていても不便だからね。君にあげよう」気持ちで左右する個性だからこそ、彼も 彼の教え子という死柄木弔という手だらけの男も私には優しかった。なのに端の方で震える自分の身体を抱く事しか出来ない私に痺れを切らした男は、そう私に告げた。無個性だったし、嬉しいだろう?とでもいうように肩を竦めて首を傾げる。まるで慈善活動をするように 私に個性をあげる、と。奥歯がガチガチと音を鳴らしそうになるのを堪えて噛み締め男を見上げた。その瞳には恐怖しか映っていなかっただろう。
気持ちを落ち着かせるためにたくさん優しくしてもらった。沢山小学校で習うような勉強を教えて貰ったり 死柄木弔は子供の私と遊ぼうとしてくれた。けど、私が心を開くことは無く、毎日 いつ殺されてしまうのだろうというマイナス思考だけがついて回っていた。
私の中で、1番楽しかった 幸せだった記憶は──
「はじめまして、名前さん。私 八百万百 と申します。」
「蛙吹梅雨よ、梅雨ちゃんと呼んで」
「私は麗日お茶子!名前ちゃんって呼んでもいい?」
「ごめんな、名字さん。俺のこと覚えてるか?烈怒頼雄斗…って覚えにくいかな。切島でいい!」
彼らが私を見限り押し付けた先は指定敵団体。きっとそこで臓器を取られるか 海外に奴隷として売られるか、薬漬けにされてしまうか。そう思ったのだろう。友好の証として私を引き渡す 後は好きにしてくれとそう言っていた。きっと顔のない男と手だらけの男は体良く厄介払いをしようとしたのだろうけど その指定敵団体、"西條組"は私を生かした。
そして、そこから私を救い出してくれたのはヒーロー。攫われたあの日から外の情報は何一つ私に開示されることは無かったからヒーロー名は知らない。幼稚園の時から知っているのは、オールマイト エンデヴァーくらいだろうか。
雄英高校でお世話になることになって 宛てがわれた教師寮での部屋は凄く自分には贅沢なもので。ふかふかのベッドに真っ直ぐの机。暖かいブランケット、肌触りのいいカーペット、冷暖房完備に、可愛いピンクの座椅子。真っ黒の服で 無精髭を生やしたくたびれた格好の男性が この可愛い座椅子を持ってきて「なんか、女の子はこういうのが好きだろ」って不器用に部屋に置いていったのが 少しだけ面白いと感じたのを覚えている。白基調の部屋でそれだけが少し浮いている。
そして、目の前で自己紹介をしてくれる3人の女の子と 私を救い出してくれたぷにぷに可愛らしいヒーローの隣にいた赤髪の男の子。にこ、と笑いかければ ほ、と安堵のため息を零す。
「百ちゃん、梅雨ちゃん、お茶子ちゃん、ありがとう。私女の子のお友達いた事ないんだよね。だから嬉しいなあ。君も覚えてます。助けてくれてありがとう、烈怒頼雄斗!」
私が声を弾ませてそう言えば みるみる皆の表情は明るくなっていく。大丈夫、心配してくれてありがとう。救われたのだから 私はもう大丈夫。世間知らずだから これから沢山勉強しないといけない事はあるけれど、もう大丈夫。口元を綻ばせながら ぐ、と両手に拳を握って胸の前へと持っていけば 「沢山仲良くしてくださいね」と百ちゃんが私の手をきゅっと握ってくれて これからも手助けするからな!と切島くんも拳を握った。
「小学生くらいの年齢までは勉強も教えて貰っていたんだけど、西條組に引き渡されてからは全く出来てないの。色々教えてくれたら嬉しいな。ヒーローさん達に迷惑かけっぱなしというわけにもいかないし」
「そんな、気にせんでええんよ…?迷惑やないよ、ヒーローはお節介なもんなん」
「ありがとう、お茶子ちゃん。でも、いつかは独り立ちしなきゃ。その為にこれから沢山勉強したくて。皆さんがお手隙の時で構わないから」
「私で良ければいくらでも力になりますわ。」
「でもそう考えると知り合いは多いに越したことはないわね」
「拳藤さん、ってかわいい女の子がさっき会いに来てくれたの。梅雨ちゃんたちのクラスの人?」
「B組の人ね。私たちはA組なの。」
そういえば、と頬に人差し指を当てて考える。可愛らしいサイドテールをした明るい女の子。私の話を担任の先生から聞いて直ぐに飛んできてくれたのだとか。姉御 という言葉が似合いそうなほど アッサリとしていて笑顔が素敵な拳藤さんは 少し話したあと また話そうな と言いながら去っていった。あまりに長時間話していると私が疲れてしまうと気遣っての事だろう。
然しここに来てから訪問者は多い。寒い地下牢に薄着で監禁され 殆どの時間を1人で過ごしていた私が 過去を思い出しパニックにならないように気をつかってくれているのだろうか。
「そうや、3日後に3年生も頑張ろう会を開くんやけど よかったら名前ちゃんも来ん?」
「もし大丈夫そうなら、相澤先生に確認を取りましょう」
ぱちん、と可愛らしい肉球のようなものが指先に着いた手を鳴らすお茶子ちゃんの手元を見つめ、そっと視線をあげる。安全な環境にいると分かっているせいか大きな音にびっくりすることは無いけど 少し驚いてしまって目を見開く。人差し指を立てて提案するお茶子ちゃんに 名案だと言うように百ちゃんが食いつく。
皆がいいなら、と流れに身を任せて微笑み お友達が増えるの嬉しいな と告げる私に 4人の顔はさらに綻んだ。
それから、イレイザーヘッドが「無理に誘われてないか」と私の意思を再度確認しに来て 首を横に振り大丈夫という事を伝える。
すると次の日に 緑谷くん お茶子ちゃん 飯田くん 響香ちゃん 上鳴くんの5人、その次の日には少し人数が増えて 三奈ちゃん 透ちゃん 百ちゃん 梅雨ちゃん お茶子ちゃんの女の子5人と、切島くん 上鳴くん 緑谷くん の顔見知りの男の子3人が遊びに来てくれた。少しずつ大人数に慣らそうとしてくれているのだと感じて 優しさに少し胸が暖かくなる。
そして皆は口を揃えて「爆豪の言うことは一切気にしないこと」と告げてきた。すこし言葉遣いが乱暴らしい。
緊張半分楽しみ半分。同い年の子に囲まれるのは幼稚園の頃以来。イレイザーヘッドに連れられてA組寮の前まで来た。胸に手を当ててドキドキと高鳴る胸に息苦しさも感じる。然し恐怖や不安からではない、久しぶりに感じる感情に眉を下げる。
「名前さん、アイツらは本気であなたの心を救おうとしてる。大丈夫だ。」
生徒と話す時の 相澤先生 とは違う ヒーローとしての優しく慈悲に満ちた声色と表情。頼れると感じた大人の前だからか不安な顔をそのままに出してしまっていたらしい。どうにも、相手の顔色を伺って身の振り方を決めてしまう癖がついているようだ。イレイザーヘッドが 無理に誘われたのではないかと私に問いかけてきたのはそれを察してのことだろう。A組の皆は 本気で私が楽しみにしていると思っている。それは間違いではない。でも、緊張の方が大きい。
自分の為にそこまでしてくれる皆をガッカリさせはしないだろうか。嗚呼、不安も混じってきた。
イレイザーヘッドが寮の扉に手をかけ 「来たぞ」と短く告げながら中を覗けばワイワイと楽しそうな声が外まで聞こえてくる。
「名前ちゃーん!いらっしゃい!」
「お待ちしておりました、おいしい紅茶を用意してますの」
「初めまして。尾白です。ここの席空いてるよ」
「俺は砂糖!これ、焼いたんだけど。ケーキ好きか?」
「ふああ!美人じゃねーか!上鳴!なんでオイラを連れてってくれなかったんだよ!」
「お前補習だったじゃん。あ、名前ちゃん、コイツ峰田ね!」
目が回るほど一気に話しかけられて 手のひらを皆に向けてアワアワと何処から話せばいいのかと焦っていれば ふと横にトゲトゲ頭の目つきの悪い男の子が私を庇うように立った。
「コイツ、今まで大人数に囲まれたことあんまねーんだろ。自分らで話してて忘れたンか。一気に押し寄せてんじゃねェ」
「爆豪くん…」
飯田くんが彼の言葉を聞いて こくこくと何度も頷いて 「皆!仲良くしたい気持ちはわかるが一旦落ち着こう!!」とカクカクと腕を動かしながら大きな声を出す。ピクリと肩を跳ねさせる私に 「うるせェんだよメガネ!」と爆豪くんがぽつりと呟く。
彼が、爆豪くん。「爆豪の言うことは一切気にしないこと」と念を押されていた為 私を庇うように前に立ってくれたことに驚く。小さくお礼を告げれば ケッ と吐き捨てるように空気を吐いて スタスタと何処かへ歩いていってしまった。「大丈夫か」と 気遣うように背に手を当ててくれるイレイザーヘッドに にこりと笑いかけて大丈夫だと告げれば なんとも言えないような表情を浮かべて 添えてくれていた温もりが離れた。
「呼んでいただきありがとうございます。少しびっくりしちゃったけど、大丈夫。よろしくお願いします」
歯を見せて にっと満面の笑顔を湛える私に、やってしまった、という空気から一変 よろしく!と皆が笑顔で声を掛けてくれる。自己紹介もそこそこ 私は尾白くんに空いていると言われたソファにそっと腰をかけた。
「悪ぃ、ちょっと親父と電話してた」
パーティが始まり 砂糖くんが作ったというケーキを食べていれば携帯片手に入ってきた男の子。その人を見た途端びくりと心臓が跳ねる。
───しょーとくん…?
口をパクパクとさせるもそれが声に出ることはなくて 私を見据えて目の前まで来た彼を恐る恐る見上げる。忘れるはずもない、赤と白の髪の毛 綺麗なオッドアイの瞳。私の知っている可愛らしい顔立ちだったしょーとくんとは一変して 顔立ちの整った男の子へと変貌していたけど 忘れるはずもない。唯一 家族と過ごす時間以外で 楽しくて幸せだった頃の思い出。いつか会えるだろうか、オールマイトのようなヒーローになるために勉強しているのかな。今頃何をしているんだろう。ひとりぼっちの時によく考えていた彼の事。
「名字、だな。よろしく。轟焦凍だ」
携帯をポケットにしまいながらそう言う彼に 次は鈍器で頭を殴られたような感覚に陥る。そりゃそうだ。幸せだった記憶があのころで止まっていて ずっと大切にしていた私と違い 楽しい思い出も沢山あって 新しい友達も沢山いるしょーとくんにとっては 幼い頃の朧気な記憶でしかないはず。
他の人にするのとおなじように 口元を緩ませながら この動揺を表に出してしまわないように努めることしか出来なかった。
「よろしく、轟くん。」
再会できた彼は、もう かなり遠い存在になっていた。