引き合うさびしさの引力
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『今ひま?』
鈴木からの珍しい連絡に、仕事の手が止まる。普段なら、『急に何かをしたくなったから今度暇な日に付き合って欲しい』などと、言うことはあっても、今の予定の有無を確認されることはまずない。性格なのか、気遣いなのかは不明だが、社会人になってからは特に徹底してそうだった。
なんとなく、いつもと違う嫌な雰囲気を感じて、すぐ、『暇』と返事をした。送信と同時に既読がつき、飲み屋の位置情報が送られてきた。駅前の大衆居酒屋で飲んでいるらしい。
「はい、らっしゃいませー。一名様ですか?」
店に入ると、大学生らしいアルバイト店員に出迎えられた。先に連れが、と、言う前にカウンターに座っている鈴木の姿が目に入った。生ビールはジョッキ半分くらい残っていて、食べかけの卵焼きが見えた。
「あのカウンターにいるのが、」
「あ、はい、どうぞ。お通しお持ちします」
店員は足早に厨房の方に戻っていった。
席まで数歩の所で、鈴木がこちらに気づいた。ビールジョッキを眺めていた冷めた目はどこへやら。よそ行きの笑顔に出迎えられた。
「お、月島早い!」
そう言うと、横の席に置いたコートや鞄を自分の椅子にかけ直し、俺が席につく前にドリンクメニューを差し出した。
「飲み物何にする?」
人を呼びつけるくらいに飲んでいても、こういった先回りは欠かさない。
「ウーロン茶にしとく」
「ウーロンハイ?」
「ウーロン茶だよ」
車の鍵を揺らして見せると、ため息をつかれた。
「終電過ぎても送ってやるから、好きなだけ飲め」
少し不満そうな顔をしたが、すぐにフードメニューを取り出して、何にしようかと悩み始めた。
「お腹すいてる?」
「まあ、そこそこ」
「唐揚げいく?」
「刺身もいいな」
「天ぷら食べたい」
「揚げ物ばっかりだな」
こんなに食べれるのかと疑いながらも、一通り注文した。安さが売りの大衆居酒屋というだけある。心配せずとも、実際並べてみると程よい量だった。
「二人だと色々食べられてお得感あるよね」
「そうだな」
気付かれないように時計を確認しながら、酒をすすめた。酔い潰したいわけではない。こちらの手を悟られたくないだけだ。
残った料理を調整しながら、決めた時間に予定通りの台詞をはく。
「シメにラーメンいくか」
「うわ、出たよ体育会系」
「関係ないだろ。ほら、駅前のラーメン屋もう閉まる。急げ急げ」
会計を済ませて、駅に向かった。
酔いに任せた乱暴な足取りはどう見ても危なっかしく、肩を抱いて引き寄せる。大丈夫だから。と、逃げられそうになったが、しっかり肩を抱いて駅の中に進んで行った。
「ラーメン屋暗くない?間に合う?」
「閉まってるに決まってるだろ」
「え、」
酔いで緩んだ表情が一気に覚めていく。
「ほら、終電」
酔いが回っておぼつかない足取りに力が入る前に、階札まで無理やり誘導する。文句を言う暇も与えず、鈴木をうまく人波にのせて、背中を押した。
「気を付けろよ」
鈴木は戸惑った表情のまま、なんの返事もせず押し流されていった。
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