いつか原点にかえるから
「生かせ」
西條組に弔くんが言った言葉。あのオール・フォー・ワンから急に渡された女。扱いに困っていた西條組の幹部に彼は確かにそう言ったらしい。理由は分からない。薬物を試すにも、臓器を売り払うにも、何故あの闇の王はこの少女を自分たちの組に渡してきたのかと考えあぐねていた西條組は 本当の本当に最低限だけど衣食住を私に与えて弔くんの言われたとおり生かすことを選んだ。見張りはいつも一人。毎日コロコロと変わる。慰め者にしようとする人もいれば、ただ無関心に壁とにらめっこする人、暇すぎて「しりとりでもしようや」とか言ってくる人 様々だった。
私は時々、何故弔くんが私を生かそうとしたのかを考える。今や話す事なんて出来ないんだから考えるだけ無駄なのに。
考えが巡り過ぎてしまって眠れない夜は夜風に当たるのが1番。オールマイトに買ってもらった可愛らしい寝巻きはポカポカと暖かくて このまま外に出ても風邪を引くことはなさそう。時計を見れば21時。皆各々の部屋で休んでいる事だろうし 誰とも会うことは無いだろう。一応広間にいたセメントス先生に「前のベンチで 少し夜風に当たります」と伝えて教師寮の大きな扉を開いた。
肌を撫でるひんやりとした風が気持ち良くて、靴を脱いでベンチの上に体育座りをして膝に顎を置く。この体勢が1番落ち着く。不本意ながらよくこの体勢で居ることが多かったからだろうか。目を伏せて心地よい風を全身で感じる。
「寝れねぇのか」
ふとかけられた声に肩が跳ねる。全く気づかなかった。顔を上げれば轟くんがいて え、何故?幻?と素っ頓狂な事を考えてしまう。
「アッ…イヤ、」
カタコトになりながら戸惑って膝を抱く腕の力が強まる。まさかこんな所で会うとは思っていなくて部屋着だし髪の毛もボサボサだし。
「…?」
「轟くんは、何でここに?」
「相澤先生に少し用があって」
「あ、あ〜成程〜」
21時ぞ?私がやること無くて早寝するのが癖になってるだけで、21時って割と皆活発に動く時間なのかな?これからは気をつけよう…
教師寮の扉を指さしながら言う轟くんに笑いかけながら「広間にはいなかったからお部屋で仕事中なのかも」といえば 「そうか」と短く答える。
用事は明日にして自分の寮に戻るなり、呼んでもらうなりするのかなと轟くんの方を見ていれば ゆっくりとこちらに近付いてきて隣に座ってしまった。
「えーーーと…?」
「こんな時間に、敷地内とはいえ女の子1人は危ねぇだろ」
「あっ…ありがとう。でも大丈夫、もう少し夜風に当たったらお部屋に戻るよ。…あと、部屋着だから恥ずかしいし」
戸惑ったように首を傾げる私に キョトンとした顔で さもそうするのが当然だろ?とでも言うように彼は告げる。きっとここに座ってたのが私でも 私以外の女の子でも彼は同じことをするのだろう。少しだけチクリと痛む胸に見て見ぬふりをして 正直に誰かに部屋着を見られちゃうのが恥ずかしい事を告げる。もしこれが上鳴くんとか緑谷くんなら気にしないけれど、貴方だから気になってしまう とは言えない。あ、峰田くんでも少し気にする。色んな意味で。
「…名字は、」
「ん?」
「なんで無理に笑うんだ?」
ひく、と頬の筋肉が軽く痙攣した。大人且つプロヒーローの此処の教師陣(特に観察眼ヤバすぎる相澤先生)には直ぐにバレてしまったけど 同い年の皆には気付かれた事はなかった。幼い頃からずっと オール・フォー・ワンの前以外ではちゃんと笑顔を作ってきた。そんな簡単に見破られないほど上手くなっていたはずなのに。オール・フォー・ワンの前でだけは恐怖が勝ってしまっていたけれど。
「…なんで?無理になんて笑ってないよ」
心外だ、と言わんばかりに眉を下げて言えば 轟くんも少し眉尻を下げて困ったような顔をする。めちゃくちゃ申し訳ないきもちになってくるじゃないですか。
何故か 彼は自信なさげに「なんか、」と言葉を紡ごうとする。静かにそれの続きを待ちながら さすがに夜風で身体が冷えてきて私は無意識に肩を竦める。
「分かんねぇけど、名字の本当の笑顔は、もっとこう…違う気がした。悪ぃ」
自分でも何故そんなことを言ってしまったのか、答えが見つからないというように首元に手を回して視線を逸らしながら謝る轟くんから、私は視線を逸らせないでいた。それは、親の死も見てなくて なんの恐怖も知らなくて、ただ愛され不自由なく暮らしていた、毎日が楽しかったあの頃の私を知っているから?轟くん、否、しょーとくんも覚えてくれているの?そう問いかけたくなった。
「…そろそろ身体も冷えてきたから戻ろうかな。何も気にしてないから謝らなくていいよ。相澤先生の所一緒に行く?」
膝を抱いていた手を離して 立ち上がって伸びをしながらそう言えば 轟くんも一緒に立ち上がった。
「…いや、明日でいい。」
「そっか、おやすみ。轟くん。」
「あぁ」
少しだけ居心地の悪さをお互いに感じながら手を振り合う。彼は私が寮の中に入るまで見送ってくれた。
パタンと扉を閉めれば 相澤先生が広間に出てきていて 「眠れそうか」と問いかけてくる。
「ぐっすり眠れそうです」
「女の子があまり身体を冷やすな」
「はい、ありがとうございます」
自室に足を向けながら 軽く会釈をして広間にいる先生方におやすみなさいと声をかける。
あのまま、私のこと覚えてる?って聞いて、思い出話に花を咲かせればよかったのに。幼稚園同じだったよね?って普通に聞けばいいだけなのに。
何か、あの時の屈託のない笑顔を咲かすことができた私のまま 轟くんの中に居座りたいと思ってしまった。綺麗な私のまま。
覚えてくれているかなんて分からないけど。
自室に戻って、彼が選んでくれたネックレスを指で撫でながら 小さく溜息をついた。
「緑谷、ちょっといいか」
「大丈夫だよ、相澤先生と話せた?」
自分の寮に帰ったあと なんとなく足は緑谷の部屋に向いた。ノックをすれば直ぐにダンベルを片手に出てきてくれた緑谷は俺を部屋に招き入れてくれる。
相変わらずオールマイトだらけのオタク部屋。少し落ち着かない。
「緑谷は割と人のパーソナルスペースというか、触れてほしくないと思ってるところにズケズケ入ってくる所があるよな」
「ウーンごめんね?根に持ってる?」
「違ぇ。それで救われる人間も沢山いる。お前は言葉を選ぶのが上手いんだと思う」
「それは、ありがとう。…どうしたの?」
「俺は言葉を選ぶのが下手、というか ボキャブラリーが乏しいから…」
どう伝えればいいんだろう。何故か自分でもよく分からないけど名字の笑顔は本物の笑顔ではないって思っていて 何故か無性に彼女の屈託のない 本当の笑顔を見たいって思ってしまっていて。
それを彼女に伝えようとしたけど上手く伝わらない。もしかしたら 気にしなくていいと言われたけど怒らせてしまったのかもしれない。今までしっかりと人間関係を作ろうとしてこなかったツケがこういうところで回ってくる。
「知ってる、気がする」
「…?何を?」
「名字のこと、」
「でも彼女は轟くんを見ても何も言わなかったし…君ほど顔も整ってたら1度見たら忘れられないと思うけどね。女の子なら特に。」
確証はない。よく分からない。どこで出会ったことがあるのか。寧ろ幼い頃からオール・フォー・ワンに捕らえられてしまっていたなら接点があるはずもない。なのに何故。モヤがかかっている記憶がもどかしくて眉間に皺を寄せる。冗談っぽく緑谷はいっているけど 確かに初めて会った時名字は俺に何の反応も示さなかった。顔はわかんねぇけど、この白と赤の頭やオッドアイの瞳、父親がエンデヴァー。1度会えば忘れられない要素なら沢山持っているのに彼女は自分になんの反応も示さなかった。
思い違いなのだろうか。
「名字の笑顔が見てぇ。でも、それを本人に言ったら ちゃんと本物の笑顔だって言われちまって」
「なるほど、そこから最初の話に繋がるんだね。」
んー、と考え込むように顎に手を当てる緑谷をじっと見つめる。
「きっと、前に君が言ったように あまり関わりのない人間にそう言われても しっくり来ないというか 何言ってるの?って思っちゃうんだと思う。あと 名字さんは境遇が境遇だからゆっくりじっくり距離を詰めるのが得策だと思う。お話する時間を沢山取ってみたらどうかな?」
なるほど、と頷く僕に「僕には、彼女のあの笑顔が本物か作られたものかはわからないけど きっと無理してるんだろうな とは思ってたから。僕も頑張るよ、救えたらいいね。壊理ちゃんの時みたいに」と穏やかな声で告げる。ああ、と短く返事をしながら 少し俯いた。