平和に行きましょう。

手中を晒せ


「おまたせ〜!」
「遅せぇ」
「だからおまたせって言ったじゃん」

上履きに履き替えるついでにスリッパを返してきたので少し時間がかかってしまった。
体育館のドアを開けて顔を覗かせれば、どうやら私が来るまでの間駄弁っていたらしい。花宮もいるのに珍しいなぁ、てっきり時間がもったいないとか言ってボール触ってると思ったのに。

「よし、やろっか」
「制服着替えなくていいの?」
「え〜原ちゃんのTシャツ貸してくれるの?ズボンも?」
「あずちゃんの制服と交換ね」
「はは、ふざけんな破れるわ」

まさか自分がバスケをやるとは思ってもいなかったので、体操服すら持ってきていない私が選択したのは制服のままやる事だ。まぁスリッパでやるよかマシかなと思う。
スカートで、というのは少々抵抗あるが致し方ない。中が見えても所詮コイツらだ、恥もクソもない。

「アホ、これ履いとけ」
「うわっ」

軽く膝を慣らしていると、見かねた花宮からジャージが飛んでくる。見事私の頭に乗っかったそれは、下の長ジャージだ。

「えぇー裾踏んでいい?」
「折れ」
「はーい」

いそいそとジャージを履き、裾を折ってスカートを脱ぐ。すぐ側で山崎から「更衣室使えよ!」なんて言葉が飛んでくるが、お前私で恥ずかしがってんの?ウケる。
そんな意味も込めて脱いだスカートを放れば、山崎はうわっと言いながらもそれをキャッチして、体育館の隅に捨てた。

「お前なぁ、天下のあずちゃんのスカートだぞ。捨てんな丁重に扱え」
「捨てるわ!つーか投げんな!」
「そーだそーだ!俺に投げてよ」
「原ちゃんはなんかヤダ」
「ちぇ〜」

シュルリとネクタイを解いて、放られたスカートにシワが付かないよう畳んでからその上にネクタイを置く。転がっていたボールを拾い、指先で遊ばせながらも軽くドリブルをついていると、そのボールを古橋が掠め取った。

「え、何」
「……何も」

否、掠め取りかけた。
くるりと手のひらを返して、取られる前にダダンと小さくボールをついて、勢いのままに足の間に通して反対側の手にボールを移動させる。
相変わらず無表情な古橋は、何事もなかったかのようにくるりと背を向けてアップを始めている。何がしたかったのか分からないが、まぁいい。

結果勝てばいいのだ、何をしてでも。

「康ちゃん、やっぱり身長高いね」
「やめる?」
「なんで?」
「だって、普通に考えても梅上に勝ち目ないじゃん。原とかザキなら手加減してくれると思うけど、俺しないし」
「手加減しちゃ意味ないでしょ。それにほら、健ちゃんもいるし」
「だから何?」

3人が位置についてから、目の前にいる古橋のその身長の高さに驚く。ボールをワンバンさせて古橋に渡し、返ってきたボールを両手で受け止めながら、私は先程見た古橋達の2on2を思い出していた。

「ファールしたら言って、ねっ!」

ぐわっと高身長の男が目の前から飛び出してくるのは正直ビビる。両手を広げたら私なんかすっぽり隠れちゃうし、もちろん足幅も古橋の方が断然広いのでドリブルで抜くなんて無理。

だから私は少し身を屈めて、構えている古橋の足の間にボールを強く打ち込み、ワンバンさせてゴール下にいる瀬戸にパスを送った。

「う、わ」

誰が放った声だろうか。
ダァンと今日一番の音を立てて弾んだそのボールは真っ直ぐ瀬戸の手元まで飛んでいき、そのまま彼が放ったボールはネットへと吸い込まれるようにしてゴールへ入る。

「……まじか」

沈黙した体育館の中に、山崎の呟いた声と落ちたボールが弾む音だけがこだました。

「私が正攻法で勝てる訳ないじゃん。玉に当たらなくて良かったね、もう少し左足引いてたら当たってたよ」
「……勘弁してくれよ」

やだ。笑みを浮かべながらそう言う私は、古橋の目にどう写っているのだろうか。
ゴール下にいる瀬戸からネットを潜ったばかりのボールを受け取り、私は再度古橋にワンバンさせてボールを渡す。

「次は真面目にやるね」
「そうして」

返ってきたボールが手に付く前に身体を左に揺らす。それと同時に古橋の重心が私を追い掛けるように左に動いたのを見てから、私は倒れ込むようにして左手でボールを取りながら右足でほんの数センチだけ抜く。

分かってたけど、不意を突いてもさすがに1歩じゃ古橋は抜けないか。
身長差もあればリーチもある。ボールを取ろうと伸びてくる古橋の手を腕で弾くようにブロックしながら、ダダンと小さくドリブルをついて右に移動。

すかさず目の前に出てくる古橋の目はガチだ。おぉ怖、なんて思いながらも楽しくなってしまうのは、やっぱりバスケでの細かい仕草や心情の駆け引きが好きだからだろう。
右に重心を置いて、それに反応したが左にも警戒を怠らない古橋はやっぱり花宮のバスケに向いている。

「健ちゃん!」
「ん」

足の間を通して右手から左手にボールを移し、ちらりと瀬戸に目をやるがパスコースに向かって古橋のが腕を動かすのが見えたので、私は諦めて後ろに倒れ込む。

古橋の瞼が少し上がったのを見て内心ほくそ笑みながら、私は左足を引いて大袈裟にロールターン。もちろんそれだけじゃ歩幅的にどうしても古橋を抜く事は出来ない。

ダン、と1つドリブルをつきながらふっと力を抜いて背を伸ばしたので、真正面で構えている古橋と同じ目線になる。その目からはほんの少し苛ついた色がちらついていた。
そもそも、私がロールターンをしたのは古橋を抜く為じゃない。

「ばぁか」

わざと息を混ぜて、古橋の耳元に向けて囁くように。
ほんの一瞬だ、まさか声を掛けられると思ってもいなかった古橋の視線が、腕が、足が止まった瞬間を私は見逃さず、先程と同じように古橋の股の間にボールをワンバンさせる。

先程と違うのは瀬戸にボールを送らなかった事だ。私は素早く古橋を1歩分抜いて、ボールが床に着く前に指先に吸いつかせるように掬いとる。

古橋が遅いわけじゃない、断じて。
むしろ早いくらいだ。古橋が当たりに来たせいでバランスは崩れたが、それでも指先で丁寧にボールを上げる。
私が放ったボールは綺麗な放射線を描いて、ゴールに吸い込まれていった。

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