平和に行きましょう。

月の気紛れ


放課後になって、どこ行こうねなんて言いつつも駄弁っていたら、いつの間にやらほとんどの生徒が帰っているようだった。そろそろ行くかと教室を出て、原と2人で人通りの少なくなった廊下を歩いていると、前から元彼が歩いて来るのが見える。

うわまだいたのかよ。てっきり帰ったと思ってたのに。「別れよ」とLIMEで告げたのがそんなに気に食わなかったのだろうか、肩で大袈裟に風を切りながらこちらに歩いてくる姿に思わず溜息が出る。

「原ちゃーん」
「ゴチでーす」
「マジバでいいよね」

私が「元彼あしらうの手伝って」という言葉を皆まで言わず了承してくれたのは、これが1回目の頼みじゃないからだ。
近づいてくる元彼を見ながら、私はこっそりと原に耳打ちをする。耳打ちというか、身長差があり過ぎてほとんど肩に話しかけてるようなものだが聞こえてはいるらしい。

「あず!あのLIMEどういうことだよ!」
「そのままの意味だけど?私、束縛されるの嫌いって言ったよね」
「ッ彼氏より他の男優先されたらそりゃ言うだろ!よりによって原なんかと……!」
「原ちゃん言われてるよ?」
「フツーに巻き込むじゃん」

ついでに見せ付けるように原にぴとりと肩を寄せれば、元彼の額には青筋が浮かぶ。更に追い討ちで原が私の肩に腕を回して挑発するものだから、ついには元彼は肩を震わせながら面白いくらいに顔面を真っ赤にする。

「お前……!」
「大体さぁ、私が原ちゃんの事好きなの知ってて、それでも良いから付き合おって言ったのアンタじゃん」
「限度ってモンがあんだろ!」
「……はぁ。言っとくけど私そこまで原ちゃんと一緒にいないよ」
「それな。話してんの休み時間くらいじゃねーの?あとあずちゃんがフリーの時」
「ホントそれ。放課後とか休日も予定合わせてたんだけど、それでも不満だった?」
「ッそういう話じゃ」
「所詮学生の付き合いなんておままごとでしょ。悪いけど私はそこまでの熱量はない。カワイイ従順な彼女が欲しいなら他当たって」

コイツに使う時間がもったいない。まだ何か言おうとする元彼を遮って、私は原の制服の裾を引っ付かみ通り抜けようとする。が、空いた方の手を元彼に掴まれてそれは叶わなかった。

「……何」
「言わせておけばこのッ……!」

ヒュッと喉が鳴る。わぁコイツ逆ギレかよ……どうやら別れたいという私を何が何でも許せないらしい。振り上げられた元彼の手が私の頬に直撃する前に、その手を原が掴んだ。

「顔は良くねぇよ、な?」
「わぁ原ちゃん男前ー!」
「せめて腹にしとけって」
「クッソこのクズ。惚れかけたわ」
「痣できてもバレないじゃん?」
「鬼畜〜!でも好き」
「いえ〜い!」

原とハイタッチしながら元彼を見れば、ギロリとこちらを睨みつけてくる。
こちとら中学の時から古今東西色々な喧嘩に巻き込まれたおかげで不本意にも手が出る沙汰には慣れている。だから別にこれくらいどうって事ないが、正直原の助太刀は助かった。反撃出来るほど力はないし、殴られれば痛いもんは痛いので。
本当は言うつもり無かったんだけどなぁ。私は深く溜息を吐きながら、その目を睨み返して吐き捨てるように言う。

「つーかさ、噂?になってんのか知らないけど私と付き合えばヤレるって思ってたんでしょ。それくらい知ってたわ。アンタにやる穴はねぇんだよ」
「あずちゃんったらお下品」
「原ちゃんには言われたくないわぁ」

本当に失礼な噂が流されてるもんだ。言葉通り「付き合えばヤレる」って……猿じゃあるまいし、そんな貞操の緩い女じゃねぇぞ私は。

覚えてろよ!なんて雑魚キャラみたいな捨て台詞を吐く元彼を放って、今度こそ私は原と一緒に昇降口へと歩き出したのだった。


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「あずちゃんいつか刺されそうだよね」
「そしたら原ちゃん助けてくれる?」
「死にかけたとこ笑ったげる」
「お前実は私の事嫌いだろ」

うそうそちょー好き、とまるで棒読みな台詞を吐きながら、原はガシガシと私の頭を乱暴に撫でる。え、待ってお前さっきその手でポテト食ってなかったっけ。

「原ちゃん手拭いた?」
「拭いた拭いた」
「絶対拭いてないやつじゃん……」

学校出て、最寄り駅の近くにあるマジバに来た私達は4人テーブルを陣取ってだらだらとポテトをつまみながら他愛もない会話を繰り広げていた。本当はゲーセン行ってからにしようとしたのだが、原が「お腹減った」と騒ぐので先に来た次第だ。

「ていうかさぁ、すごい今更なんだけど彼女チャン放っといて良かったの?」
「ホント今更じゃん」

いーんだよ今日は気分じゃないから、とヒラヒラ手を振る原に「へーそうなんだ」と適当に相槌を打ちながら、私は彼の前髪をじぃーっと見詰める。目元がしっかり隠れてるのに裸眼で1.2の視力あるらしい。

「あずちゃんさぁ」
「ん?」
「また新しい彼氏作んの?」
「あー……当分はいいかなぁ。しばらく面倒事は避けたいし」
「ふーん」

不意に発せられた質問に少し考えてから答えるが、聞いてきた本人は生返事をしてそのままスマホをいじり出す。私が言えた事では無いが、そんな態度だから彼女がよく変わるのだと思うな。寄ってくる女も女だけどね。
学校近くのマジバという事もあり、店内は学生が多く普段より騒がしい。いちごシェイクをすすりながら、スマホを取り出してパズルゲームを起動させる。

原とのこの緩い距離感は好きだ。
お互い対してに凝り固まった執着心を持ち合わせていないし、彼氏彼女なんて名前のある関係でもないので無理に相手に合わせる必要も無い。……まぁ、多少の独占欲がないと言ったら嘘にはなるが。

とにかく気楽でいられるのだ。だから原から「彼氏作るの?」なんて言われたのには少し驚いたが、どうせ意味なんてないんだろう。そう、思いたかったのだが。

「原ちゃんさぁ、なんか企んでるでしょ」
「えー?なんで」
「何となく」

カマを掛けてみるだけのつもりだったのだが。私の言葉を流す事なく返答するあたり、何となく察しはついた。特定の人とつるまないが、代わりに広く浅くクラス問わず話すので嫌でも校内のあれこれは耳に入ってくる。
下世話な話からどうでもいい話、恋愛沙汰……他にもバスケ部の内部事情とか。何となくは知っているので予想は付いている。

「賢ーいあずちゃんなら大体の見当はついてんじゃないの?」
「言いたくないから聞いてんの。名前呼んだら出てきそうじゃん……」
「だってよー花宮」
「俺は妖怪か何かか」
「ほらね〜〜〜〜!?」

最悪だ、振り向かなくても分かる。聞き慣れた、今1番聞きたくない声が聞こえて私はその場で突っ伏した。

……こんな事だろうと途中から薄々思ってはいた。確信を得たのは原の「彼氏作んの?」という発言からだが。
さっきからスマホいじってたのも花宮に連絡する為か。真偽はどうあれゲーセンより先にマジバに来たのも、原が私を誘ったのも全部作戦の内だったという訳か。……原が私に構うのも範囲内だった可能性もある、か?

私は予想、予測が得意な方だ。というより人の行動パターンをいくつか想定して身構えている、と言った方が正しい。
いずれは……なんて考えていたが少し早すぎやしないかと内心吐きそうになりつつも、私はこれから花宮の口から出てくるであろう言葉に頭を抱えた。

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