イーストシティに降り立ったエルリック兄弟は東方司令部に向かうため街中を歩いていた。
「相変わらず変わんねえなこの街は。まあ半年しかたってねえしそりゃそうか」
「兄さん半年しかじゃなくて半年もだよ…」
その言葉にエドワードはうっと顔をしかめた。
西部のはずれに賢者の石に関する情報があったためそちらに向かったが大した収穫を得られずせっかく遠くまで来たのだからと近郊の町で何か情報はないか調べていた所思わぬ事件に立て続けに巻き込まれ足止めを食らっていたのだ。
「兄さんがもうちょっと落ち着いて行動してくれればもっと早く報告に来れたのにね」
「なんだよ、俺のせいだってのか?!」
「兄さんのせいとは言ってないけど八割方自分から巻き込まれにいくよね」
アルフォンスからじーっとした視線を送られ
エドワードは口を噤んだ。
しばらく歩いていると白を基調とした可愛らしいお店が見えて思わず足を止めた。
「うわー可愛いお店だね!こんな店あったかな?」
「いや初めて見るな」
店のディスプレイが目に入った途端アルフォンスが喜色ばんだ声を上げた。
「兄さん!!見てよ!」
そこにはミニチュアの猫の置物が何体か置かれていた。
よく見るとミニチュアの置物だけではなく猫のイラストが描かれたマグカップ等色々な雑貨が展示されていた。
「うわー!可愛い!!」
「すげーな猫だらけ…」
様々な猫の雑貨にエドワードも思わず見入ってしまった。
二人でしばらくディスプレイを眺めていると
中から人が出てきた。モカブラウンにウェーブがかった髪の可憐な少女だった。二人の様子に気付くと少女は柔らかい笑みを浮かべ声をかけた。
「良かったら中も見ていきませんか?」
「兄さんいいでしょ?ちょっとだけ見ていこうよ!」
アルフォンスのあまりの勢いに圧されてエドワードは苦笑しつつ了承した。
店の外観に反し中は広目の構造になっていた。
「へえー普通の物も置いてあるんだな」
エドワードの言葉に少女は苦笑しつつ答えた
。
「母が大の猫好きでね、貴方達がさっき見てたディスプレイは母が手掛けたの」
この少女はソフィアといい母と二人でこの店を切り盛りしているらしい。
店先のディスプレイの他、店内にも猫の雑貨が置かれていたが他にも白い系統の雑貨や可愛らしいアクセサリーが置かれていた。
普段のエドワードにはあまり馴染みのないものばかりでどこか居心地悪そうに体をそわそわさせた。
ふとひとつの髪飾りが目に入り思わず手に取った。
それは鳥の羽をモチーフにしたゴールドのバレッタで羽の右上部に深紅のビジューとパールが二つ連なっていた。
「これ…綺麗だな」
バレッタを眺めていると視線を感じ顔を上げるとソフィアがその様子を凝視していた。
見られてることに何となく焦りを感じバレッタを元の位置に戻した。
「あなた……いやなんでもないわ」
ソフィアは何か言いたげだったが結局口にすることを止めた。
「兄さんお待たせ、すっかり堪能しちゃった」
「もういいのか?」
「うん!兄さんこそいいの?随分髪飾りに夢中みたいだったけど」
「見てたのかよ!……俺はいいんだよ」
アルフォンスの言葉にエドワードは少し頬を赤らめ目を逸らした。
その様子にソフィアはふっと微笑んだ。
「またこっちに戻ってきたら寄ろうね!」
「おう、そうだな」
「いつでも待ってるわ」
温かい笑顔に見送られ二人は店を後にした。
「うーす!」
バンっと大きな音をたてて現れた人物に司令室にいた面々は顔を上げた。
「おおーお前ら!」
「元気にしてたかー?」
「お二人とも久しぶりですね」
久しく姿を見せていなかった二人に皆の嬉々とした声がかけられた。
しばらく雑談しているとホークアイの姿が見当たらないことにエドワードは首を傾げた。
「あれ?中尉は?」
「ああ、中尉なら」
ハボックが答えようとするとタイミング良くホークアイが部屋に入ってきた。
「あら、二人とも久しぶりね」
美貌の副官はふたりの存在に気づくとその相好を崩した。
「中尉も久しぶり!」
「お久し振りです」
「報告書を提出に来たんでしょう?大佐なら執務室にいるわ」
「ありがとう!アル行こうぜ」
ホークアイに礼を述べると二人は執務室に向かった。
「よう大佐!報告書もってきたぜー」
「もう兄さん!挨拶くらいちゃんとしなよ。大佐お久しぶりです。」
「やあ、これはまた随分久しぶりだね鋼の、アルフォンス。」
突然の来訪者に男は驚き目を丸くした。
「やれやれ定期的にとは言ったがもう少し頻繁に報告に来れないものかね」
男はわざとらしく頭を抱え大きな溜め息を吐いた。
「すみません大佐」
「アルフォンスが謝ることじゃないよ」
そう言うとエドワードに視線を移し嫌味な笑みを浮かべた。
「なんだよ」
「別に?どうせまた厄介ごとにでも巻き込まれたんじゃないか、いや巻き込まれたというより自分から首を突っ込んでいったんだろうなとは思ってないよ?」
こいつどっかで見てんのか?!
ずばりロイに言い当てられたエドワードは苛立ちと驚きをない交ぜにした表情をした。
「大体予想がつくよ」
ロイは再度溜め息を吐いた。
エドワードはトランクから分厚く束になった報告書をロイに渡した。
「この量じゃ今日中に全て見るのは無理だから明日また来てくれるかい?」
不満を漏らしそうになったが自分に非があるのを分かっているエドワードは大人しく頷いた。
「そうだ新しい文献がいくつか入ったから確認してみるといい」
ロイはエドワードに書庫の鍵を手渡した。
「サンキュー大佐。アル、先に図書館に行っててくれ」
軍属ではないアルフォンスには閲覧することができないため先に図書館に向かってもらうことにした。
「うん」
「じゃああとでな!」
エドワードは颯爽と部屋を出ていった。
動く気配のないアルフォンスにロイは首を傾げた。
「君は行かなくていいのかい?」
「兄さんのことだからしばらくかかると思うので僕はゆっくり行きます。それより大佐に伝えたいことがあって」
なにやらアルフォンスのそわそわした様子に不思議に思いながらもロイは耳を傾けた。
すっかり遅くなっちまったな。
人体錬成に関するものはなかったが代わりに珍しい文献をみつけたエドワードはすっかり読み耽ってしまった。
鍵を返そうと執務室の扉を開けロイを見ると黙々と書類に取りかかえる姿が見えた。
「ほい、鍵返しに来た」
「ああ、何か見つかったかい?」
「人体錬成に関するものはなかったけど中々面白いものはあったよ」
「そうかそれは良かったな」
「それよりアンタがそんなに真面目に仕事してるなんて珍しいな」
「君ねえ…私はいつだって真面目だよ」
ロイの胡散臭い表情にエドワードはしかめた。
「どうだか」
「まあ今日はとても大切な用事ができたからね。残業するわけにはいかないのさ」
ロイは嬉々とした表情を浮かべた。
「ふーん」
この男のことだからどうせまた美女とデートの約束でもしてるんだろうと予想するとちくりとエドワードの胸が痛んだ。
「君、今日の夜は宿にいるのかい?」
「?ああ」
「そうか」
「なんでそんなこと聞くんだ?」
「いやなんでもないよ。それより図書館に行くんだろう?時間は大丈夫かい?」
「やべっ{emj_ip_0792}…じゃあな大佐!」
エドワードは慌ただしく出ていった。
「ああ、また」
ロイは意味深長な笑みを浮かべた。
図書館でアルフォンスと合流し何冊か文献を読み終わる頃にはすっかり日が暮れ外は薄闇になっていた。
「兄さんもうすぐ閉館だしそろそろ帰ろう」
「そうだな」
凝り固まった体にエドワードはうーんと伸びをした。
図書館を出るとアルフォンスはそわそわしだした。
「また寄ってくのか?」
「うん!来るときはちょっと様子見ただけだったからね」
図書館の裏にある空き地は野良猫の溜まり場となっていてイーストシティを訪れる際には必ずと行っていいほど立ち寄るアルフォンスのお気に入りの場所だった。
「僕しばらくいると思うから兄さんは先に宿に戻っててよ」
「ああ、あんまり遅くなるなよ」
「うん」
エドワードの姿を見送るとアルフォンスはほくそ笑んだ。
執務室でのロイとの会話を思いだしこれから起こる出来事を想像する。
兄さんびっくりするだろうな。
「二人とも上手くいくといいなあ。」
思わず優しげな声が漏れた。
街中を歩いているとどこからともなく漂ってくる香ばしい匂いにエドワードは急激に食欲を刺激された。
ちょうど夕飯時だもんな
どこかで食べていこうか思案していると見知った人影が見えた。
暗がりでも目立つあのシルエットは大佐だ。今日は用事があると言っていたからまさかここで出くわすとは思わなかった。そのまま大佐を見ていると隣を歩く人影に気付き呆然とした。
背丈はエドワードより少し高くモカブラウンにゆるいウェーブがかった髪の可憐な少女。
「ソフィア……なんで」
何故ソフィアが大佐と一緒にいるのだろうか。しばらく二人から目が離せなかったが不意に大佐が柔らかい笑みを溢し少女の髪に触れた瞬間胸に強烈な痛みが走った。
「………っ!」
ぎゅっと手を握りしめ堪らずエドワードは駆け出した。
何故二人が一緒にいるのだろうか。
親しげであんなに優しそうな顔の大佐は見たことがなかった。
――しかも髪なんて触って
エドワードは、はっとして立ち止まった。
もしかして大佐の用事というのはソフィアと過ごすことだったのではないか?
さっきのあれは誰がどう見たって完全にデートだ。
大佐が自分とそれほど年の変わらない少女とデートしてる。
それはエドワードにとてつもない衝撃を与えた。
今まで大佐のデートを何度か目撃することがあっても隣を歩いているのはいつも綺麗な大人の女性だったから平静でいられたのだ。
まかり間違っても引く手数多のあの男がわざわざ14も年下のガキなんて相手にするわけがない。
あの男には大人の洗練された美女でなければ釣り合わない。
そうやって自分自身に言い聞かせその都度ちくちく傷む胸を宥めていた。
しかしソフィアはどうだ確かにエドワード
に比べて大人の女性に近い体つきをしているがそれでも少女の域をでない子供なのだ。
昼間店で話した少女を思い浮かべる。
ふわりと柔らかそうな髪、穏やかな雰囲気に可憐でそれでいてあの温かく優しい微笑み。
「なんだよ……そういうことかよ」
思わずエドワードから自嘲気味な笑いが溢れた。
年齢なんて関係なく俺だから駄目なのか。
同年代の女の子と比べても発育不良の体、粗野で女らしさの欠片もない言動、なにより禁忌を犯した愚かな身。
好かれる要素なんて最初から何一つないじゃないか。
目頭が熱くなり視界がぼやけた。
まだ往来を歩く人がちらほらいたがエドワードに気にする余裕はなく再び走り出した。
今はただ一刻も早く宿に戻り一人きりになりたかった。
バンッとけたたましい音をたてて宿の扉が開いた。受付のカウンターにいた従業員が何事かとそちらに視線を向けるとエドワードの顔を見て更にぎょっとした。何か問い掛けようとしていたがそれに答える余裕はなく下を向きエドワードは部屋まで向かった。
部屋に辿り着くと堪らず崩れ落ちた。
「ひっ…う……」
先ほどの光景を思いだしまた胸がズキンと痛みだしそれに比例するように大粒の涙が溢れだした。
あんな風に微笑まれたりましてや髪に触れられることなど一度だってなかった。
恐らくこれから先も
ふと視界に長い金髪が入った瞬間エドワードに衝動が走った。
パンッと右手に刃を錬成しそして、
ザッ―――
エドワードの長く美しい金髪は一瞬のうちに切り落とされた。
「……こんなもの!」
左手に握りしめた長髪をゴミ箱に投げ捨てた。
今日だけじゃない本当は宥めて誤魔化して諦めたふりをしてもこの胸はいつだって痛かったし苦しくてたまらなかったのだ。
大佐の隣をああやって歩けることがとても羨ましくてだって自分ではどうあがいても上司と部下か後見人とその子供にしかなりえないのだから。
髪を切り落としてもちっとも胸の痛みは収まらなかった。
「はは……本当にどうしようもないな」
いつまでそうしていただろう泣きつかれ顔を上げると窓の外はすっかり静まり返っていた。
お腹は空腹を訴えていたが何も食べる気になれず重い腰を上げエドワードは風呂に入ることにした。
本日取った宿は部屋にシャワーが着いているタイプのものだ。
おまけにアルフォンスとも別々の部屋を取っていたためこの酷い有り様を誰にも見られなくてすむことにほっとした。
服を脱ぎ風呂に入ろうとすると鏡に写った自分自身を見てあまりに酷い状態に一瞬言葉を失った。
長いこと泣いていたため目元は赤く目の回りは少し腫れていて髪は衝動的に切ったため全体的に肩より上の位置ではあるものの長さがバラバラである。
露になりすっとした首もとに触れる
「…こうしてみるとほんとに男みたいだな」
鏡に写った自分に皮肉げに笑って見せた。
風呂から上がりベッドに入ろうとすると部屋をノックする音が聞こえた。
「……!」
アルフォンスだろうか
さすがに今のこの状態を見られるのはまずい
何があったか問い詰められるに決まっている。今日の所は一先ず寝たふりでもしようとそそくさとベッドに入ろうとするとドアの向こうから聞こえた声に心臓が止まりそうになった。
「鋼の」
なんで大佐がここにいるんだ!
思いもよらない展開にエドワードは混乱した。
「昼間アルフォンスから馴染みの宿にいると聞いてね。近くを寄ったものだからちょっと覗いてみようと思ったんだが迷惑だったか?」
アルのやついつの間にそんなこと教えたんだ?!
「さっきカウンターの女性に君が泣きそうな顔をして駆け込んできたと聞いたんだが何かあったのか?」
どうしたものかぐるぐる考えていると
「お願いだからここを開けてくれないか」
聞こえた真髄な声に足は自然と扉に向かった。
デートはもういいのかとか色々聞きたいことはあったがとりあえずは動揺で震えた指でドアノブを回した。
密かに開かれた扉からは廊下の照明と窓から射し込んだ月明かりがエドワードの姿を照らし出しその姿を目に入れた途端男は目を見開き唖然とした。
いつもは勝ち気につり上がった目元は赤く腫れていて普段の騒々しい様子からは想像できないほど大人しく弱々しい雰囲気だった。なにより
「………鋼の」
少女の長く金糸のような髪は肩の上で途切れていた。
はっと我に返った男は開きかかった扉を開けズカズカと部屋に入り込みエドワードの肩を掴み問い詰めた
「鋼の!何があった!?」
「え……あっ」
男の気迫に圧倒されエドワードは言葉に詰まった。
「もしかして誰かにやられたのか?」
二の句の告げないエドワードに勘違いした男の表情は険しく恐ろしいものになってゆく。
その様子にエドワードは慌てて否定した。
「ちがう!…自分でやったんだ」
徐々に尻すぼみになっていく言葉とともに視線を先ほど髪を投げ捨てたゴミ箱にやった。
エドワードの放った言葉と視線の先を見つめたロイは険しい表情のまま肩を掴んでいた両手でエドワードの頬を包み込んだ。
「どうして急にこんなことをしたんだ。それになぜそんなに辛そうな顔をしている」
エドワードは理由もなくこんなことはしないしどんなに辛く苦しいことがあってもこのように泣きはらすことなど滅多にないのだ。
言えるわけがなかった
ロイに恋心を抱きソフィアに嫉妬し勝手に傷ついた身勝手な自分のことなど
頬を包み込まれ見つめられている状態にエドワードはますます言葉を発することができず頬に熱が集まるのを感じ目を伏せた。
色づいた頬に赤らみ伏し目がちな目元に常日頃暴言が飛び出す口は今はきゅっと閉ざされている。そして衝動的に切られ短くなった髪。
その儚げで庇護欲の誘う様子に男はどうしようもなく胸をざわめかせひとつの仮説が頭に浮かんだ。
「……好きな男でもできたのか?」
ぽつりと男がこぼした言葉にエドワードの体はびくっと跳ねた。
「……そうか」
その反応を肯定と取った男の声色はとても冷たいものに変化した。
その急な変化に不安になったエドワードは思わず顔を上げ名前を呼んだ。
「…たい…さ?」
柔く幼げな声と小さく首を傾げた愛らしい仕草、そして赤らんだ目で上目使いに見つめられ堪らない気持ちになるのと同時にエドワードにここまでさせるぐらい思われている人物がいることにとてつもない憎悪と嫉妬が体中を支配した。
「君にここまでさせるとは…私の知っている人かい?」
冷たい眼差しに薄ら笑いを浮かべどす黒いオーラを纏い問いかけてくる男に少女は目を反らそうとしたがそんなことは許さないと言わんばかりに顔を覗きこみ頬を包んでいた右手の指先がそっと唇に触れた
「鋼の?」
触れた指はそのままゆるりと唇をなぞり中心部をふにっと優しく押した。
「やっ……」
首を振り唇に触れている手から逃れようとすると髪が短くなり露になった首の後ろを左手で撫で上げられ阻止される。
「……んっ」
ゾワゾワする感覚に思わず声を漏らすと
男の口元がにんまりと弧を描いた。
そのままエドワードの首もとに顔を埋めると首筋に舌を這わせゆっくりと舐めあげた。
「ひっ!…ちょっと大佐何して…っ」
男のいきなりの行動に反応が遅れ止めさせようと必死に掴みかかるが上手く体に力が入らない。
「あっ……」ぢゅっと思いきり首筋を吸い上げられると堪らずエドワードの口から甘い声が漏れた。
――なんだいまの!
自分の口から普段聞きなれない甲高い声が漏れたことに恥ずかしくなり慌てて口元を押さえた
「鋼の…それで、相手は誰だ?」
ロイの冷たい瞳に射ぬかれて胸がきゅっと苦しくなったがエドワードは小さく首を降った。
「…い、いえない」
「そうか、ならば言うまでこのままだ。」
男の弧を描いていた口元は歪められ目を細めるともう一度首筋に吸いついた。
「あ、や…んっ」
何度も吸い上げられたエドワードの首筋には無数の華が咲いていた。
吸い上げた箇所を舐めあげられると完全に力が抜けロイにもたれ掛かるとぎゅっと逞しい腕に抱きしめられた。
「ふあ…はあはあ」
ロイの温もりと爽やかで仄かに甘い香水の匂いに胸が締め付けられた。
大佐がなぜこんなことをするのか分からなかったがずっとこの腕の中にいたいと思った。
ちらっと大佐を見上げると先ほどの冷たい眼差しには熱がこもり薄ら笑いを浮かべていた口元は引き結び何かを耐える辛そう顔をしていた。
普段の飄々としている姿からは想像もできず思わず言葉を失った。
なんて顔してんだよ。
エドワードは呆然とし左手でロイの頬に触れ熱に浮かされた瞳で男の顔を見つめた。
このまま言ってしまおうかどうせ言い逃れはできないし嘘をついたところでこの男にはすぐに見破られるのだ。
ぼんやりとした頭で自分の中でひっそりと温めてきた恋心にさよならをしようと決めた。
この先気まずくなっても気軽に話すことができなくなっても仕方ない。
そう思うと胸がずきんと痛み視界がぼやけてきたが構わず震える口を開いた。
「たいさ、おれの…好きな人は…」
言いかけるとエドワードを抱き締めた腕にぎゅうっと力が込められる。
自分から聞いてきたくせに聞きたくないとばかりに首元に顔を擦りつけてくる。
「おれの好きな人はアンタだよ」
言ってしまった。
大佐の反応が怖かったが身動ぎすることもできずじっとしているほかなかった。
「……鋼の、今…なんて」
のろのろと顔を上げた大佐はポカンと口を開け呆然としていた。
「おれ、アンタが好き」
今度はしっかり目を見て告げた。
エドワードの言葉を理解したロイは目を見開いた
「ほんとに?…ほんとに君が…俺を?」
普段聞き慣れない一人称に大佐も相当動揺していることを知る。
男の反応に嫌悪が見られないと分かるとほっと胸を撫で下ろした。
「なんてことだ…夢みたいだ!」
ロイは破顔し年甲斐もなく声を上げて笑うとエドワードを掻き抱いた。
「ちょっ大佐!苦しいって!」
しばらく抱擁を堪能した男は腕を緩めエドワードを見つめながら囁いた。
「鋼の、俺も君が好きだよ」
ロイは柔らかい表情で微笑むとエドワードの唇に口付けを落とした
「な、え、ええええええ!?」
エドワードは突然の告白に思わず叫んだ。
「う、嘘だ!アンタが俺なんか好きになるわけない!」
「嘘なものか!もうずっと君のことが好きだったんだ!君に好きな人がいると分かってさっきはどれほど焦ったか」
ロイの必死な様子に狼狽えるエドワードだったが先ほど目撃した光景を思いだし眉根を寄せた。
「じゃあ今日のあれはなんなんだよ!」
「今日?なんのことだ?」
「とぼけんな!アンタ大事な用事ができたとか言ってデートだったんだろ?!」
「デート?そんなものしてないぞ」
ロイは本当に分からないといった様子で首をひねった。
この野郎誤魔化そうとしたってそうはいかねえぞ!
「仲良さそうに歩いてただろ!髪まで触って!デートじゃなきゃなんだってんだ!」
「…………ああ!」
考え込むとロイは漸く合点がいったという様子で苦笑した。
「鋼の、誤解だよ」
「何が誤解なんだよ!」
まだ興奮冷めやまない様子のエドワードにロイは優しく微笑みポケットから小さい包みを出した。
「手を出して」
言われるままエドワードは左手を出した。
その包みに書かれているロゴを見てはっとした。
「開けてごらん」
包みを開けると中には昼間手に取ったものとまったく同じものが入っていた。
「これ……どうして」
エドワードの様子に男は嬉々としながら言った。
「君に似合うと思って選んだんだ。と言いたい所だが実はアルフォンスが教えてくれたんだ。あの店で君がこの髪飾りをじっと見てたってね」
アルのやつなんでわざわざ大佐に言うんだよ。
エドワードは気恥ずかしく罰が悪い思いで俯いた。
「だから急いで仕事を終わらせて今日中に買いに行こうと思ったんだ。善は急げと言うだろう?君の弟はご丁寧に店の場所もこの宿の場所もしっかり教えてくれたしね」
しかし、と男は続けた。
「急いだんだが着いた時にはもう閉まっていてね。帰る所だった彼女が気づいてわざわざ店を開けてくれたんだ。髪飾りの特徴を言うとすぐに持ってきてくれて贈り物かと聞かれたから君のことを話したんだ。そしたらすぐに誰のことか分かったみたいで微笑まれたよ。彼女は元々君が女性だと気付いていたようだね」
その言葉にエドワードの瞳は見開かれた。
アルフォンスには外では兄と呼ばせているしこの言動のため初対面の相手に女だと気付かれることは滅多にないのだ。
「その後はすっかり遅くなってしまって危ないし申し訳無いから家の近くまで彼女を送って行ったんだ。君のことを話しながらね。ああそれから髪の長さも君と同じくらいだからあの髪飾りの付け方も教えてもらったよ。髪を触ってたっていうのはその時のことかな?」
なんだ?じゃあつまりは全部俺の勘違いだったのか?
一気に肩の力が抜けていくのを感じた。
「俺の話って何話したんだよ?」
「プレゼントの相手がいかに可愛らしくて魅力的かという話だよ。彼女も同調してくれたからずいぶんと話し込んでしまってね。疑うなら彼女に聞いてみるといい。」
ロイは嬉々とした顔でそう言い放った。
「い、いい!別にもう疑ってねえ!」
男の言葉に嘘は見られないしこの話は深く掘り下げない方がいい気がする。
「さて私の誤解も解けたことだし、次は君がどうしてこんなことをしたのか教えてくれるかい?」
ロイは悲しげにエドワードの短くなった髪先に触れた。
エドワードは伏し目がちになりポツポツと話し出した。
「嫉妬したんだ。アンタ俺にはあんな風に笑ったり触れたりしないし、それに俺ガキだし全然女らしくないし体だってこんなだから好かれなくて当然だって思った。そうやって諦めたようとしたけど苦しくて仕方なくてどうしようもなかった。だから自棄になったんだ」
「そうか、こんなことなら早く君に思いを伝えるべきだったな。少し慎重になりすぎたな」
「アンタ全然そんな素振り見せなかったし女として見られてないんじゃねえかってずっと思ってた」
少し不貞腐れたような表情を作った。
「いきなり年の離れた男に距離を詰められたら君だって怖いだろう?まあ私が臆病だったということもあるが」
「大佐でもそんな風に思うことあんの?」
エドワードはその言葉に目をぱちくりさせた。
「それだけ私も本気だったということさ」
ロイは柔らかく笑うとエドワードの頭を撫でた。
「なあこれ髪伸びるまでつけらんねえかな?」
エドワードは残念そうに手の中のバレッタに視線を移した。
「ああ、ちょっと待って」
ロイはエドワードの左の髪をかきあげ少し強めに押し付けるとそこをバレッタではさみ固定した。
「よく似合ってるよ」
金の髪を飾るそれにロイは満足そうに微笑んだ。
「俺こういうの初めてつけるから、嬉しい。ありがとう大佐」
エドワードははにかみながら恥ずかしげにバレッタにそっと触れた。
その愛らしい反応に再びエドワードを抱き締めると唇に口付けを落とした。
「君は本当に可愛いな。好きだよエドワード」
ロイの融けるような微笑みと突然名前を呼ばれたことによりエドワードの頬は真っ赤に染まった。
「俺も大佐が好き」
「はいもういいよ」
バラバラだった髪先はアルフォンスによって綺麗に整えられた。
「まったくなんでこんなことになるかな」
エドワードは罰が悪そうに口ごもった。
「う…その、悪かったよ」
翌朝早速アルフォンスに髪のことを問い詰められたエドワードは誤魔化すことを許されず正直に事細かな経緯を話した。
「ほんとにもう、信じられないよ!」
エドワードはなんで俺の髪なのにお前がそんなに怒るんだと思ったがそれを言えば火に油を注ぐだけなのは目に見えているので大人しく謝った。
「まあ二人とも収まるところに収まったみたいだし結果オーライだね」
アルフォンスは呆れたような笑いを溢した。
「どういうことだよ?」
妙に訳知り顔の弟に首を傾げた。
「見てて焦れったいからさ大佐も遠慮なんてしないでさっさと告白すればいいのにって思ってたんだよ。どうせ断られることなんてないんだし。」
「な!なんだよお前全部知ってたのよ?!」
「あのさあ四六時中傍にいて僕が気づかないと思う?兄さんの方がずっと分かりやすかったよ」
「え?!」
ってことは俺の気持ちもアルには最初から筒抜けだったってことか。
エドワードは恥ずかしいような居たたまれないような気持ちになった。
「でも本当に良かった時々辛そうな顔してたから」
「兄さんが辛そうだと僕だって辛いんだよ。だからちゃんと幸せになってよ」
――姉さん
「アル、ありがとう」
久しぶりに聞いた呼び名に胸が温かくなった。
「今度髪が伸びたら可愛くアレンジして大佐に見せにいこうねあの髪飾りもつけてさ」
「おう」
また似合うと言ってくれるだろうか。
昨夜男が触れた左の髪をそっと撫で少しでも早く伸びるように祈った。