平和に行きましょう。

春を溶かして


同じ高校で、またバスケしようね

……なーんて、卒業での別れにそんな感傷的になるほど仲良くはない。ただの部員とマネージャー、だが少しばかり思考が似ていて傍に居やすかった。それだけ。

少し先に見える彼の見飽きた後ろ頭を睨み付けながら、私は忌々しいとばかりに舌を打つ。卒業して別れる間際に二言三言他愛のない世間話をしただけなのをぼんやりと覚えているが……相変わらず綺麗な髪してんなあの麻呂眉野郎。
とりあえずクラスも違うし、早々に関わるなんて事ないだろうから一先ずは安泰だろう。

そもそも私と彼との関係は利害の一致によるものだ。悪友とか共犯といってもいい。お互い都合が良い時に都合良く使う関係には、確かに奇妙な友情すらあったかもしれないがそれはそれ、これはこれ。
とにかくだ。確かに彼と一緒にいる時は飽きなかったし、色んな意味で楽しかったのも事実。何せ同じ穴の狢だ、気が合わない訳が無い。

「桐皇よりはマシ、だけどさぁ……やっぱ洛山辺りにしとけば良かったかな」

昇降口前に張り出されたクラス表を見ながら、私の口からはぽつりと本音が零れた。
過信するつもりは無いが、彼にとっての私は部活だけでなく学生生活においても非常に使える人間なのは自覚している。

別に彼に付いていくのは嫌ではない。むしろ嬉々として従うだろうが……わざわざ自分から駒になりに行くのはプライドが許せない。
どうせ声を掛けられるのも時間の問題だ。ならばそれまではゆっくり待ってやろうと、私は彼に背を向けるのだった。


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いやぁ、あの麻呂眉野郎といないだけでこんなにも平穏な日々になるんだなぁと噛み締める6月半ば。
出来るだけイベント行事には関わらず、委員会も活動が少なく表立つ事も無い図書委員。部活にも所属せずテスト順位も平均まで抑えた。地味な生徒として振舞っているつもりだが、想像していたよりも気楽に過ごせるのでこのまま3年間過ごすのも悪くないと思い始めている自分がいる。

……まぁ、少し変なのには絡まれる事が多いが。騒がしい昼休みの教室で1人、窓際最後尾の特等席で日向ぼっこをしながらウトウトしながらそんな事を考えていると、不意に頭の上にずしんと何かが乗った。

「あずちゃーん今日の放課後暇?」

うわ重てぇ。そんな言葉を飲み込み、少し首を上げて見れば案の定、その"変なの"でもあるピンク混じりの紫髪が私の頬をくすぐる。

「待ってね彼氏にLIME入れるわ」
「彼氏より俺かよあずちゃん大好き」
「私も原ちゃんの事大好きだよ」

彼は入学してから数日後に「わぁクズの匂いがする!」と何とも失礼な一言を放ちながら懐いてくる180cm越えの男子高校生、隣の席の原ちゃんである。いや事実だけどね?初対面で失礼すぎやしないか。
前髪で目が隠れているくせに、高身長で顔立ちも整っているからか女子からの人気はあるのだ。お陰でクラスの一部からの視線が痛いし、悪目立ちしている。

だがふわふわで目が隠れた大型犬に似ているのでちょっとばかりは可愛いなんて思ってしまい、何だかんだ構い構われ甘やかしてしまうので負けた気分。でも可愛いから仕方ない。

「うん、別れたから暇になったわ。てか今日部活ないの?」
「職員会議だから体育館使えねーの……待って、え、別れた?今?」
「だってアイツ束縛ヤバいよ。自分以外の男と連絡取るなとか頭おかしいでしょ」
「何それウケる」

というか彼氏といっても向こうが勝手に惚れてたまたまフリーだったから付き合っただけだし、未練もクソもない。ついでに顔も好みではない。
そもそも私は付き合う前から彼氏より自分の事を優先させると言っていたのに、それを忘れて私を束縛しようとしたのは彼氏の方だ。もう「元」彼氏だけど。

私の頭に顎を乗せた原が肩を揺らしながらゲラゲラ笑うので、その振動に合わせて私の頭もぐらぐら揺れる。いい加減鬱陶しくなったのでサッと頭を横にずらせば、原はあっさりと私の頭の上から退いて隣にある自分の椅子に座る。
これ見よがしに長い足をこちらに放るので、何となくイラッとした私は彼の上履きをゲシゲシと踏んだ。

「あずサーン痛いです」
「原ちゃんの足が長いのが悪い」
「理不尽!」

何がツボなのか分からないが、原はそんな事を言いながらも笑ってるし足をしまうどころか更にこちらにぴーんと伸ばしてくる。コイツ伊達に180cm越えじゃないからマジで足長いんだよなぁモデルかよ。
そんな事を思いながら、両足で塞ぐように真っ直ぐ伸びてる原の足を挟む。

「足ちっちゃ」
「喧嘩売ってんなら買うぞ」
「いや売ってねぇよ」
「はーーほんと私も原ちゃんくらい身長欲しかったなぁ」
「それはそれで怖くね?」

女子からしたらコンプレックスにもなりうるかも知れないが、平均より少し低い私にとって身長は何よりも欲しかったものだ。毎日牛乳飲んでいたはずなんだけどなぁ、父も身長は低かったし遺伝なのだろう。
身長があるとヒールが見栄えたり、バスケでも……いや、この話は止めよう。

「そーなんだけどさぁ」
「だろぉ?」

未練はないはずなんだけどなぁ。
ずきん、と治ったはずの右膝が傷んだ気がして、私はそこから意識を逃がす為に目の前の原に視線をやる。

「……どしたん?」
「別にぃ、原ちゃん可愛いなぁって」
「えぇー今頃?気付くの遅くねバカなの?」
「あれ褒めたのに貶された」

どちらともなく吹き出して、そのまま2人してケラケラと笑う。付き合いは短いが、それでも同じ穴の狢だからか考えている事は大方分かる。どうせ普段調子じゃない私が気持ち悪いとかそんな所だ。

「つーかあずちゃんがおセンチとかマジ勘弁だわぁ、普通にきもい」
「わかる」
「じゃあやめて下さーい」
「それがいたいけな女の子に言う言葉なんですかー?」
「いたいけ……?え……?」
「うん私が悪かったガチトーンやめよ」

ほらね、コイツはそういうやつだ。むしろ心配なんかされたら鳥肌が立つ。
おかげでちょっと元気になったので、今日の放課後デートは原の好きな所に連れられてあげよう。そう言えば、原は口元をキュッと三日月みたいに歪ませて「言ったな?」と念を押してきた。え、何なのちょっと怖いっつーか、嫌な予感がする。

「どっか行きたいとこあるの?」
「んーゲーセンとか?」
「ふーん……まぁ原ちゃんと一緒ならどこでもいいや」
「あずちゃんホント俺のこと大好きじゃん。付き合っちゃう?」
「セフレ全員切ってくれたらいいよ」
「来世に期待しといて」

原のこういう素直な所は好きだ。
私も人の事は言えないくらいに彼氏を取っかえ引っ変えしている身だが、自分が誰かの多人数の中の1人に埋まるというのはどうにも耐えられない。それは原であっても同じで、だからこそ今の関係は心地よい。

友達以上恋人未満、深いようでペラペラな関係は何と表現すればいいのだろう。友達だなんて綺麗な言葉に収まらないし、悪友とでも言った方が妥当なのだろうか。

昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴り、私は出していた足を引っ込めて前を向く。
何がともあれ、今日の放課後は久々に楽しめそうだ。彼氏、いや元彼とのデートは退屈でしかなかったから。

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