白石先輩


「鈴木ちゃんは彼氏いるの?」

は?お前に関係ないだろ。
そう言えたら、どんなに楽か。どうですかね。なんて、曖昧な返事でお茶を濁すのが精一杯。

「彼氏いないなら付き合う?俺、年上だし余裕あるよ〜」

何の。何の余裕があるの。バイト先の高校生(2年生)に付き合おうと言ういい大人は余裕無いでしょう。本当に本当にやめてほしい。家近いからってこの店にするんじゃなかった。

「どうですかね。うち、厳しいし。」
「親には内緒にすればいいから」

嫌がっているのを察して欲しい。私が器用で女優みたいな演技ができたら当たり障り無く嫌なオーラを出して、ごめんなさいして逃げるのに。
これが教育担当の先輩でなければ、家の方面をざっくり知られている先輩でなければ、シフトがよく重なる先輩でなければ、どうしようもない 『ければ』 を考え続けていても先輩の猛攻は止まらない。

「どう思います?」
「へ〜。やばいね」

「どうしたらいいんですかね」
「彼氏いるって言ったら?」

「いや、本当にいないですし」
「真面目か」

「彼氏いるならバイト上がり送ってもらえばとか、顔見たいとか言われそうだし」
「それはあるか」

「あ、じゃあ先輩が彼氏ってことにするのは?」

「は?」

あ、やばい。
普段穏やかな先輩の顔から表情が消えた。

「未成年と付き合ってますって嘘でも言うの無理だわ」
「で、ですよね」

「漫画じゃないんだから」
「ですよね」

返す言葉もない。
私が嫌がってる例の先輩と同じ 未成年に手を出す最低な大人になってください。って言っている。ここから優しい先輩とちょっといい雰囲気になれたらなんて下心があった。常識のある大人となら。年が離れていても、節度のある付き合いができるかも。

「嫌らなら普通に断りなよ。曖昧な返事してるから変な方向に行ってるんじゃない?」

突き放すような口調が、耳に痛い。つい、口をついた でも、に、畳み掛けるように言葉が降ってくる。

「でも、バイトやりづらくなる?」

そう。

「また一から探すの面倒だから、波風たてないようにしたいだけでしょ」

図星。

嫌なら、さっさと切りなよ。

「先輩は、私がやめてもいいんですか」
「それは鈴木ちゃんの自由でしょ」

力無い、ですね。で会話を閉めてから、とても気まずくなって、必要以上には話さず仕事を終えた。先輩は普段通り穏やかな雰囲気で淡々と仕事をこなして、何事もなかったかのように、控え室に戻っていった。
翌日、また例の先輩とシフトが重なり、相変わらず付き合わないかの誘いが来る。

彼氏いらないです。

と言ってみた。かった。私は何も言えず、曖昧な返事の引き出しもない。とにかく笑ってごまかした。もう無理だと思った。

嫌なら、さっさと切りなよ。

所詮、私はアルバイトだ。代わりはいくらでもいる。この店でなくともアルバイトはできる。言えないなら、切ろう。

私は店長に今日でやめますとメッセージを送って、必要な私物を全部引き上げて家に帰った。
翌日、例の先輩からは、仕事中の誘いは全部冗談だったといった内容のメッセージが来た。大人って情けないな。もちろんすぐブロックした。

白石先輩の連絡先はわからない。

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